この世界の魔法(3/3)
ハルト様が雷属性魔法を使いたいと言い出しました。
雷属性魔法は複数の属性魔法を組み合わせて発動させる必要があります。合成魔法という高度な魔法なのです。
魔法を使えるようになるには自分の中にある魔力を感じて、それを体外に出せるようにならなければなりません。
これができるようになるまで、早くて数週間から数か月。魔法に適性のないヒトであれば数年かかることもあるのですが──
ハルト様はこれを、わずか数分で終わらせました。
そんなハルト様ですから、もしかしたらって思っちゃったんです。ほとんど勘みたいなものです。
でも私は、彼が最強の攻撃魔法とも言われる雷属性魔法を使いこなすのを見てみたくなったのです。
だって五歳で雷属性魔法を使う子供なんて、普通じゃないですよね?
私が待ち望んでいるあの御方も普通じゃないんです。
ハルト様が普通じゃないほうが、あの御方の転生者である可能性が高まりますからね。
だから私はハルト様に雷属性魔法を使ってもらいたくなりました。
それに──
「ティナが使うのを見てみたいんだ。使えるんでしょ? 雷属性魔法も」
そんなことを言われてしまいました。
これはもう見せつけるしかありませんよね。
「では、まずお手本からお見せしましょう」
異世界から来た勇者様たちがいない今、この世界最強である魔法剣士の、最も得意とする魔法を!
この世界の魔法は威力や魔力消費量、その魔法の効果範囲などによって下級、中級、上級、最上級、究極という分類がなされています。
他国では下級魔法、中級魔法とかでなく、下位魔法、中位魔法って呼ばれていたりもします。
異世界から来た転移者や転生者、その血を引く者、もしくはこの世界の住人の純血であって、極限まで己の力の研鑽に成功した限られた者たちが、膨大な魔力消費と引き換えに放つことが可能な、最上級魔法の何倍もの威力を持った魔法。
それが究極魔法です。
私は黒髪──つまり、異世界の勇者の血を引く者です。
この世界では、黒髪のヒトの割合ってすごく少ないんです。黒髪は異世界の勇者様の血を引く証でもあります。
隔世遺伝というのがあるらしく、全員が金髪の家系に突如黒髪の子供が生まれることもあるみたいですけど……。
とすると黒髪であるシルバレイ家の皆様は、かなり色濃く勇者の血を引いている家系ってことになります。
もちろんハルト様も、黒髪です。
話が逸れましたね。
つまり私は勇者様の血を引いた世界最強の魔法剣士なので、雷属性の究極魔法が使えます。
それも詠唱を破棄して。
普通は究極魔法って、詠唱しないと発動させられないんです。
究極魔法を詠唱破棄で発動させられるのが、実は私のひそかな自慢でした。
でも今、私はハルト様の魔法の先生です。
それに詠唱破棄して魔法を究極魔法を放ったところで、ハルト様にはそのすごさをまだ理解していただけないかもしれません。
ですから久しく唱えてない究極魔法の詠唱をしました。もちろんハルト様の周囲に魔法障壁を張るのも忘れてはいません。私の魔法で彼にお怪我をさせるなど、絶対にあってはならないのです。
準備ができました。
「アルティマサンダー!!」
完全詠唱しているのでコントロールは完璧でした。
私が設定した範囲と威力で、極大の雷が的を蒸発させました。
床もちょっと、破壊されちゃいましたけど……。
土属性魔法で簡単に修復できるので問題はないでしょう。
「どうですかハルト様。私、かっこよかったです?」
「す、すごいよティナ! かっこよかった!!」
ふふふ。ハルト様に、褒めていただいちゃいました。
目が輝いていますね。
きっとハルト様はこの魔法を使いたくなったことでしょう。
でも残念ながら昨日お教えしたファイアランスとは違って、これは一朝一夕では使えないんです。
私もこれが使えるようになるまで数年修業したんですから。まずはレベルを上げて、魔力量を上げるところから始めるしかないんです。
ですが、もっと威力の弱い基本的な雷属性魔法であるサンダーランスなら、ハルト様もすぐに使えるようになるかもしれませんね。
「それではハルト様、雷属性魔法の訓練を始めましょうか」
まずは水魔法と風魔法で、氷魔法をつくるところから始めましょう。
「はい! よろしくお願いします。ティナ先生!!」
良いお返事ですね。
魔法で氷を作るのは、かなり難易度が高いのですけど……まぁ、ハルト様ならなんとかなるでしょう。
「んー、こんな感じかな?」
さ、さすがですね。
できてます。
ですが問題は次からです。作った氷を操作して細かな粒にして、それを擦り合わせるイメージで──
「あっ、できた!」
「えっ」
お身体がバチバチと光っていました。
ハルト様が雷を纏っていたんです。
身体に雷を付与して筋肉を活性化させて攻撃力を上げたり、反応速度を向上させたりする雷属性の上級魔法を、ハルト様が発動させました。
「…………」
「ねぇ、ティナ。こんな感じでいいの?」
いいの? って……。
良くないに決まってるじゃないですか。
なにしてるんですか!?
なんで普通に、いきなり上位魔法使ってるんですか? あなた昨日、初めて魔法を使ったんですよ?
……あれですか?
私が調子に乗って究極魔法使っちゃったから、それを基準にして『このくらい良いだろう』って思ってるんですか?
「…………」
「あ、あの。ティナ?」
無言でハルト様を見つめ続けます。
「えっと……う、うわぁぁ」
わざとらしく、ハルト様が魔法を『失敗』させました。
いまさら遅いです。
なにもかも。
ハルト様が発動したのは、かつて私と一緒に世界を救う旅をした守護の勇者様。彼が得意とした身体強化魔法──魔衣です。
魔法を身に纏うように発動させることから、勇者様がそう名前をつけたのです。
守護の勇者様は通常の身体強化魔法も使えましたが、それに加えて雷と風の魔衣を纏って戦うのを得意としていました。
彼が元いた世界の『漫画』や『映画』というものからアイデアを得て勇者様が考案し、構築した魔法です。
それをハルト様が完璧に再現していました。
「……守護の、勇者様」
ハルト様が反応を示すだろうと思って『私はもう、気づいてるんですよ?』ってアピールしてみました。
ですが──
「えっ。な、なに?」
たいした反応は得られませんでした。
魔力の流れを見ていても、動揺は見られません。
嘘をついている様子はありませんでした。
やはり彼は違うんでしょうか?
……いえ、それはないですね。
ないはずです。
だってハルト様の魔力の波長は、守護の勇者様のものと同じなのです。
勇者様が使っていた魔法も、再現してしまいました。魔法を使い始めて二日目の五歳の少年が、勇者と同じ魔法を使い始めたのです。
ハルト様が守護の勇者様の生まれ変わりだという可能性がとても高いのです。
記憶を失っているのでしょうか?
早く私のことを思い出してください。
とはいえ今は待つしかありません。
「ハルト様、さすがですね。今、お使いになられた魔法は、かつての勇者様が使われていたものです」
「へ、へぇ……。そうなんだ」
「えぇ。やはりハルト様には魔法を使う才能があります。この調子でどんどん魔法を覚えちゃいましょう!」
私はこの日、かねてから考えていた『ハルト様強化計画』を始動させました。ハルト様のレベルがカンストするほど彼を強くすれば、なにかが起きると思うのです。
守護の勇者様はスキルを発動させることで、魔王を瞬殺した勇者をボコボコにしました。守護の──と、明らかに守りに秀でていそうな名前なのに、彼は攻撃面でも世界最強の勇者だったのです。
だから私はハルト様をこの世界最強にすれば、なにかが変わるって思うのです。
根拠はありません。
ただの勘です。
でもそれは、なにもせずハルト様が私のことを思い出してくださるのをただ待つよりは何倍も有意義です。
さーて、やりますよ!
私が持つ戦闘技術の全てをハルト様にお教えしましょう。