最強クラン決定戦 予選(10/22)
「て、手加減しないからな!? 神の本気だぞ!! 本当にいいのか!!?」
キキョウとの本気戦闘を避けたい竜神が叫ぶ。
「私は構いません。激しい戦闘を繰り広げ、そして勝ってこそハルト様は私のことを褒めて下さるでしょう。神にも勝った有能な妻として、私に素晴らしいご褒美をくださるはずです」
もはやキキョウの脳内にはハルトに褒めてもらうことしかない。どんなご褒美がもらえるのか楽しみ過ぎて、ひとりで妄想を繰り広げていた。
「さぁ。行きますよ」
「や、ちょっ!? まてって──」
対戦を仕切るBランク冒険者のヨハンは既に開始の合図を出している。キキョウが臨戦態勢に入ったことで、竜神は否応なしに全力で防御魔法の展開を始めるしかなかった。
「手始めに、これを喰らいなさい」
キキョウの九本の尾が扇状に広がる。その根元から高密度な魔力の塊が先端に向かって移動していく。彼女はその全ての尾を自身の身体の前で束ねた。
先ほど尾一本分の魔力で竜神の転移門を破壊した尻尾ビーム。それが九本になった攻撃が、およそ千層の魔法障壁を展開した竜神目掛けて放たれた。
千の魔法障壁は一瞬で溶解した。
威力がほとんど落ちぬまま、キキョウの尻尾ビームが竜神に到達する。
「ふぐぬぅぅぅぅぅう!!!」
両手を身体の前でクロスし、全力で尻尾ビームを受け止める竜神。避けることはできなかった。避けられぬ速度ではなかったが、避けても無駄であることを彼は知っていたからだ。
キキョウの尻尾ビームは対象を追尾する。
一度放たれれば、絶対に避けられないのだ。
「な、何とか、耐えたぞ!」
闘技台のギリギリまで押し込まれながらも、竜神はキキョウの尻尾ビームを受けきった。満足気に前を見る竜神。しかし彼の前にキキョウの姿はなかった。
「敵の大技を防いでも油断するな──私はかつて、お前にそう教えたはず」
「…………えっ」
いつの間にかキキョウが竜神の右方向に移動していた。彼女の九本の尾には、先ほど以上の魔力が蓄えられている。
そしてそれが、唖然とする竜神目掛けて超高速で放たれた。
この三発目となる尻尾ビームは闘技台を抉りながら竜神に到達した。激しく土煙が舞い上がり、轟音が鳴り響いた。
「おや? まさかもう終わりなのですか? 神になった者がこの程度で……。情けない」
竜神の気配が希薄になったことをキキョウは感じ取った。あまりにも手ごたえ無く終わってしまったことに落胆を隠せない。強くなりすぎてしまったことを把握しつつ、かつて自身が育てた竜があっけなく倒れたことにがっかりしていた。
「どれ、肉体の再生くらいは私が手伝って──っ!?」
土煙の中から飛び出してきた火球をキキョウはギリギリで躱した。彼女が避けた火球は、闘技台の周りにハルトとアンナが展開している魔法障壁に当たると、それを大きく揺るがした。
チート親子による絶対防御魔法を揺らすほどの威力がある攻撃。
「……ほう。まだ私と遊んでくれるのですね」
「いーや、もう無理だね。限界だ」
全身が燃えるように赤い鱗に覆われた巨大な竜が姿を現した。これが竜神の真の姿だ。
「俺は神として、キキョウ。貴様を神に仇なす存在と認めた。神の全力を以て、お前を滅する!!」
竜神の放った殺気で大地が揺れる。
彼の怒りが熱へと変わり、周囲が灼熱に包まれた。
そんな中。
「神の全力ですか。……いいでしょう」
キキョウは涼し気な顔をしていた。
「是非全力で戦ってください。その方が面白い。それはそうとして」
笑顔のキキョウから冷たい殺気が放たれる。
それは竜神が放った灼熱の殺気を凍り付かせた。
「私はお前に、呼び捨てを赦した覚えはないと言ったはずです」
「ひっ!?」
あまりの恐怖に竜神が短く悲鳴を上げた。
思い起こされるかつての記憶。
竜神がまだ幼竜であった頃、育ての親だったキキョウは多少の悪戯なら笑って許してくれた。そんな彼女が強めに怒ったことがある。竜神がうっかり彼女を呼び捨てにしてしまった時のことだ。自らが認めた存在にしかそれを許さぬことにしていたキキョウは、当時圧倒的に格下の存在であった幼竜に名を呼び捨てされて少しキレた。
その時に植え付けられた恐怖が。神となった今でも払拭できない強烈なトラウマが呼び起こされる。
「ご、ごめ──」
恐怖で身体が動かず、震える声で謝ろうとしていた竜神。彼の目の前にキキョウが一瞬で移動してきた。
「次はありませんよ?」
そう言い終わった時、彼女の拳が巨大な竜となった竜神の鼻先に叩き込まれた。
キキョウの細腕からは考えられないような威力の拳が、竜の巨体をやすやすと吹き飛ばす。竜神の身体は闘技台の周囲に張られた魔法障壁に当たり、そして地面に落ちた。
竜神の場外負けだ。
「もし次に私を呼び捨てにしたら、その時は跡形無く消滅させます」
意識を失っている竜神を闘技台の上から見下ろしながらキキョウがそう言い捨てる。
「しょ、勝者、ファミリアのキキョウさん!」
「ふふふ。ありがとうございます」
まだ消化不良で不機嫌そうなキキョウだったが、ヨハンの勝利宣言を聞くと笑顔になり、軽い足取りでハルトが待つ陣営へと帰っていった。