それじゃ、帰ろうか。
世界樹の意思が俺の中に流れ込んでくる。押し出されるように俺の意思は身体の外に出た。
幽体離脱って、こんな感じなのかな?
自分の身体だったものの顔を初めて確認できた。
あぁ、そうか……。
サリオンって、元は邪神の呪いでできた身体に世界樹の意思が入って生まれたのか。
俺の身体は見覚えのある執事の姿をしていたんだ。
ただ入れ物に対して世界樹の意思が大きすぎるせいで、そこまで強くはなさそうだった。とはいえ悪魔程度なら問題なく撃退できるくらいだし、シルフが目覚めればなんの問題もなくなる。
覇国を持ったダイロンもいる。
だからたぶん大丈夫。
俺の意思が消え始めた。
意思が消えるってのは死ぬってこと。
でも今回の死は怖くない。
世界樹がエルフを護ると約束してくれたし、俺はダイロンがアルヘイムを建国できるって知っている。覇国はダイロンが何人かの勇者に貸し出しながら、彼の息子のサイロスがその管理を引き継ぎ、未来の俺に渡してくれるはずだ。
俺がやるべきことは全部やった。
さて、帰ろう。
邪神を殴らなくっちゃ。
──***──
輪廻転生の呪いが解けた。
ちゃんと六回死ぬことができたんだ。
それはいい。
俺は邪神が仕掛けた輪廻転生の呪いを踏んでしまう直前、邪神に殴りかかろうとしていた。
その瞬間に戻ってきた。
目の前に邪神がいたから──
「ぐふっ!!?」
つい邪神の顔面を殴ってしまった。
「あっ」
違う!!
今のはダメだ。なしで!
呪いの影響で一瞬だけ意思が飛んでいた。
だから全く力が入らなかったんだ。
邪神は吹っ飛んでいって神殿の壁にめり込んでるけど、俺の怒りはこんなもんでおさまらない。初回の転生も含めると俺は計七回も邪神に殺されている。
でも今の威力だと一回分にも満たない。
「き、貴様……。自分がなにをしたのか、わかっているのか? この俺に、神に手を出したのだ」
壁にめり込んでいた邪神の身体が消え、俺の前に現れた。
さすが神様。やっぱりあの程度ではダメージはほとんどないのか。
「生きて帰れると思うなよ!!」
邪神が俺に手を伸ばしてくる。その手が触れる前に邪神から離れ、俺はティナたちのもとに戻った。
俺は疾風迅雷の魔衣を纏うことで、最速の神獣であるシロと同じくらいの速度で動けるようになっていた。シロどころか獣人王のレオより遅い邪神の攻撃なんて俺に当たるわけがない。
「ハルト様。目的は果たせました。そ、その……。逃げますか?」
ティナが話しかけてくる。俺が邪神を殴ったから満足したと思ったんだろう。
「ハル兄。逃げるならアイツが追いかけてこないよう、ちょっとボコボコにしとかない?」
「アカリさんに賛成です。手足をもいで、動けないようにしておくべきです。愚かにも邪神は旦那様に手を出そうとしました」
アカリとシトリーが殺る気だった。
特にシトリーがヤバい。
彼女は生みの親である邪神のことを『邪神様』と呼んでいた。そんな彼女が邪神を呼び捨てにし、神殿が揺れるほどの殺気を邪神に向けて放っていたんだ。
もちろん俺はこれで帰る気なんて全くない。
俺の復讐をアカリやシトリーに譲る気もない。
「実は俺、邪神を殴る直前にアイツの呪いにかかったんだ」
「えっ!? だ、大丈夫なのですか?」
「うん。今はなんともないよ」
「呪いって……。ハル兄はステータス固定だよね?」
「なんか俺の意思だけ飛ばす呪いだったみたい。そこで俺は六回死んだ」
六回全部ってわけじゃないけど、死ぬのはやっぱり怖かった。
「ろ、六回も!? ……旦那様。やはり邪神はここで消滅させましょう」
「シトリー、待って。それは俺がやるべきことだから」
邪神に飛びかかろうとしていたシトリーを止める。
俺のために怒ってくれるのは嬉しいけど、邪神を殴るのは俺の仕事だ。
魔力を最大量で放出しながら邪神に向かって歩き出す。輪廻転生の呪いで過去に飛ばされる前に邪神に近づいた時の何百倍もの魔力を纏う。
「三人とも、ちょっとまってて。もう一回アイツを殴ってくるから」
邪神はシトリーの殺気にあてられ、身動きが取れなくなっていた。
「な、なんだ! なんなのだお前らは!?!?」
「自己紹介はしましたよね? でもまぁ俺は、あなたに会うのは感覚的に一か月ぶりなので、改めて自己紹介しておきましょう」
邪神が逃げないよう、超高密度の魔力で転移を封じておく。
「俺はハルト。ハルト=エルノールです。西条遥人っていう名前の異世界人でしたが、邪神様に殺されてこの世界に転生してきたんです」
一歩ずつ、確実に。
ゆっくりと邪神に近づいていく。
「あなたが仕掛けた輪廻転生の呪いにかかって六回死んだのを含めると、俺は七回もあなたに殺されたんです。だから──」
「ま、待て! なんだそれは!? なんで人族がそんな魔力を纏えるんだ!?」
「全部あなたの呪いのおかげです」
ステータス固定の呪いのことまで説明してやらなくても別にいいよね?
「俺がこれだけの魔力を使いこなせるようになったのは、あなたのおかげです」
ステータス固定の呪いの効果で実質無限の魔力を持っている俺は悪魔を一撃で消滅させられるだけの攻撃の手段を得た。
「く、来るな! こっちに来るんじゃない!!」
邪神が魔弾を飛ばしてくる。
それが俺に直撃するが──
「な、なんでだ? なんで俺の攻撃が効かない!?!?」
もちろん俺にダメージはない。
「俺がどんな攻撃を受けてもダメージを受けなくなったのは、あなたのおかげです」
海神の攻撃も、竜神や武神の攻撃も、俺には効かなかった。
同じ四大神の中では海神の方が強いらしい。その海神の攻撃を無効化できる俺に、邪神の通常攻撃が効くわけがない。
「く、くそっ! どうなってる!? なぜ俺が仕掛けた呪いがひとつも発動しないのだ!?」
一回目に踏み損ねた呪いを俺はつぶしながら歩いている。もちろん同じミスは繰り返さない。仕掛けられた呪いの中には、俺の周囲の空間ごとどこかに転移させる呪いもあった。そういうのは神字で邪神の呪いに干渉して呪いそのものを消していった。
「俺が毒や麻痺、呪いなどに耐性を持てたのは、あなたのおかげです」
転移系の呪い以外は俺に効果がないってわかったので、わざと踏んで全部解除してやった。
「俺がたくさんの仲間を得られたのは、あなたのおかげです」
ルーク、ルナ、リファ、ヨウコ、マイ、メイ、メルディ、リューシン、リュカ。みんなに出会えたのは俺が賢者だったから。レベル1で固定だから最下級魔法しか使えなかったけど、賢者の特性で多種の魔法が使えた。しかもその魔法を組み合わせることができたから、俺はイフルス魔法学園に入る資格を得ることができた。
「俺に優しい両親と、頼りになる兄たち。かわいい姉がいる家族をくれたのは、あなたです」
父、母、カイン、レオン、シャルル。
俺は家族のみんなが大好きだ。
邪神がシルバレイっていう貴族の家に俺を転生させてくれたおかげ。
「俺がエルノールという家庭を持てたのも、あなたのおかげ──ではないですね。すみません」
うん。これは違うな。主に俺の父のおかげ。父が魔法学園に屋敷を用意してくれたから。ティナが生活費を稼いでくれたってのも大きな要因だな。
父とティナ、それから部外者を学園に招き入れることを許可してくれた学園長ルアーノのおかげで俺は、セイラやエルミア、白亜、キキョウ、シトリー、アカリといった妻たちをエルノール家に迎えることができた。
「俺の親友や義弟にも家族ができました」
ルークにはリエル。
リューシンにはヒナタという嫁ができた。
「俺が神獣と仲良くなれたのは……運、ですかね?」
シロがエルノール家に住み着いたのは、たまたま俺の実家のそばにシロが寝ていたから。たまたま俺がそれを起こしてしまい、たまたまティナの得意料理のカレーがシロの大好物だった。
「冒険者ギルドにも登録してみました。なかなかランクは上がらないんですけど、冒険者としての活動も結構楽しいです」
俺たちは今Dランク冒険者だ。Cランクになればクランを作ることができる。そうしたらサリーやリリアも呼んで、クランとしての活動を開始しよう。クラン対抗戦に出るのもひとつの楽しみだな。
「各国の貴族や王族にも懇意にしていただいています。俺が所有者になっちゃった国なんてのもあるんですよ?」
グレンデール王はたまにカインを連れてティナの料理を食べにくる。シルフが俺の家族になってからはサリオンを連れたエルフ王がいろんな相談事を持ち込んでくるようになった。俺がオーナーになっているベスティエには獣人王のレオから獣王兵の訓練を頼まれることが多く、二週間に一度くらい遊びに行く。
「こうして神界に来られるようになったのも、あなたのおかげです」
無限の魔力があるから、俺は神字を使ってここまで来られたんだ。
「ちなみに、あなたを拘束しているそれも──」
「んっ!? んー! んああっ!!」
邪神の四肢と口を光り輝く文字でできた紐が拘束していた。俺が神属性魔法で作り出した紐だ。ちょっと俺の話に付き合ってもらいたくて拘束させてもらった。
「んんんっ!」
邪神にめっちゃ睨まれる。
あと少しで終わるから。
もう少しおとなしくしててください。
「邪神様。俺はあなたに感謝してるんです」
「む? むあ! むあえお!」
「みんなに出会えたし、この世界で無双することができた。なにより──」
後ろを振り返る。そこには心配そうに俺を見ているティナがいた。
「あなたのおかげで俺は、ティナに再び会うことができました」
守護の勇者としてこの世界に来た時、俺が好きになった女の子。その子は百年もの間ずっと俺を待っていてくれた。約束通り俺を見つけてくれたんだ。
ティナはすごく綺麗になっていた。それに彼女は俺がこの世界に戻ってきた時に不自由なく暮らせるよう、いろいろ頑張ってくれた。すごく嬉しかった。
そんな風に俺のことを一途に想ってくれるティナのもとに、邪神様が俺を送り届けてくれた。心から感謝している。だから──
「ほんとは殺された回数分殴りたいですけど、あなたには少なからず感謝しているんです。だから一発だけにしておきますね」
邪神はすでに神属性魔法で拘束しているので転移で逃げられる心配はない。俺は転移妨害のために邪神の神殿を覆っていた魔力を全て右手に集めた。
身体の方は魔衣を纏っているし、その魔衣には神界に来る前にルナにかけてもらった補助魔法の効果が残っている。だからここに来てから放出した魔力は全て右手の魔衣の強化に使った。
聖属性とかにしちゃうと邪神を消滅させちゃうかもしれないので、とりあえず無属性魔法にしておく。高密度に圧縮されすぎた魔力が空間を揺るがした。
「むぐっ!? むがが、むが! むがぁぁ!!」
それを見た邪神の顔に恐怖の色が広がる。
ごめんなさい。
怖がらせるつもりはありません。
俺としては一発殴れればそれでいい。
さっと終わらせてあげます。
「邪神様。本当に──」
この一撃に、俺のすべてをのせる。
死への恐怖や恨み。
そして邪神への──多大な感謝を。
「ありがとうございましたぁぁぁああ!!!」
全力の拳を邪神の腹に叩き込んだ。
邪神の身体が神属性魔法で作った紐の拘束をあっさり破って吹っ飛んでいった。神殿の壁も突き破り、はるか彼方へ──
さすが神様だな。
あの威力で殴っても形を留めたまんま吹き飛んでいくんだから。たぶん消滅とかはしてないだろ。だいぶ恐怖を植え付けたはずだから、当面仕返しもないはず。
念のため邪神が人間界に現れたら俺がすぐにその場所に召喚される魔法陣を殴った時に貼り付けておいた。
まぁ、来るなら来れば? ──って感じ。
邪神を吹っ飛ばしたけど慢心はしない。悪役がパワーアップして帰ってくるとかお約束だもんね。だから俺は今後も自分や家族、仲間の力を鍛え続けるだろう。
でもとりあえずは──
「あー。すっきりした!」
すがすがしい。
俺はやり切ったんだ。
「ハルト様。やりましたね」
「あぁ。ここに来るまで、結構かかった。だけどティナ、俺はやり遂げたよ」
「はい。しっかり見ていましたよ」
「私も見てたよ! ハル兄、かっこよかった!!」
「旦那様、私もです。邪神が吹っ飛んでいく姿は実に爽快でした」
「そうですね。待機のみなさんにも邪神の最期をお伝えしなくては」
「ハル兄は神様を倒しちゃったけど……。神様にはならないよね?」
「ならないよ」
神様ってそうやってなるもんじゃないだろ?
「なら安心だね! これからもずっとハル兄と一緒にいられるんだね!」
そう言いながらアカリが抱き着いてきた。
「あっ、アカリさんズルいです!」
「だ、旦那様。私も!!」
ティナとシトリーも俺に抱き着いてくる。
終わったんだと改めて実感する。
やらなきゃいけないことはやり切った。でも俺はこの世界でまだまだやりたいことがいっぱいある。ここまでは俺が邪神に復讐するまでの物語だった。これからは俺がこの異世界での生活を楽しむ物語がはじまるんだ。
「それじゃ、帰ろうか」
ティナたちをつれて、俺たちの帰りを待つ家族のもとへと転移した。
レベル1の最強賢者 ─完─
【お知らせ】
ここまで閲覧いただき、ありがとうございました。
これにて本作『レベル1の最強賢者』は完結です。
ハルトが邪神を殴ったら終わりっていうのは、この物語を書き始めた時から決めていました。
しかしまだまだ書き足りない部分や説明不足の点もあります。
ですので今後は後日談を書きつつ、たまに過去のお話に戻って説明を追加したりしていきます。
基本的にはのんびり更新になる予定です。
最後までお付き合いいただきまして、本当にありがとうございました。
それでは( *・ω・)ノ




