闇クランと暗躍者
「最近ここに、腕の立つ新人が入ったと聞きました」
ノートリアスという冒険者クランの一室で、黒いフードを被った男がシリューに話しかけた。シリューはこの部屋の主で、ノートリアスのリーダーだ。
「おぉ、さすが耳がお早い」
「その彼らは今、どんな感じですか?」
「いやぁ。まさに金の卵を産む鶏ってとこですよ。アイツら相当な田舎から出てきたみたいで、魔物を倒すと貰える報酬の額や、武器や装備の相場も全く知らないんです。それでいて実力でいえば、うちの中堅クラスにも引けを取らねぇ。とんでもねえ拾い物をしましたね」
「……その様子だと、かなり中抜きしてますね」
「ぶははっ。い、いや、失敬。実は中抜きなんてもんじゃなくてですね、アイツらに報酬は全く渡してないんです」
冒険者は散財しやすいから、などと適当な理由を並べて、シリューはケイトとアリアがこなした依頼の報酬を、全額回収していたのだ。その代わりケイトたちには最低限の装備と、安い食事、ぼろい一室を与えていた。
しかし、ケイトたちはそれで満足していた。
「うまく飼いならしているみたいで」
「過去に例を見ないくらいちょろい奴らですよ。この調子でいつものように適当な理由で借金背負わせて、一生うちに金を入れるだけの冒険者生活を送ってもらう予定です」
「相変わらずやり方がえげつない。そんな方がこの国最大クランの頭をしてるとか……。グレンデールの将来が、不安で仕方ありません」
そう言ったフードの男の口元は、この上ないほど楽しげだった。
「そういう貴方だって、国を守る王国騎士の隊長格でしょうに」
「ふふふっ。この私を安く使おうとする国に、忠誠心なんて欠片も持ち合わせていませんよ」
シリューの部屋に認識阻害の結界が張られていることを確認した男が、フードを取る。
「それで、キール殿。此度のご要望はなんですか?」
ノートリアスに素性を隠してやってきていたのは、王国騎士団第二十部隊副隊長のキールだった。彼は誰にも見られることなく、シリューの部屋まで来ていた。
「戦力調査用の駒が何体か欲しいのです。なるべく頑丈で、それなりに力があると嬉しいですね」
「あー。それは、戻らない前提で?」
「……おそらくは」
戻らない──それはつまり、その任務に就いた場合、高い確率で死ぬことを意味している。
「なるほど。では新人ふたりに行かせましょう」
「よろしいのですか? 金の卵を産む鶏なのでは?」
「構いません。奴らと同じレベルの無知で、かつそれ以上の戦力を持った者たちが住む村の情報を仕入れましてね」
「あぁ。いざとなれば補充は容易だと」
「そういうことです。それに最近、奴らの希望に満ちた目を見るのが嫌になってきまして……」
「ふはははっ。貴方を慕い、貴方の力になろうとしているあの者たちが聞いたら、それだけで心を折りそうな言葉ですね」
「んなもん構わねーんですよ。俺が欲しいのは、金を持ってくる奴だけ。俺たちの技術や知識を馬鹿正直に吸収していっちまうような奴は、そのうち脅威になる。特に奴らはヤバい」
シリューとノートリアスの幹部冒険者たちは、ケイトとアリアを一流冒険者に育てる気なんてなかった。最低限の知識だけ教えて、あとは搾取し続ける気でいたのだ。
それなのに──
「アイツら、ほんとになんも知らねぇんだ! なんで魔物を素手で解体しようとする!? 道具を使え、道具を!! てか、なんで魔物を素手で引き裂けるんだよ!!」
冒険者としての実力を確認しようと、シリューがケイトたちにCランクの魔物を狩らせてみた。狩るところまでは、それなりに力のある冒険者であればできそうな行動をとっていたのだが……。その倒した魔物の、解体の仕方が問題だった。
「解体用の鋸がないと切れないはずのメタルシープの角を、ケイトは素手で捩じり切りやがった。それにアリアは、魔物の魔石を手刀で抜き取ったんだ」
『取れました!』──血まみれの魔石を掲げながら笑顔を見せるアリアを思い出して、シリューの顔が青くなる。
彼はAランク冒険者で、今さら魔物の血肉程度にたじろがない。そんな彼に少しの恐怖を与えたのは、齢十五の少女が見せた屈託ない笑顔だった。
ケイトとアリアは何も知らなかった。
魔物を倒すと貰える報酬の額や、武器や装備の相場も。魔物を解体するのに適した道具があるということも。魔力の塊を放り投げるのではなく、魔法にしたほうが強いということも……。
そういった世の一般常識をシリューたちが少し教えただけなのに、ケイトとアリアは冒険者としてとんでもない速度で成長していった。元が何も知らなすぎたからだ。
「あ、アイツらは必ず、近いうちにバケモンになる。だから使い潰すチャンスがあるなら、早いうちに廃棄しておきたいんです。もし同じような奴らが欲しくなれば、補充するんで大丈夫です」
「ふむ。貴方がそこまで言うのであれば、私としては構いません。駒が強くて困ることはないのでね。それでは、依頼内容はこちらに。報酬はいつも通り、全て終わった後で良いですね?」
「大丈夫です。新人たちが消えたときは──」
「その辺の処理はこちらにお任せください。うまくやっておきますから」
「助かります。では」
「はい。新人たちへの説明、よろしくお願いします」
そう言うとキールの姿が消えた。
「……さて。奴らに最期の依頼を届けるか」
シリューはケイトたちのもとに向かう。
その行為が、破滅の始まりだとは思いもせずに。