Cランク昇級試験(9/16)
「ハルト。さっきコレが飛んできたよ」
「おっ。ありがと、シルフ」
シルフが真っ黒に焼け焦げた首飾りのようなものを、ハルトに手渡した。
「それなんだ? さっきお前が、こっちに飛ばしてきたよな」
「あのガドって奴が装備してたにゃ」
動体視力の良いリューシンやメルディは、ハルトの魔法を受けたガドの身体が消滅した時、ハルトが地面に落ちていたそれを風魔法で自分たちがいるほうに飛ばしてきたことに気付いていた。
「ハルトさんの魔法でも消滅しないくらいですから、かなりレアな魔具ってことですよね」
「うん。ルナの言う通り。これはたぶん、蘇生系の魔具」
「蘇生系……。それであの人は、何回でも復活できたんですね」
「ヒナタさん。たぶんそれは、ハル兄の力だよ」
「えぇ。蘇生系の魔具は、身に着けていないと効果を発揮しないものがほとんどです。先ほど旦那様が、ダンジョンコアをここの地面に埋め込んでいましたから、今ここは旦那様のダンジョンになっているはず。それであの男は、何度も復活できたのでしょう」
ハルトが改造した遺跡のダンジョンの管理を任せている元魔王シトリーは、ハルトが今この場をダンジョンにしてしまったことにも気づいていた。
「へぇ。ここ、ダンジョンになったのか」
「だったら、全力でやれるにゃ!」
リューシンとメルディが、準備運動を始める。
彼らはバケモノに鍛えられる期間が長かったせいで、ヒトとしては強くなり過ぎていた。全力のリューシンたちとまともに戦えるヒトは、この世界にはほとんどいない。それなりに力をセーブしないと、訓練所などを容易く壊してしまうレベルだ。
しかしここは今、ハルトのダンジョンになった。
無限の魔力を持つバケモノが創り上げたダンジョン。それはここが、黒竜が全力でブレスを放ったとしても破壊不能な空間となっていることを意味する。
「遺跡のダンジョンより頑丈にしといたから、全力でやっていいよ。ヤバそうだったら、途中で強化したりもするからさ」
ハルトはガドが、ヒトとしてはそこそこ強い存在であると感じていた。だからこそ、家族の力を確認するのには適しているとも考えている。
彼は家族のみんなに、自分の力を改めて認識してほしいと思っていた。
普段、ハルトが想定するのは、家族が魔人や悪魔に勝てるかどうか。しかしそれでは、家族が強くなり過ぎた時に問題が起こるかもしれない。
かつて己の力を見誤り、最愛の人を傷付けそうになってしまったことを、ハルトは未だに気にしている。
邪神の仕返しに備えて、家族を強くしなければならない。
しかし強いだけではダメで、現在の自分の力がどれほどのものなのかを把握することも重要なのだ。これからもこの世界で、ヒトとして生きていくのだから。
多くのヒトを不幸にしてきたガドというクズの存在と、無限に復活が可能なこの空間が、今日ここに揃ってしまった。それが、ガドの最大の不幸だったのかもしれない。
もともとハルトは、自身が蘇生させられるからといっても、むやみにヒトの肉体を消滅させるようなことはしない。
死んだことがあるのだから。
死の恐怖を知っているから。
だが彼は先ほど、ガドの肉体を四回も消滅させた。同じヒトを複数回攻撃することなど、ハルトがこの世界に来て初めてのことだった。
それは家族の精神的負担を軽減するため。
特にルナが心配だった。
彼女はこの世界に来て以来、まだヒトを直接攻撃したことがない。今回もブレスレッドに仕込まれた炎の騎士を使う予定なので、ルナが直接ガドを攻撃するわけではないのだが……。
それでもルナは、ブレスレットを使うのを躊躇ってしまうかもしれない。その隙をついて、ガドに襲われるかもしれない。もちろんそんなことにならないよう、ハルトは彼女を守るつもりでいた。
しかしここは、ルナやハルトが元いた世界とはだいぶ勝手が違うのだ。魔物に襲われて、ヒトが簡単に死ぬ。盗賊に財産を奪われ、愛する人を犯され殺される。グレンデールは割と平和な国だが、世界全体で見れば治安が良い国は少ない。
そんな世界で、これからも生きていかなければならない。
ハルトは家族に対して、己の身を守るためなら躊躇わずヒトを攻撃できるようになってほしかった。
「いいんだな? 全力で」
「ふふふ。やっちゃうにゃ」
リューシンやメルディは問題ない。
彼らは躊躇わずヒトを攻撃できるが、逆にやり過ぎないかどうかが少し心配なところ。
「旦那様の許可もいただきましたし、久々に発散させていただくとしましょうか」
「んー。精霊王である僕は本来、元魔王が全力で暴れようとしてるのを止めるべきなんだよね……。でもまぁ、今ここはハルトが管理する世界になってるからいいかな。僕も全力でやっちゃおっと!」
悪魔で元魔王のシトリーは、ヒトを殺すのに躊躇わない。精霊王であるシルフも、ヒトとは異なる存在だ。
「そういえば私、シトリーさん以外に本気で攻撃したことないかな。ねぇ、ハル兄。私も全力でいいの?」
「いいよ。俺はアカリの全力も抑え込めるくらいじゃないとダメかなって思ってる。ちなみにもし、アカリが俺のダンジョンの壁を壊しても、その壁の向こうは異界に繋げてるから、攻撃が外に出ちゃうことはないよ。だから安心して、全力でやって」
「うん。わかった!」
アカリには、異世界の神がくれたスキル<不屈>がある。これの効果で彼女の思想は少し、こちらの世界で活躍する冒険者と近いものに変わっていた。自分が必要だと感じれば、魔物やヒトを攻撃しても、それを悪いことだと感じにくくなっている。このスキルのおかげで、彼女の心は守られていた。
問題はやはり──
「炎の騎士だと、やりすぎちゃわないですか?」
ルナと。
「わ、私も。少し不安です」
ヒナタだった。
ハルトは読心術で、ガドがクズであると気づいている。だから、やってしまっても良いと考えていた。ルナたちが罪悪感を持ちにくいよう、まずは彼がガドを何度も消滅させてみせた。
だがそれがルナたちに、ガドの身を案じさせてしまう結果になったようだ。
「アイツは悪いヤツだからさ。多少のやり過ぎは大丈夫だよ」
ハルトはそう言って説得しようとするが、ルナとヒナタの顔は暗い。
そんな時に『彼』が、問題のひとつを自ら解決してくれた。
「おい! いつまで喋ってる!! さっさと次、来いや。……そうだな、そこの木偶の坊。次は、お前だ」
闘技場の中心で待っていたガドが、しびれを切らして怒鳴ってきたのだ。彼は次の対戦者として、リューシンを選んだ。
「ん、俺か?」
「ほかにいねーだろ! 女どもは、後の楽しみにしてーからな。早くしろ、この木偶の──」
ここでガドの言葉が止まった。
凍てつくような殺気を浴びせられ、声が出せなくなったのだ。
「リューシン様。私が先にやっても、よろしいでしょうか?」
ガドの手足が震え、動けなくなるほどの殺気を放っていたのはヒナタだった。
「お、おう。きき、気をつけてな」
「はい。お気遣い、ありがとうございます!!」
彼女は黒竜のドラゴノイドであるリューシンを崇拝し、命を救ってくれた彼を心から慕っている。そんなリューシンを罵倒された。
「それではリューシン様。ちょっとアイツ、殺ってきますね」
光の筋を幾重にもその身に纏いながら、ヒナタが歩いていった。