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勇者とハルト教

 

「あの、エリザさん。ハルト様って……」


 食事に手をつけ始めて、少し落ち着いたところでアカリがエリザに声をかけた。


「やっぱりアカリ、知らなかったのね」


「さっき祈りを捧げたハルト様ってのはな、俺たちを()()()()()()()()()()、賢者様の名前さ」


「え、えっ?」


 アカリは、意味がわからなかった。

 助けてくれた──とかなら理解はできる。


 しかし、殺されなかったということに対して、感謝の祈りを捧げることがあるのだろうか?


「この国は数年前、エルフの国アルヘイムに戦争を仕掛けたんだ。俺もその時、国軍の兵士としてアルヘイムに攻め入った」


「この人、今は衛兵になってるけど、ちょっと前までは国軍の中隊長だったのよ」


「そうなんですか」


「あぁ。結構、強かったんだぜ?」



 エリックは、アプリストスの第五王子が始めたアルヘイムとの戦争に参加していた。


 しかし戦争と言っても、エルフ族と剣を交わすことも、一発の魔法を放つこともせず終わったものだ。


 全てはその場に、アルヘイムの英雄と第二王女を娶った賢者ハルトがいたことが原因だった。


「ハルト様はな、俺たち国軍十万人を一度に転移させたんだ」


 アプリストス国軍はアルヘイムまで二十日間かけて進軍したのだが、賢者の魔法により一瞬でこの国まで転移させられた。


「じゅ、十万人を!?」


 転移という魔法がどれほど難しいのかはアカリにはわからなかったが、十万という人数を魔法で一度に運んだというのは、とても凄いことだと理解できた。


「自由に転移させられるってことは、俺たちを海の上に落とすことだってできたはずだ。戦争なんだからよ……しかも、先に攻めたのはこっちだ」


「後で国民に知らされたことなのだけど、この国の王族はアルヘイムの世界樹欲しさに、戦争を始めたようなの」


 当初この国は、アルヘイムに捕らえられた第五王子を救出するため、国軍を動かすのだと国民に説明していた。


 しかしそれは、真っ赤な嘘だったのだ。


「そんな私利私欲で始めた戦争だったから、こちらに全ての非があった。ハルト様には、俺たち国軍を全滅させてもいい理由があった。しかも彼は歩いて二十日の距離を、一瞬で移動させる魔法が使える賢者だった」


「距離なんて関係なく、自由に、好きなところに移動させられる──それってつまり、この人たちの生殺与奪は、全てハルト様が握っていたってこと」


 エリザは隣に座るエリックの手の上に、自分の手を重ねた。


「私ね、当時はまだエリックと結婚してなかったの。ちょっと、お金がなくてね」


「国軍としての出撃報酬が出るって話だったからよ。それで、その……『この戦争から帰ったら結婚しよう』って、エリザに告白したんだ」


「この人が出ていく時、できれば止めたかった。でも、絶対に勝てる戦争だから──って周りに説得されちゃって」


「正直、転移でここまで送り返された時、俺には状況がよくわからなかった」


 国軍に所属する兵の多くは当初、ハルトと共にいた精霊王シルフを恐れてはいたが、アプリストスまで送り返されたことに関してはあまり危機感を覚えていなかった。


 また直ぐに食料などを集めて、再度進軍することになると考えていた兵も多くいたのだ。


「でもな、当時同棲してた家に帰ってから、エリザにそのことを話したら泣かれちまってよ。それで気付かされた。俺たちは一回、死んだんだって」


 死んでいてもおかしくなかった。


 ハルトがその気であれば、十万人が命を落としていたのだ。


「それで俺は、国軍を辞めた。世界にはとんでもないバケモンがいるんだって気づいた。そんなヤツらに、これからも戦争を仕掛けるかもしれないこの国に仕えるのは、嫌になったんだ」


「本当はこの国からも、逃げ出すつもりだったんだけどね……」


 この国の王たちは、アルヘイム侵攻が失敗したとわかってからも、世界樹を諦めていなかった。次なる侵攻を、計画していたのだ。


 その事を国軍の中で、ある程度の地位があったエリックは知らされていたため、エリザとともに逃げ出すことも考えていた。


「国のトップが入れ替わったから、少し様子を見ることにした。なんだかんだ言ってここも、住み慣れた国だからな」


「王様が、代わったってことですか?」


「あぁ。アプリストス侵攻から二ヶ月後、第五王子がクーデターを起こしたんだ。俺は違うが、一部の国軍兵たちもそれに参加した」


「えぇ!?」


 国軍を動かすのに要した全ての費用の責任を、国王や大臣たちは第五王子ひとりに押し付けようとしたのだ。


 国に帰還した王子は、直ぐに投獄され処刑を待つ身となった。


 その時彼は、世界樹欲しさに王や大臣が、はなから自分を亡きものにしようとしていたことを知る。


 第五王子はたいした知略は持ち合わせていなかったのだが、なぜか人望は厚かった。そして彼の親衛隊には、国随一の軍師がいたのだ。


 その軍師が、親衛隊と私有軍、一部の国軍兵を率いて第五王子を奪還し、更にそのまま王城を占拠してしまった。


 国民には王子がクーデターを起こしたと知らされているが、実は全て軍師が独断でおこなったことだった。


 有能な軍師がそこまでした理由──



 それは彼が、異常な魔法を平然と使いこなし、精霊王すら従えるハルトに心酔したからだ。


『ハルト教をこの国に広めるのを許していただけるのであれば、貴方をこの国の王にしましょう』


 軍師はそう言って、第五王子を(そそのか)した。

 死にたくなかった王子は、その提案を受け入れるほかなかったのだ。


 その後、軍師による刷り込みで、第五王子は真のハルト信者へと変貌していったのだが──


 このことを知る国民はいない。



 そうした訳でアプリストスには今、国教として『ハルト教』が広まっている。


 教主は、国王となった元第五王子。

 もちろんその裏では、軍師が動いている。


 軍師はハルトのことを、地上に降りた神だと考えていた。そうでもなければ、十万もの大軍を転移させることなど不可能だからだ。


 いつかハルトがこの国に来た時、この国を供物として彼に差し出すための準備を水面下で進めていた。


 そのための『ハルト教』だ。


 ちなみに布教は驚くほど順調に進んでいる。


 なぜなら国軍としてアルヘイムに侵攻した十万もの国民が、ハルトの力をじかに体感していたのだから。


 『ハルト様こそ、地上に降りた神である』


 この教えは、ハルトによって転移させられた兵士たちから絶大な支持を受けている。


 その兵士たちが、無事に生きて帰ってこられたのはハルトのおかげであると家族や友に話すので、ハルト教がとてつもない速度で広まっていったのだ。



「そういうわけで、私たちは食事の時には必ず、ハルト様にお祈りするのよ。『この人を、私のところに帰してくれてありがとうございます』ってね」


「そうなんですね」


「どう? アカリも、ハルト教に入信しない?」


 そう言ってエリックがアカリに分厚い本を差し出してきた。


 その表紙には──



 風の精霊王を従えた、黒髪青眼の美青年が描かれていた。


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