Aランク冒険者クレア
冒険者たちにかけられた洗脳魔法が解かれたとき、影響を受けていたのは男の冒険者だけではありませんでした。
そんなお話し。
私はクレア。Aランク冒険者だ。
グレンデールという国を拠点に活動している。
パーティーを組んでいる仲間にすら教えてはいないが、実は私は狼系獣人と人族のハーフなんだ。だからその辺の人族より身体能力が高く、女冒険者としては異例の速さでAランクまで昇り詰めた。
ちなみに通常の見た目はほとんど人族。満月の日に強制的に獣人の姿になってしまうけど、それさえ気を付けていれば常にそばにいる仲間であっても、私に獣人の血が混じっているとは気づけない。
もちろん、実力だけでここまできた。女冒険者の中には審査官に身体を売って、ランクを上げようとする不埒な奴らもいるようだが……。私は決して、そのようなことをしない。
獣人の血が入っているからだろうか?
私は自分が認めた男としか、肌を重ねたいとは思わない。
さて。そんな私だが……。そろそろ番を見つけてもいい年齢だ。
相手の条件として、私より強い人族の男が良い。
それが最低条件だ。
私は半分獣人なんだが、ほとんど人族の姿で過ごしているせいか、獣人の男は相手としては受け入れがたい。しかしそうなると、途端に対象となる男が少なくなる。
獣人はその圧倒的なステータスを頼りに肉弾戦を好むから、ほとんど魔法を使わない。獣人の王国では、魔法を使うのが禁忌とされているようだ。
しかし半獣人の私には、そんなの関係ない。獣人のステータスと、攻撃魔法を使う能力を併せ持った存在なんだ。強いに決まってるだろ?
パーティーを組んでいるAランク冒険者たちですら、私よりだいぶ弱い。彼らも人族の中では、人外といわれるくらいの実力者なのだが……。
そんなわけで私は絶賛、番となるオスを探している最中だった。
なかなか難航している。
獣人より強い人族なんて、そうそういない。
ただ幸いなことに、ここグレンデールには私より強い男が何人かいる。希望があるんだ。いろんな男を品定めしてきたせいか私は、自分より強い男を見抜く力を得ていた。
この国の王ジル=グレンデール。
ジルの護衛をしているカイン。
王国騎士団の第十三部隊隊長レオン。
この三人が、私より強い。
文句なしで私の番候補だ。
王国騎士団長と、第二十部隊隊長のガドもかなり強い。だけど騎士団長はオッサンだし、ガドは私に身体を売れと言ってきたクズだ。その二人を除外すると、候補は三人。
──だと思っていた。
それは違った。
ジルやカインが霞むほどの圧倒的な候補が、この冒険者ギルドにいたんだ。
そいつの名は、ハルト=エルノール。
最近ギルドに登録したばかりだというのに、とんでもない速度で昇級している。
彼にはギルドでは何度かすれ違ったことがある。会話だってしたことがあるんだ。でもその時には、食指が動かなかった。なぜだ?
よくわからないが、今日は違った。
彼が、その……なんていうか、すごく魅力的に見えたんだ。
どうしてこんな強そうな男がすぐ近くにいるのに、今まで声をかけなかったんだと後悔した。
そして私は、ハルトに声をかけようとした。
──***──
「やぁ、ハルト。久しぶり」
クレアが、冒険者ギルドにやってきたハルトに声をかける。
「クレアさん、お久しぶりです」
「たしか今日は、Cランクへの昇級試験だったな。頑張れよ」
「はい! ありがとうございます」
それだけ会話して、ハルトは冒険者ギルドの奥のほうへと早足で去っていった。
それを見ていたクレアは、たいした反応を示さない。番になろうと積極的に動いていたクレアとは思えない、淡白な対応だった。
しかし今の彼女には、これが正常なのだ。
その頃、エルノールの屋敷。
とある親子の間で、こんな会話がなされていた。
「母様。たった今、王都の冒険者ギルドで、あの狼女が主様に接触したようなのじゃ」
「ヨウコ、安心なさい。そのことは妾も気付いています。あの者にかけた洗脳はかなり強いものです。おそらくハルト様とは、ただ一言二言会話した程度でしょう」
「そうだとよいのじゃが……。しかし我の洗脳では効かず、母様の洗脳にも初めは抗ってみせたあの者のことなので、少し不安になったのじゃ」
「そうねぇ。念のために今度ギルドに行った時、洗脳魔法をかけなおしておこうかしら」
「あまりやりすぎると、主様に気付かれて怒られるのじゃ」
「それだけは絶対に避けなければなりませんね。しかしハルト様も先日の騒動で、妾たちが洗脳魔法を使っていた意義を認めてくださったので、大丈夫とは思うけど……」
「なんにせよ、我はもうしばしあの者の動向をチェックしておくのじゃ!」
「任せましたよ、ヨウコ。妾は、昼食の準備をしてきますから」
ちなみに冒険者ギルドにかけられていたキキョウの洗脳魔法が一時的に解かれたとき、ハルトに声をかけようとした女冒険者はクレアだけではなかった。
ハルトが知らないところで彼は、彼にアタックしようとしていた女性たちから守られて(?)いたのだ。