キールの逃走
ハルトたちの昇級試験前夜。
キールが再びイフルス魔法学園に侵入し、ハルトの屋敷のそばまで来ていた。
一回目の時、キールはカインの弟だというハルトの力を大まかに知る目的でここに来た。
彼は一定の範囲内にいる他人の力を知る能力を持っている。国民には実力を隠している国王ジル=グレンデールが、実はカイン並みの力を秘めていることをキールは見抜いていた。
そんな彼の能力を以てしても、なぜかハルトの力は把握できなかった。
正確に言えば、その力を読み取ることはできた。しかしキールは、それを信じられなかったのだ。
『レベル1』
それがキールの能力が告げた、ハルトの力。
キールはステータスボードを見ずとも、他人のレベルを知ることができる能力を所持していた。
この世界では『レベルの高さ』=『強さ』だと言える。
レベルは、魔物や魔獣、魔族、魔人そして悪魔といった『邪に連なるモノ』を倒すことで上昇する。レベルが上昇することで体力や魔力、物理攻撃力といった『ステータス』が上がる。
筋トレをすると筋肉がついて、重いものを持ったり速く走ったリすることができるようになるが、それではレベルもステータスも上がらない。筋肉量×ステータスが、正確な攻撃力となる。
例えば同じレベル1の場合、子供と大人では大人のほうが強い。ほとんどの場合で、大人のほうが筋肉量が多いからだ。しかしレベル2の子供とレベル1の大人では、子供のほうが強くなることもある。必死に筋トレするより魔物を倒してレベルを上げ、ステータスを向上させたほうが強くなれるのだ。
ここは、そんな世界。
だとすればレベル1であるハルトは、雑魚でしかない。
しかしAランクの魔物を単独で撃破するカインの弟が、ただの最弱であるはずがない。きっと、実力を隠す特殊なスキルを持っている──キールはそう判断し、初回の偵察を終わらせていた。
その後キールは裏の情報網を駆使して、ハルトの情報を集め続けていた。情報収集を続けるほど、彼の不安はどんどん大きくなっていった。キールの耳に飛び込んでくる情報は、どれも信じられないものだったのだ。
英雄ティナ=ハリベルが、ハルトの妻になったとか。
魔人二十体に相当する自律行動魔法を、ハルトが同時にいくつも発動させたとか。
同レベルであれば、人族の何倍も強い獣人族。その獣人の国の王にハルトがなったとか。
色竜で最も凶暴な黒竜を、殴って吹き飛ばしたとか。
とにかく、信じられない情報ばかりだった。
そんな奴が最弱であるはずがない。
極めつけは、キールが昔からよく利用している情報屋の女が、こんなことを言っていた。
『あの御方は無数の魔人を纏めて消滅させるし、果ては容姿が気に入ったからと悪魔をテイムしてしまうようなバケモノじゃ』
この世界の住人に、悪魔をテイムできるヒトがいるなどキールは信じられなかった。
それからキールは、なぜかその情報屋の女のことを思い出せなくなっていた。昔から何度も利用していたはず……。なのに今は、顔すら思い出せない。
しかしその女が発した、この忠告だけは頭に残っていた。
『エルノールには、手を出すな』
強い殺気が込められたその言葉を思い出し、キールが身を震わせる。
だが彼は、自分の力に自信があった。
その自信が忠告を無視させる。
加えて、なんとしてもハルトの真の力を把握しておく必要があると考えた。今後、自分の行動の障害になりうる存在かどうかを、どうしても確認しておきたくなったからだ。
だから彼は今、ここにいる。
全てバレているなどと、思いもせずに。
「ヨウコが洗脳したって言ってたけど……。へぇ、レジストしたんだ」
「──っ!!?」
後ろから突如聞こえた声に驚くキール。
彼は咄嗟に、声をかけてきた人物から距離をとった。
屋敷のほうに目を向けていたとはいえ、複数の隠密系スキルを所持する自分の背後をとれる者などいるはずがないとキールは考えていた。だからこそ、まったく気配を感じられなかったことに驚いた。
その男はまるで、転移を使ったかのように一瞬でこの場に現れたのだ。
「お、お前は!」
「どうも。貴方が覗いていた屋敷の主。ハルト=エルノールです」
そこには、ハルトがいた。
彼が普通に転移魔法を使って、それでここに現れたことをキールは知らない。
「……チッ」
小さく舌打ちして、キールが隠密スキルを発動させる。彼の気配が極限まで消えた。ハルトが少し驚いた表情を見せている隙に、逃げようとしたのだが──
「あ、あれ?」
キールはその場から動けなかった。
彼の周囲を囲むように、何かが行く手を遮っていたからだ。
「ヨウコの洗脳を弾くほどの隠密を、そう簡単には逃がさないよ」
ハルトは常に、自分の周囲に薄く魔力を展開している。
それはヨウコやマイ、メイといった彼の家族に魔力を供給するためであると同時に、キールのような隠密スキルを持った者からの不意打ちに対応するため。
展開された魔力に、何かが触れればハルトはそれを感知できる。それが目に見えなくても関係ない。
ちなみにハルトが家族に渡しているブレスレットにも、同様の機能がある。もちろん本家ほど効果範囲は広くないのだが、気配が消せる悪魔などの不意打ちから家族を守るには十分な性能を誇る。
本家の魔力が展開されている範囲内にいたキールが、ハルトから逃れられるはずがなかった。
実はキールが一度目の偵察に来た時から、ハルトたちはそれに気付いていた。
そして彼と接点のあったヨウコが、裏でコソコソ動かれないようにと楔を刺していたのだ。しかしキールが持つスキルにより、その楔自体は効果がなかった様子。
「洗脳に耐えたのは、やっぱりそーゆースキル?」
「……いやぁ。まいりましたね、これは」
ハルトの質問をはぐらかすキールの顔には、どこか余裕があった。
「人外の強さに、異常な感知能力……。あんたもしかして、転生者ですか」
「え?」
「おかしいと思ったんですよ。あのカインの弟が、レベル1なんて」
「……なんで、それを?」
「あぁ、大丈夫。誤魔化さなくてもいいです。レベル1が偽装だってのは、すぐ判りましたから。ってか、偽装するならレベル50とか中途半端なステータスにすべきですよ」
キールはハルトが、ステータスを偽装してレベル1と見えるようにしていると考えていた。それを見抜いた気になっている。
「まぁ。こうして捕まっちゃいましたし、顔もバレた。あなたがヤバいヤツだってのも、十分理解できました。だからこれ以上、この国で動くのはやめます」
「え……。あっ、おいっ!!」
ハルトの魔法障壁の内部から、キールの存在が薄くなっていく。
それに気付いたハルトが様々な魔法を展開して、逃亡を阻止しようとしたが──
「今回は逃げますね。あぁ、安心してください。あんたみたいなバケモノとは今後も、真正面から戦うつもりはないんで」
そう言い残して、キールの姿が消えた。
かつて悪魔を捕らえて逃がさなかった最強賢者の魔法障壁から、彼はまんまと逃げ延びたのだ。
【補足】
洗脳魔法や魅了といったヒトを操る魔法に長けた九尾狐の母娘は、その才覚をグレンデールの裏社会で存分に発揮して、エルノールに害を与えうる者をこっそり排除しています。
この辺のお話も、そのうち書く予定です。




