世界樹と、強き者
「な、なんだったんだ。アレは……」
「どうやら悪魔が、世界樹のフリをしていたようですね」
シルフが生まれ変わる時期を狙って、悪魔が世界樹の意思に乗り移ったのだろう。
ただ悪魔と言えど、創世記から世界に根を張っていた世界樹を、そう簡単には乗っ取れるわけではない。
だから世界樹の周りに邪に連なる森を作り、大地を侵食することで世界樹の力を弱めていたんだと思う。
俺が森を焼いたことで世界樹の力が戻り、世界樹が自ら悪魔を追い出したんだ。
「いや、それも驚いたが……それより、あの炎だ! あの森を、一瞬で焼き尽くした炎はなんなんだ!? そ、それに、ヒトではありえんほどの膨大な魔力を持っていたり、オリハルコンの塊を斬ったり──エルノール、お前は本当にエルフなのか?」
「まぁまぁ。その辺は、ちょっとした秘密があるのです。コレあげますから説明は、なしでお願いしますよ」
そう言って俺は、ダイロンに複数の世界樹の実を強引に持たせた。
俺が世界樹の実を採りに来たってのは嘘だ。
実なんて、はじめから必要としていない。
だから全部、ダイロンにあげるんだ。
たぶんこれで、サイロスは救われるだろう。
悪魔も無事、消滅させることができた。
森からも邪神の気配がしていて、なんとなくイライラしていたから、もやし尽くせてスッキリした。
ちなみにダイロンは、世界樹の実を手に持った状態で固まっていた。
まぁ、普通は千年に一個しか入手できないはずの世界樹の実が、およそ十個も手に入ったんだから無理ないか。
俺は世界樹に近寄る。
「実をくれて、ありがとな」
⦅え、えぇ……どういたしまして⦆
さっきまでの悪魔の世界樹とは違い、優しい声が応えてくれた。
その声を、俺はどこかで聞いたことのあるような気がする。
あと、俺に怯えているようだった。
「脅して悪かった。本気で燃やすつもりなんてなかったんだ。許してくれ」
⦅わたしは、あなたが本気で燃やそうとしてるように感じました⦆
「燃やそうとしてたのは、あの悪魔だよ」
⦅あなたも悪魔ではないのですか? わたしには悪魔同士が、仲間割れしていたようにしか見えなかったのですけど……⦆
「え!? ち、ちがうよ!」
あっ、もしかして俺の身体が、邪神の呪いで作られたやつだからかな?
なんとなく自分自身も、邪神のオーラを纏ってる気がしていたんだ。
そうなると世界樹が言ってることも、そんなに間違ってないってことになるな。
⦅まぁ、あなたが違うと言い張るなら、わたしはどうしようもありませんね。あの炎を扱えるあなたの前では、わたしはただの巨大な薪でしかありませんから⦆
さすがに、それはないだろ。
俺に話しかけてくれる巨木は、この世界とともに生きてきた世界樹なんだ。
邪に侵食された森がなくなって、悪魔も消えたんだから、世界樹も自衛手段があるんじゃないかな?
でもとりあえず、確認してみるか。
「自分の身を護る手段って、ないの?」
⦅あるにはあるのですが……それはまだ幼く、定期的に生まれ変わりをしなければ、成長できない精霊なのです⦆
たぶんそれは、シルフのことだ。
彼女は精霊王としてはまだ若い。
シルフは世界樹の化身って言われてるけど、実は世界樹の子どもみたいな存在なのだろう。
彼女が俺の屋敷に入り浸ったことで、世界樹の一部が枯れたことがある。
それって、シルフが長期間戻ってこなかったせいで、寂しくなった世界樹が拗ねたから起きたことなんだ。
んー。
またシルフが寝てる時に、世界樹が悪魔に乗っ取られる可能性があるのは困るな。
ここで俺は、あるひとつの案を思いついた。
「俺の身体を使わない?」
⦅……はい?⦆
「世界樹の意思が、俺の身体を使って自衛すればいいんだよ。この身体は悪魔が欲しがるくらい強いから、たぶん役に立つよ」
この世界では『肉体』と『魂』と『意思』がそろってはじめて、そこにヒトが存在できる。
邪神の呪いで作られたこの身体から俺の意思が消えると、残された肉体も魂も消滅してしまうんだ。
でも俺の意思の代わりに世界樹の意思が肉体に入れば、この身体は再利用が可能だ。
俺にはコレ、要らないしな。
どうせなら活用してほしい。
⦅い、いいのですか?⦆
「うん!」
「お、おい! エルノール、お前は正気なのか!? 世界樹に身体を与えるということは、お前が死ぬということなんだぞ!?」
ダイロンが世界樹の実を地面に投げ出して、俺に掴みかかってきた。
「もちろん、わかってますよ」
俺は死にたいんです。
最後の一回なんですから。
これでようやく、みんなのところに帰れる。
「お、お前は俺に仕えると約束してくれたではないか! 勝手に死ぬなど、俺は許さんからな!!」
あぁ……。
そう言えばそうだったな。
「ねぇ、世界樹。俺の身体に入ったら、ダイロンに仕えてくれない?」
「──なっ!?」
「それから、エルフ族が世界樹の世話をするからさ。エルフを護ってあげて。その代わり世界樹は、俺の身体が護るから」
⦅……いいでしょう。あなたの身体を頂く代償として、わたしはエルフ族を、未来永劫護ると誓います⦆
「あと、ヴィムリス病ってのが流行ってるみたいなんだけど──」
⦅それもなんとかします。全てのエルフが、わたしの実を食べればその病気にも耐性がつくでしょう。エルフ族を護るという、あなたとの約束の範囲内ですから⦆
「そっか、ありがと」
「エルノール、お前……」
「ダイロン。少しの間だったけど、一緒に戦えて良かった」
覇国を地面から抜いて、ダイロンに渡す。
彼はそれを、簡単に持つことができた。
ダイロンも、覇国に認められた──ということだろう。
「こ、これは──」
「それ、すっごい剣なんだ。魔人や悪魔と戦う時に使って。それから、魔王を倒しに行く勇者がダイロンを訪ねてきたら、貸してあげて」
「……わかった。俺が作る国の宝として、大切にしよう。勇者がきたら貸すことを検討するが、俺が認めた者にしか渡さぬぞ?」
「うん。それでいい」
それから俺には、もうひとつやらなきゃいけないことがある。
「コレを、世界樹の中で大切に保管して。いつか必ず、俺が取りに来るから」
世界樹に赤く輝く宝石──竜王の瞳を見せながらお願いしてみた。
竜王の瞳は本来、二個でセットらしいけど、ひとつを祖龍様が、もうひとつを記憶の女神様が持っていたみたい。
俺は世界樹内部のダンジョンをクラスのみんなと攻略した時に、この竜王の瞳を入手している。
何千年か後の俺が手に入れてティナにプレゼントするため、コレは世界樹に預けておこう。
⦅いいでしょう。あなたが来るその時まで、このアイテムはわたしが守ります⦆
「うん。よろしく」
よし。
これで全部上手くいったな。
案外、邪神の呪いでこうして過去に来られたのは、良かったのかもしれない。
まぁ、それでも殴るけどな。
⦅それでは、あなたの身体をもらいますね⦆
「……うん」
世界樹がら光の触手が伸びてきて、俺の身体を包み込みはじめた。
⦅最後に──⦆
「なに?」
⦅エルノール。あなたの名前を、私が頂いていいでしょうか?⦆
「それはなしで!」
なんか、違う気がした。
エルノールじゃなくて、俺の身体にはもっといい名前があると思ったんだ。
⦅そ、そうですか……では、とても強い身体と心を持ったあなたに倣い、私は──⦆
⦅サリオンと、名乗りましょう⦆