Cランク昇級試験(16/16)
「お待たせいたしました。次は、私ですね」
アカリが転移してギルドの外に出ていき、入れ替わりでシトリーが入ってきた。彼女も本気で戦えば、俺のダンジョンを破壊しかねない力の持ち主。
だから皆をここに戻すことはしない。
先ほどのアカリの時みたいに、緊急脱出しなくてはいけなくなるかもしれないから。
「……いや。お前も合格でいい」
「えっ」
シトリーが次にガドと対戦しようと前に出ると、ガドはいきなり合格だと言ってきた。
「お前も他の奴らみたいに、バケモンなんだろ?」
まぁ。元魔王だから、俺たちの中でいえば一番バケモノとしてふさわしい存在だよな。
「だから戦わなくてもいい。ていうか俺が戦いたくねぇ」
「だってさ」
「そうですか……。私も久しぶりに、本気で力を解放できると思ったのですが」
シトリーがちょっと残念そうだった。
でも、試験でもないのに人を殺すのはダメ。
「次の奴で最後だろ? さっさと連れてこい」
残り受験者はルナだ。
ガドはルナとは戦うつもりみたい。
少し不安だけど……。
たぶん、なんとかなるだろ。
「ルナ。これから試験だよ。こっちに呼んでいい?」
ブレスレットを通してルナに話しかける。
『あっ。シトリーさんの試験、もう終わったんですね。私はいつでも行けますよ!』
大丈夫そうなので、転移魔法でルナを闘技場に召喚した。
この場所は俺が外界とは遮断しているから、転移が使えないと出入りができない。ルナなら、そこまで威力のある攻撃をすることはないと思う。だけど少し思うところがあって、ほかのみんなは今回も呼んでいない。シトリーにも外に出ていってもらった。
もし、万が一ルナがガドに穢されそうになることがあれば。その時はルールを無視して彼女を助けるつもりだったから。ただそれをすると、ガドの性格からしてルナは合格にならず、今後も昇級試験を受ける機会を剥奪するとか言われそうだ。
そうなった場合はキキョウかヨウコに頼んで、ガドの記憶を改ざんしてもらう。ヒトの記憶を消すだけなら、シトリーでもできるかもしれない。俺も手荒だが、一応できる。
はっきり言って、不正する気しかなかった。
「ルナです。よろしくお願いします」
でも……。ズルは良くないよね。
正々堂々ルナが戦って、勝つのが理想。
「きひひっ。やっとだ、やっときた!!」
ガドの表情がいやらしく歪む。
「俺はわかるぜ。お前、強いだろ」
「わ、私が、ですか?」
「あぁ、そうだ。ほかのバケモンたちと比べると格はかなり落ちるが。まぁ、ぶっちゃけ、そこにいる男を含めたほぼ全員が俺より格上過ぎて、俺との力の差はいまいち把握できなかった」
力の差がある程度以上離れると、相手との力量の差をうまく把握できなくなることがあるらしい。俺はその辺を直感に頼ってしまっているので、あまり実感はない。
おそらくガドは、シトリーの力も把握できなかったから俺たちクラスの力があると判断して、彼女と戦うのをやめたんだろう。
「だけどお前は──お前の力はわかる! お前が人族としては、かなりの強者に入るってことがな!!」
ルナはうちの中じゃ、戦闘能力が高くない。それでも彼女は今、補助系最強の『言霊使い』という三次職になっている。この世界の戦闘職の頂点にまで至ったひとりで、ガドが言うように強者なんだ。
「あ、ありがとうございます」
褒められたと勘違いしたルナが照れている。
でもガドが言いたいのは、そうじゃない。
「俺は唯一、お前が強いってのだけわかったんだ。つまり──」
俺たちとの力の差は理解できなかったガド。そんな彼でも、ルナの力だけは理解できていた。
「お前の強さは、俺の理解の範疇なんだよ! そしてお前はぁ、俺より、弱い!!」
うん、そうかもね。
ルナは補助系の三次職なのに対して、ガドは戦闘系の三次職だ。
普通に戦えば、ルナに勝ち目はない。
それは重々承知している。
だから俺は、最初に確認を取った。
「あの……。もう試験、始まってるんですか?」
「あ? あぁ、始めようぜ。楽しい時間を」
ガドの思考を読心術で読むまでもなく、コイツがルナを辱めようとしているのがわかる。
「それでは、行きます!」
ルナが手をガドに向けた。
「お前はどうせ、補助系の戦闘職だろ? そんなんで、いったいどんな魔法を──」
何かに気付いたガドの動きが止まる。
ルナの右腕にあるものを見たからだ。
彼女がガドに向けた右腕には、ブレスレットが装備されていた。
「ま、まさかそれは、そいつの準備した魔具、か?」
そいつってのは俺のこと。
ガドが俺を見てきたから、無言で頷いておく。
つい少しニヤけてしまった。
だって、この時のための確認だったから。
「ッ!!」
止めなきゃいけないと判断したんだろう。
ガドが高速でルナに接近を試みたが──
「ファイアランス!」
ルナの魔法発動のほうが早かった。
正確には、彼女の魔法ではないが。
「えへへ。コレ、一度こうやって発動してみたかったんですよね」
まるで自分がすごい魔法の発動に成功したことを喜ぶように、ルナが満面の笑みを浮かべながらそう言う。
彼女とガドの間には、轟々と燃える炎の槍を携えた炎の騎士が立っていた。
「な、なっ……」
ガドは炎の騎士の出現で、ルナに向かっていた足を止めた。
彼が足を止めたのは、炎の騎士と自分の力がほぼ等しいと瞬時に判断したからだろう。
炎の騎士が一体であれば、ルナを守りながら戦う騎士の方が不利になる。そうであればガドは、足を止めずにルナに攻撃を仕掛けたかもしれない。
ルナのブレスレットから出現したのは、五体の炎の騎士。
一瞬で戦力差が逆転した。
ガドが無言で炎の騎士を指さしながら、俺のほうを見てきた。
「魔具の使用はOKだって、最初に言ってましたよね」
この俺の言葉で、ガドの目に薄っすらと涙が見えた気がする。
これだけでも十分だったのかもしれない。でも最後の受験者であるルナは、エルノール家で一番まじめな性格をしている女の子だ。
俺が渡した魔具の力だけで勝っても、冒険者昇級試験的には意味がないと思ってしまったんだろう。
そんな真面目なルナが、もうすでに精神的に瀕死なガドに追い打ちをかける。
「ダメージインバリッド、アルティマパワー、アルティママジック、アルティマスピード、アルティマコンセントレイト!」
一体一体がガドと同等の戦力を持つ五体の炎の騎士が、この世界最高の補助魔法使いによってその戦力を数十倍にまで高められた。




