副隊長キール
ハルトたちがC級冒険者になるための試験を受ける七日前。
王国騎士団で副隊長を務めるキールが、騎士団本部に呼び出されていた。
「第二十部隊、キールです」
「おう。入れ」
キールが騎士団本部のとある室内に入ると、そこには顔に大きな傷がある筋骨隆々の男が待っていた。その男は王国騎士団団長。キールやガドが所属する王国騎士団のトップで、この国最強と言われている騎士だ。
「失礼します」
「呼び出してすまんな。本当なら、お前んとこの隊長を呼びたいのだが……」
隊長であるガドが、騎士団本部からの呼び出しを無視するのだ。ガドが騎士団の隊長会議などにも出ないので、毎回キールが隊長代理として参加していた。
「いえ、もう慣れました。それはそうと最近うちの部隊は、何もやっていないはずですが?」
彼が騎士団本部に呼び出されるとき。
それは第二十部隊の隊員が、何か問題を起こした場合がほとんどだった。
だからキールは、自分の知らないところで隊員が何かやらかしたのではないかと少し不安になる。
他のどの部隊よりも戦闘能力に長けてはいるが、それ以上に色々と問題を起こす厄介な集団──それが、王国騎士団の第二十部隊だ。そんな中でキールは、比較的まともな人物だった。
とはいえ彼自身も部隊内では面倒な仕事をガドに押し付けたり、騎士団の威光を振りかざして女遊びをしたりしている。部隊全体で見ればまともに見えてしまうが、キールも人としてはクズな部類に入る。
「此度の呼び出しは、お前の隊長や部隊の問題行動についてではない。C級に上がる冒険者の試験監督役が、今回はお前のとこになった。その連絡だ」
騎士団長の言葉を聞き、キールはホッとした。
「そうでしたか。承知いたしました。……しかしなぜその程度のことで、団長が私を呼び出したのですか?」
試験監督の役が回ってきた通達くらい、使いの者に任せれば良いはず。それをわざわざキールを呼び出して連絡してきたことに関して、何らかの理由があると勘づいた。
「うむ。今回試験を受ける者たちが少し特殊でな」
「特殊、といいますと?」
「詳しい内容は俺も知らされていないが、この国の重要人物らしい」
「……その者が試験に合格できるよう、便宜をはかれということですか? 団長もご存じでしょうが、うちの隊長はそーゆーの、向いてないと思います」
以前、貴族の子息がガドに賄賂を渡し、昇級試験に合格させろと言ってきた。その態度が気に食わなかったガドは、試験中に子息をボコボコにしてしまったことがある。
賄賂を受け取らなかったのは、王国騎士団に所属する者としては正しい行為なのだが……。貴族相手にやりすぎたことで、かなり問題になった。
ガドは相手が誰であろうと、自分がやりたいようにしか行動しない。国にとって重要な人物だという受験者であっても、ガドが忖度するはずもない。その人物がガドに気に入られなければ、キールにはどうすることもできないのだ。
「いや、そういうことではない。むしろ全力で戦っても良いらしい。なるべく強いヤツを試験監督に──と俺のところに指示が来た。それで、手の空いてる隊長の中で最も強いガドに、今回の監督役を任せることにしたのだ」
この騎士団長の言葉に、キールは疑念を抱く。
ガドはクズだが、強い。
騎士団団長とも互角に戦うレベル。
加えて強いだけでなく残虐で、気に入らない相手には一切の容赦をしない。相手が逃げられないような状況に追い込み、じわじわと嬲っていく。
そんなガドに、全力で戦って良いと言う。
「……畏まりました。試験監督の件、隊長に伝えておきます」
何か裏があるということにキールは気付いたが、あえてそれには触れなかった。
そして彼は騎士団本部を出た後、裏の事情を調べるべく行動を開始する。
──***──
その夜キールは、イフルス魔法学園に来ていた。
この学園の生徒が今回の受験者だという。
ちなみに彼は学園への入場許可を得ていない。
特殊なスキルを利用して賢者ルアーノの監視魔法すら欺き、ここに侵入したのだ。
またキールは騎士団員だが、グレンデールの裏の者たちとの繋がりを持っていた。その裏の情報網を使い、受験者の情報をある程度調べてからここに来た。
「ハルト=エルノール。シルバレイ伯爵の三男で、国王の親衛隊長カインの弟……。なるほど、そういうことでしたか」
ハルトの屋敷を遠くから確認しながら、キールが呟く。
キールはハルトの屋敷から、強者の気配を感じ取っていた。あのカインの弟だというのだから、容易に納得できた。それと同時に、今回の昇級試験の監督が第二十部隊に回ってきた理由を理解する。
「これは恐らく隊長、捨て駒にされましたね」
力はあるが、一切命令を聞こうとしないガド。そんな厄介者である彼を、騎士団が切り捨てるつもりだと考えたのだ。
しかしキールは、ガドの強さをよく理解していた。
自分の隊長の強さを、心のどこかで誇っていた。
「うちの隊長の力、見くびり過ぎじゃないですか?」
ガドと同じく、グレンデール四強と呼ばれるカイン。その弟とはいえ、ハルトがカイン並みの力を備えているとは思えない。
「……まぁ。全力でやって良いと言うなら、国の上層部たちには後悔してもらいましょう。それに──」
キールの目には、ハルトの屋敷の庭で洗濯物を干しているルナの姿が映っていた。
「今回は、かなりの当たりですからね。隊長には是非とも、やる気を出していただかなくては」
ガドがうまくやれば、自分もその恩恵を受けられると考えたキール。彼はルナを目に焼き付け、その場を後にした。