Cランク昇級試験(11/16)
今から二年ほど前──
「ら、雷獣の大槌よ、我が敵を打ちのめせ! サンダーハンマー!!」
Bランク冒険者でも使える者が少ない雷系の中級魔法を、Dランク冒険者である魔導士が放つ。彼は本来、Bランク冒険者であってもおかしくない実力の持ち主だった。
雷でできた巨大な槌が、C級冒険者への昇級試験を担当する試験監督の男に振り下ろされる。
「……穿て、アーススピア」
男はその場から一歩も動くことなく、最下級の土属性魔法を発動させた。
地面から伸びた土の棘が、雷の槌を貫く。
それで槌が消えることはなかったが、真っ二つに割れた雷の大槌は試験監督の男に直撃する軌道から逸れて、彼の左右の地面に着弾した。
「な、なにっ!?」
「バカな! 雷の中級魔法だぞ!!」
「それを、最下級魔法で逸らすなんて……。あ、ありえない」
魔法を放った魔導士と、彼と一緒に昇級試験を受けているパーティメンバーふたりが驚愕する。
「お前ら三人ともまだDランクなのに、雷系の中級魔法が使えるなんてやるじゃねーか。すごいぞー。うん、すごいすごい」
バカにするような口調でそう言いながら、冒険者たちに向かって試験監督が拍手を送った。
「本来お前らは、Cランクに上がれただろうな。……だが残念ながら、今回の試験ではダメだ。なぜならお前らの仲間に、女がいねーから」
試験監督を務めていた男──王国騎士団第二十部隊隊長のガドが、手を頭上に翳す。つられてその手の先を見た冒険者たちが、顔を青くした。
見たこともないほど巨大な炎の槌が、空に出現したからだ。
「な、なっ──」
「炎の、上級魔法!?」
「……嘘、だろ」
「次回は、顔の良い女をメンバーに入れて再挑戦しろ。まぁ、この魔法を耐えられれば──という話だが」
ガドが手を振り下ろす。
パイロハンマーという炎系の上級魔法が、容赦なく冒険者たちに降り注いだ。炎の大槌が地面に叩き付けられ、巨大な火柱が立ち上る。
「……ほう。アレに耐えたのか」
火柱が消えた場所に、冒険者たちが横たわっていた。立ち上がることはできないようだが、三人とも生きていた。
纏っていた装備の魔法耐性が高かったこと。雷系の中級魔法を使える魔導士が魔法障壁を展開したことで、なんとかガドの魔法に耐えたのだ。
「う、ぐっ……」
「あづい! いでぇぇぇ!!」
死にはしなかったが、身体の大部分を火傷した冒険者たちは重傷だった。
「こ、これにて試験は終了とします!」
「大丈夫ですか!?」
「治癒魔法をかけろ! 早く!!」
試験を見ていたギルドの職員たちが、ガドにやられた冒険者たちの治癒を始めた。
「ガド。やり過ぎだと、自覚しているよな?」
ギルドマスターのイリーナが、将来ギルドの戦力になったであろう冒険者を潰したガドに対して、憤懣やるかたなく苛立っていた。
「国は、この程度で再起不能になるような雑魚を求めてねーんだよ。お前が一晩その身体を好きにさせてくれるって言うのなら、こいつら合格にさせてやってもいいぜ? とりあえず実力はありそーだしな」
「……クズが」
イリーナはガドの相手をせず、冒険者たちの治癒に行った。
「あー、つまんね。そいじゃ、俺は帰るぞー」
「ま゛、まっでぐれ」
ガドの魔法を一番前で受け止めた魔導士が、焼けた喉から無理やり声を出してガドを引き留める。
「あ? 何か用か?」
「あ゛んだ、騎士じゃ……。物理職じゃ、な゛いのか?」
魔導士の彼は、自分がBランク冒険者相当の力があることを自覚していた。魔法を使った戦闘であれば、王国騎士が相手とは言え力を認めさせることができると考えていたのだ。
それが、物理職であるはずのガドの魔法によって、ここまでのダメージを受けた。
意味が分からなかった。
理解できない。理解したくなかった。
自分のこれまでの努力を、全て否定される感じがしたからだ。
ガドは、それをわかってやっていた。
「俺は紛れもなく物理職だ。お前は物理職の俺の魔法で、そうなってるんだよ」
これだけでも魔導士の心に大きく傷をつけていたのだが、ガドは彼に止めを刺しに行く。
「物理職の魔法でやられるような弱い魔導士を、国は必要としない。わかるか? ざーこ」
「ガド!! 貴様っ」
「おっと、ギルマスに怒られちまった。それじゃ、俺は帰るぜ」
ガドはギルドから出ていった。
残された魔導士はその後、冒険者を辞めてしまった。
──***──
時は進み、現在。
光の魔衣を纏ったヒナタがガドをボコボコにして、彼から『合格』の言葉を引き出すことに成功した。
そして今は、先ほど指名されたリューシンが、ガドと戦っている。
「くっ!? や、やめっ──」
リューシンの猛攻を受け、ガドは防戦一方になっていた。
「ぜやっ!!」
「ぐぼぶっ!」
リューシンの強烈な一撃が、ガドのみぞおちに叩き込まれる。
ガドもそこそこタフなので、ヒナタの攻撃を受けた時のように死にはせず、意識もギリギリ保っている。死ねないので身体が治ることはなく、ダメージはどんどん蓄積していく。
ちなみにリューシンは、竜化も身体強化魔法も使っていない。
『もし君が何の魔法も使わずにあの男に勝てそうなのであれば、魔法なしでアイツをボコボコにしてほしい』
イリーナから、そう頼まれたのだ。
彼女はリューシンが、竜人族であることを知っていた。そして彼の戦闘職が、魔法戦士であることも。
「あ、ありえねぇ……。俺は、聖騎士だぞ!」
純粋な剣技のみで戦う剣闘士
魔法も取り入れて戦闘する聖騎士
魔法と物理攻撃を両立させる魔法剣士
防御に秀でた守護戦士
武器を用いず、拳で戦う闘士
これら五種の戦闘職が、近接戦闘系最強の『三次職』だ。
ガドの戦闘職は聖騎士。つまり彼は、カインやハルトと同じく、この世界における最強戦力のひとりとなっていたのだ。
「おっさん、三次職なのか? その割には、弱いよな」
思わずリューシンが口を滑らせた。
まぁ、それも仕方ない。
ガドはレベル160程度で、なりたての三次職なのだ。
それに対してリューシンは、ハルトが生み出すレベル200相当の炎の騎士を、複数体同時に倒せるまでに成長していた。
そんな彼が、ガドを弱く感じてしまうのは仕方のないことだった。当然ガドはそんなこと知るはずもなく、リューシンの言葉に激怒する。
「なめやがって……。剣さえ、剣があれば、お前なんか敵じゃねぇ!!」
ガドの剣は、ハルトの一発目の魔法で消滅していた。悪魔を消滅させる魔法なのだから、刀身にオリハルコンが使われていようと関係なかった。
「剣があれば──って。あっても、そんなに変わらんと思うぞ」
「う、うるせぇ! ……その力からして、お前は闘士だろ? 俺は聖騎士だ。剣を使う戦闘職なんだよ! 同じ三次職なら、俺は剣がなければお前に勝てなくても仕方ねーんだ!!」
そんなガドの主張に対して、リューシンが物申す。
「いや。俺、魔法職だけど?」