ギフター
「ハルト様。その……いったい、なにをなさっているのですか?」
深夜、俺がアカリのもとにプレゼントを届けに行こうと準備をしていたら、ティナに声をかけられた。
「アカリがサンタを信じてるから、ちょっとプレゼントあげにいこうかと」
「サンタ、ですか?」
「あっ、サンタってのは、こっちの世界のギフターのことね。アカリがギフターの存在を信じててさ。彼女はもう十六歳だけど、一回ぐらいはギフターからプレゼントがもらえてもいいと思うんだ」
「……もしかして、ハルト様がギフターになるおつもりですか?」
「うん! 俺のギフターはティナだったから、今度は俺がアカリのギフターになるんだ」
「えっと、私が? あの、なんのことでしょうか?」
ん? もしかしてティナは、まだ俺が気付いてないって思ってるのかな?
まぁ、それはいいや。
「とにかく俺は、今からアカリのとこにプレゼント運んでくるから、先に寝てて」
「そうですか。承知いたしました。しかしハルト様……その格好は、なんですか?」
俺は白のトリミングのある赤い服を着て、赤いナイトキャップを頭に被っている。
雰囲気を出そうとして、自作してみたんだ。
もちろん白く大きなプレゼントの袋も用意した。
その袋の中のプレゼントは、読心術でアカリの思考を読んで、彼女が欲しがっていたものを準備している。
「俺たちの世界では、これがサンタの格好なの」
ギフターは一年良い子にしてた子供にプレゼントを持ってきてくれる存在──って情報しかなく、どんな格好をすれば良いかわからなかった。
だから元の世界で一般的だったサンタクロースの格好をしてみた。
「なんというかその、完全に不審者の姿ですよね」
ティナの視線が冷たい。
うん。その気持ちもわかる。
サンタの存在が定着していなければ、この姿は誰が見たって不審者だ。
アカリには俺の姿を見せないようにするつもりだけど、その他の家族に見られるのもヤバいかもしれない。少しだけ、ミッションの難易度が上がったな。
「大丈夫。誰にも見られないから。それじゃ!」
俺はアカリの部屋に向かって、移動を開始した。
──***──
深夜だから誰にも見られることなく、アカリの部屋の前までは普通に来ることができた。
屋敷には俺の魔力が充満しているので、誰かが廊下に出ようとしたら瞬時にわかるようになっている。
幸いにも、今夜は誰も起きてこなかった。
ちなみにこの屋敷にも、外部からの侵入者に対する罠が無数に配置されている。
侵入者とはいえ自宅の中で血を流されては困るので、そんなに危ない罠を設置しているわけではない。俺が魔力を登録した人物以外を検知したら、それをどこか遠くに転移させてしまうトラップにしていた。
広い屋敷のどこを歩いても侵入者を排除できるように、その罠は千個くらい仕掛けてある。
もしこの屋敷に侵入してくる者がいたとしても、屋敷の中を通って移動するのは絶対に不可能。
では、窓を開けて部屋に入るのは?
もちろん、それも対策済みだ。
もともと俺の父が用意してくれた当初の屋敷の窓は、木の枠にガラスがはめ込まれた一般的な窓だった。ここはイフルス魔法学園の敷地内なので、そもそも賊が入ってくる可能性は極めて低い。
ただ俺は邪神を敵に回しているので、悪魔など邪神の手先が来ないとも限らない。そーゆー人外の襲撃にも耐えられるようにしておく必要があると思い、屋敷を大幅に強化していた。
俺は木や金属に魔力を流し込んで『黒化』することができる。
黒化した木の棒で、オリハルコンの剣が折れるほどの硬度になるんだ。
それで俺は、屋敷中の窓枠を黒化した。
同じようにガラスにも魔力を流し込み、強度を上げた。
ヨウコの尻尾一本分の魔力を消費したレーザーくらいなら、余裕で耐えると思う。
また、窓の開閉は俺の家族しかできないようにしてあるから、魔人や悪魔であっても窓から入ってくるのは不可能だ。
つまり、この世界にギフターがいたとしても、俺の家族にプレゼントを持ってこられるわけがないんだ。
だから俺が、アカリのギフターになるしかない。
当然俺に罠は作動しないから、深夜であっても屋敷の中を自由に歩き回れる。
さて、アカリの部屋に入ろう。
問題はここからだな。
アカリは勇者だから、不意打ちが効かないような特性がある。
意識がない時に誰かが近づいてくると、自然と目が覚めてしまうらしい。その近づいてくるものが強ければ強いほど、遠い距離でも目が覚めてしまう。
ちなみにその強さとは、レベルに起因する。
俺はレベル1だから、身体に触れるほどの距離まで近づいても、アカリに感知されることはない。
普通のレベル1のヒトでは、勇者でレベル300のアカリを傷付けることはできないからだ。
しかも彼女は常時薄い魔法防護壁に守られているから、レベル1の何者かがその肌に直接触れることは絶対に不可能。
まぁ、俺はアカリに攻撃するわけじゃないし、身体に触るのが目的で来てるわけでもないから問題はない。
気付かれずにプレゼントを枕元に置ければいいんだ。
気付かれずに──ってので、もう一個問題がある。
アカリが連れているペットのテトだ。
黒い子猫の姿をしたテトは、俺とアカリが元いた世界の神様、バステトがアカリと共にこの世界に転生した存在。
アカリにも優れた敵を探知する能力があるが、テトはさらにその上をいく。
この世界のすべての生物は多かれ少なかれ、必ず魔力を保有している。
ティナやテトのように魔力感知に優れていると、目視しなくてもヒトの動きを完璧に把握できてしまう。
ここに来るまで、俺が移動すればそれに付随して俺の魔力も移動するわけで、テトにはそれだけでも俺が近づいてきているのがバレてしまうんだ。
そんなテトにも、気付かれたくはない。
だから俺は屋敷に展開した魔力と自身の魔力量を調整し、屋敷に広がる魔力に自分を溶け込ませた。
こうすることで、ティナの魔力探知能力すらも欺けるのは実証済み。
それを使ってここまで来たのだから、テトにもまだ俺の接近はバレていないはず……だと信じたい。
さて、次は扉を開けなくちゃ。
でも扉って、開けたら絶対に音でバレるよな……。
んー、どうしよう?
俺はアカリにプレゼントを渡すための、最大の難関を迎えていた。