Cランク昇級試験(6/16)
ハルトとルナ、メルディは、ギルドマスターのイリーナと共に移動していたリューシンたちと合流した。その後イリーナの案内で、Cランクへの昇級試験会場まで移動する。
そこに、ガドが待っていた。
「うわっ。アイツ!」
ギルドの建物内部に設けられた闘技場の中心で、不機嫌そうな表情をして立っている男を見たメルディが顔をしかめる。
「メルディ。どうしたの?」
「あそこにいるのが、さっきルナをナンパしてきたやつにゃ」
「……へぇ。あの男がね」
静かにハルトから殺気が漏れる。
「ガドめ。よもやエルノールの者にまで手を出すとは……。愚かな奴だ」
「イリーナさん。彼は?」
イリーナの言葉からハルトは、彼女があの男のことを知っているのだと判断した。
「あそこにいる男が、今回ハルトたちの昇級試験を監督する者だ。名を、ガドという」
「ほ、ほんとにあの人が、試験監督さんなんですか……」
先ほどガドに脅されたルナが、不安そうな声を上げる。それがより一層、ハルトを怒らせた。
「大丈夫だよ、ルナ。なんとかなるから」
ルナには優しく声をかけ、その頭を撫でるハルト。
一方でガドに対しては、魔人や悪魔を相手にした時のように強い殺気を放ち始めた。それを受けたガドが、一瞬身を震わせた。
「ちょっと交渉してくるね」
ガドのそばまでひとりでやってきたハルトに、ガドが負けじと殺気を飛ばしてきた。それは狙っていた女が、ハルトに撫でられて顔を赤らめる様子を見て察したからだ。
「お前……。あの青髪の女の、男か?」
「はい。彼女は俺の妻です」
「は? ま、マジか……。い、いや。あのレベルなら、それでも構わねぇ」
ガドはまだ、ルナのことを諦めていなかった。
「旦那よぉ。あの女を、一晩俺に貸さねーか? そしたら、お前たちを──」
「嫌です」
「……あ゛?」
「俺はどんな理由があろうと、俺の妻を他人に抱かせることは絶対にしません」
「おいおいおいおい。たかがDランク冒険者が、かっこいいこと言ってんじゃねーよ」
「別にいいでしょう? 今日、Cランクになるんですから」
「いーや、無理だね。なぜなら俺が、絶対にお前を昇級させねぇ」
「……貴方、王国騎士団の隊長さんですよね? そんな御方が、そんなこと言ってもいいんですか?」
「いいんだよ! 俺が試験監督なんだ。合否は俺が決める」
このグレンデールにおいて、ガドは自身が最強に近い位置にいると思い込んでいた。それはエルノール家やティナの存在、その活躍などが王族や大臣たち、そして伯爵階級以上の貴族にしか知られていないこの国では、仕方ことないことだったのだ。
だからガドは愚かにも、こんな試験内容を設定してしまう。
「今回の試験内容は俺との一騎打ちだ。俺に負けを認めさせたら、合格にしてやる。あぁ、それから武器や魔具は、好きに使え」
どう足掻いても勝てないと悟った時、ヒトは大きく絶望するということをガドは把握していた。
指定された武器で戦って勝てなくても、それを武器のせいにすることができる。そうした精神的余裕を削る目的で、彼はあえて武器や魔具の持ち込み利用を許可した。Dランク冒険者が手に入れられる武器や魔具など、恐れるに足らないと思っていたのだ。
一方でハルトは、この提案に満足する。
思わず笑みがこぼれそうになるのを、必死に耐えていた。
魔具の使用許可。
これが一番の課題だった。
ハルトはガドと交渉して、なんとしても魔具の使用だけは認めさせるつもりだった。それさえ叶えば、あとはどんな条件でも受け入れるつもりでいたのだ。
最も戦力が不安視されるルナをガドと戦わせるにあたって、彼女が腕に付けているブレスレットを使えるようにしておきたかったから。
しかしガドのほうから、魔具の利用を許可してくれた。これによりハルトには、一切の不安要素がなくなった。
「わかりました。魔具の利用はオッケーなんですね。それでお願いします」
「……なめやがって」
ハルトの言葉は『魔具さえ使えれば勝てる』と、宣言されたようなものだとガドは受け取った。実際、その通りなのだが。
「それじゃ、最初は俺からいいですか?」
「構わねぇ。命乞いしても止めてやらねぇから、死ぬ気で来いよ」
「はい! よろしくお願いします」
ガドは脅したつもりなのに、ハルトはその言葉に笑顔で応える。
「チッ。……おい、イリーナ!」
「はいはい。なんでしょうか?」
ガドに呼ばれたイリーナが、そばまでやって来た。
「一対一の戦闘で、俺が『まいった』と言わない限り昇級はさせねぇ。それが今回の試験内容だ。それから試験開始後は、一切の手出しを禁止する。いいな?」
「んー。そういうことらしいんだけど、ハルトは平気?」
「こいつに決定権は──」
「大丈夫です!!」
イリーナがハルトに伺いを立てたことにガドがイラついたが、それより早くハルトは条件に問題がないことを認めてしまった。
「それじゃ、その条件で。私は何があっても、手出ししないから」
実は彼女も、ガドにしつこく付きまとわれて迷惑していたひとりだった。だから去り際にハルトの耳元で、こんなことを言い残していった。
「全力でやっちゃって。後のことは、私がなんとかするから」
ハルトは笑顔で頷き、それに応えた。
「さぁ、やるぞ。……お前、武器は?」
刀身の一部にオリハルコンが使われている世界級の剣を構えるガド。対してハルトはなんの武器も魔具も持とうとしない。
「俺はまず、コレを使います」
どこからともなくハルトが、頭くらいの大きさがあるクリスタルを取り出した。
「な、なんだそれ。お前、今それをどこから出した?」
「これは、ダンジョンコアです」
「──は?」
意味が分かっていない様子のガドを無視して、ハルトがダンジョンコアを闘技場の地面に軽く押し当てる。
その瞬間──
この闘技場が、ハルトのダンジョンになった。
彼がこうしたのには、理由がある。
「次はコレです」
次にハルトが取り出したのは、彼とその家族が身に着けているモノと少し色形が違うブレスレット。
「もう、戦いを始めてもいいんですよね?」
最後の確認を行うハルト。
死刑執行の最終確認でもあったそれを、そうとは理解できないガドは容認してしまう。
「何をするつもりか知らんが……。初手は譲ってやる」
「ありがとうざいます!」
ハルトがそう言い切った時。
彼の姿はガドの視界から消えていた。
「失礼しまーす」
「──なっ!?」
一瞬でガドの真横に現れたハルトは、ガドの手首に腕輪をはめた。
「ざけんなっ!」
「おっと」
驚いたガドが、そこにいるハルトに対して世界級の剣を高速で振るうが、ハルトは余裕をもってそれを躱し、距離をとった。
「魔具、使っていいんですよね?」
ハルトは魔具を自身で使うのではなく、ガドに装備させたのだ。
「っく! なんだコレ!? なんで外れねぇ!!」
はめられた瞬間に縮んだそれは、ガドの手首から取り外せなくなっている。
焦るガド。それはこのブレスレッドが、呪いの装備のようにデバフをかけるモノではないかと危惧したからだ。
しかしこのブレスレットには、デバフをかけるようなマイナスの効果はない。
むしろダンジョン攻略に乗り出す冒険者であれば、喉から手が出るほど欲しがるレベルの魔具。
『無限復活のブレスレット』
ハルトが運営する遺跡のダンジョンで、極々稀に宝箱から得られるアイテムだ。
このブレスレットを装備している者は、ハルトが管理するダンジョン内であればいくら死のうと、どんな死に方をしても何度でも、復活が可能になる。
そしてここは──この闘技場は今、ハルトのダンジョンになっている。
つまりガドは、ここで何度死んでも生き返ることができるのだ。
「じゃ、とりあえずコレ。いっきまーす!」
かつて、絶対防御の魔法が発動しなければ英雄ティナ=ハリベルを消滅させていたあの魔法を、ハルトが発動させた。
巨大な炎の槍。
「……は?」
それを見て、ガドの顔から表情が消えた。
彼の終わりなき絶望タイムが今、ここから始まる!!
【補足】
『無限復活のブレスレット』は超レアアイテムですが、何度も何度も死んで生き返るのって、普通の冒険者には耐えられないようで、ある一定稼いだら、ほとんどの冒険者がそれを売ろうとします。
それをCランク冒険者が一生遊んで暮らせるくらいの金額でH&T商会が買い取って、ハルトが再び宝箱に入れたりしています。
宝くじに当たる感覚ですね。
もちろん、ハルトが管理するダンジョン以外では効果がありません。そんな設定です。