銀狐(?)討伐依頼
「ケイト、アリア。ちょっといいか?」
ノートリアスの建物内部に造られた訓練所で魔法を練習していたケイトたちに、シリューが声をかけた。
「あ。シリューさん!」
「はい、なんでしょう?」
「お前たちに任せたい仕事があってな」
「依頼ですか!? 任せてくださいよ!!」
ケイトとアリアがどんどん力をつけていくことに危機感を覚えたシリューは、ここ最近彼らにはあまり近づかないようにしていた。
久しぶりのシリューからの接触で、ケイトたちは顔を明るくして喜んでいる。
「どんな依頼なんです?」
「シルバーフォックス──つまり銀狐だな。それの討伐だ」
「銀狐?」
「それって、強いんですか?」
「戦闘能力的で言えばDランク程度だ」
「だったら楽勝ですよ!」
「しかし奴らは幻覚や洗脳といった厄介な能力を持ってやがる。もっともそれらは狐系魔物特有の能力だから、銀狐に限ったことじゃないんだがな」
「あっ、シリューさん。だったら安心してください」
「そうね。私たちが適任だと思います」
「……は? なんでだ?」
「だって俺たち──」
「洗脳や幻覚に耐性があるんです」
「な、なにっ!?」
「ほんとですよ。俺らの村のそばに『惑わしの森』って場所があって、幻覚耐性とかがないと生きて戻れないんです」
「私たちは小さいころから、そこに既に耐性を持った大人たちと食料を集めに行っていたので、耐性が付いたんです」
「……ま、まじか」
ふたりの言葉に唖然としながらも、シリューは依頼の内容をケイトたちに伝えた。
「それじゃあ、人化してヒトに紛れてる銀狐を探し出して討伐するのが依頼ってことですね?」
「そうだ。隠れた銀狐を探し出すのは困難だが──」
「この『魔視の水晶』で、隠された狐の尻尾を探せばいいと」
アリアがシリューから渡された水晶を覗き込む。彼女が水晶を通してシリューを見ると、彼が纏う魔力を見ることができた。
「そいつは、ある一定以上の濃度を持った魔力を可視化できる。銀狐クラスの尾であれば、可視化できるはずだ」
「りょーかいです!」
「これがあれば楽勝だね」
隠れていても見つけることができ、戦闘力でも勝っている。さらに敵の切り札である幻覚なども効かない存在が、討伐隊になったのだ。
このグレンデールという国に迷い込んだ銀狐が、討伐されるのは時間の問題であった。
本当にその魔物が、銀狐であれば……。
「ではシリューさん、行ってきます」
「行ってきます! 帰ってきたら、たまには訓練付き合ってくださいよ」
「あっ。ケイトだけズルい! シリューさん、私もお願いします!!」
「わかったわかった。帰ってきたらふたりとも、久しぶりに鍛えてやるよ。だから頑張ってこいよ」
「ほんとですか!? よっしゃぁ!! アリア、サクッと終わらせよーぜ!」
「うん!」
そんなやり取りをしてケイトとアリアは、銀狐の出現情報が寄せられた地域へと向かっていった。
ケイトたちの姿が見えなくなったところで、ひとりになったシリューが呟く。
「ばーか。銀狐は幻覚や催眠といった類の能力はあるが、人化なんてできねーよ。人化ができる狐系魔物はもっと上位の焔狐や……天災とされる、九尾狐だけだ」
シリューがケイトとアリアにやらせようとしているのは、グレンデールに確認された上位の狐系魔物の実力を測るというもの。王国騎士団第二十部隊副隊長のキールが、彼の持つスキルによってその魔物の存在を確認したのだ。
しかしキールには、その魔物が焔狐か九尾狐であるのかは不明だった。だから彼はシリューのもとに、それなりに力のある捨て駒を要望してきた。そうして派遣されたのがケイトたちだ。
焔狐は危険度Aランク上位の魔物。これであれば、少なくともケイトたちは死ぬだろう。しかしシリューやノートリアスの上位陣が出れば、討伐は可能だ。
問題はキールが見つけたという魔物が、九尾狐であった場合。もしそうであれば、王国騎士団や冒険者ギルドに所属する上位の冒険者たちを総動員させて、その九尾狐が成長する前に討伐するしかない。
とはいえ、それが完全体の九尾狐であることなどありえない。
なぜなら完全体になった九尾狐は、その尾に溜めた魔力が尽きるまで暴れ続ける存在なのだから。まだ暴れていない九尾狐は、完全体ではないのだ。だから問題は特にないとシリューは判断していた。
厄介な存在になりつつあったケイトたちを処分でき、キールから多額の報酬が支払われる。仮に九尾狐であることが確認されれば、キールが国を通してギルドに依頼を出すはずだ。
そうすればギルドからも討伐報酬が入ってくる。
今後どうなろうとも、ノートリアスに金が舞い込んでくるのだ。
「てなわけで、安心して死んでこい。ケイト、アリア。短い間だったけど、今までありがとな」
ケイトたちが去っていったほうを向いて、いびつに歪んだ笑顔のシリューが声をかけた。
──***──
ケイトたちが王都を出て、しばらく経った頃。
ひとりの美女が、とある場所で温泉に浸かっていた。
「……おや、ようやく妾の討伐隊がここにきますか。餌を撒いてから、ずいぶんと時間がかかりましたね」
彼女は遠く離れた王都の様子を全て把握していた。ギルドや王国騎士団、ノートリアスにいる彼女が洗脳済みの者から情報が送られてくるのだ。
「討伐隊は……っと。これはまぁ、かわいらしい子らだこと」
目を閉じ、脳裏に浮かぶケイトとアリアの姿を確認した美女が微笑む。
「たったふたりということは、討伐目的ではなく妾の力を見るのが目的? であれば今回は、あの者が近くに来るかもしれませんね」
この美女は、彼女の主人の周囲を嗅ぎまわる存在を排除すべく動いていた。
その存在とは、キールのこと。彼がなかなか捕まらないので、この美女は自らを囮にしてキールを炙りだそうとしていた。
「さて、どうしたものか。あのふたりには洗脳が効かないと……ほんとでしょうか? 惑わしの森の幻覚に耐えられるヒトなど、あの御方や異世界から来た勇者たち以外は──」
美女がとある可能性に気付いた。
「まさか……でもそうだとすると納得がいきます。確認するためには、あのおふたりにも付き合っていただく必要がありますね。場合によってはすぐに有効活用も可能でしょう」
自分の立てた仮説を信じることにした。そして全てがうまくいけば、主人の戦力をさらに高めることができると確信を持つ。
美女は温泉から出ると主人たちをこの場に呼ぶため、腕に着けたブレスレットに声をかけた。
「ハルト様、キキョウです。少しお時間よろしいですか?」