エルノール家 vs スライム
Eランク冒険者になるための昇級試験──スライムとの戦闘が開始された。
「まず我らのパーティーが、一匹倒してもいいかの?」
ヨウコが前に進み出た。
「うん、いいよ」
「……私のパーティーは、待機します」
「じゃ、俺らが次にいく!」
「では旦那様、その次は私たちが」
「おっけー。それで」
ヨウコ、ルーク、シトリーのパーティーの順に攻撃していくことが決まった。
なんだかティナには、攻撃に参加する意思がないように見える。
もしかして、俺がこっそりスライム強化してるってバレてるのかな?
まぁ、だとしてもティナなら空気読んで、いい感じに対応してくれるだろ。
とりあえず計画通り、ヨウコやルークたちには負けてもらう。
シトリーはどうかな?
彼女、結構強いから俺が強化したっていってもスライム倒せちゃうかも。
んー、そうなった時はそれでもいいか。
ちょうど己の力を過信しやすいメンバーが、最初に戦闘するし。
スライムたちに頑張ってもらおう。
「では、いこうかの」
「頑張るの!」
「回復は……いらなさそうですね」
「所詮、スライムだからな」
最初に戦うのはヨウコのパーティー。
そのメンバーは──
災厄の魔族 ヨウコ
最強の魔物 白亜
元聖女 セイラ
元聖騎士団長 エルミア
エルミアに至っては、ヒヒイロカネの鎧を身に付け、明らかに初級冒険者ではない出で立ちだ。
そんな四人が、一体のスライムに狙いを定めた。
「キュピ」
スライムは全く警戒心を持っていなかった。
ヨウコたちを、恐れてもいなかった。
ヨウコたちが距離を詰めても、その場から動くこともしなかった。
実はヨハンさんがスライムを呼び出した時、いきなり俺に飛びついてこようとしたので、瞬時に使役魔法の繋がりを利用して、スライムたちに『大人しくしておけ』と命令した。
その命令をしっかり守り、スライムたちは大人しくしてくれている。
「こやつ……逃げよーともせんのじゃ」
「襲いかかってもこないの」
「なんか、攻撃するの可哀想です」
「そ、そうだな」
四人は攻撃を躊躇っていた。
無抵抗だと、さすがに攻撃しづらいかな?
そう考えて、スライムに攻撃させようとしていると、ヨウコが動いた。
「すまぬ。お前を倒さぬと、主様に褒めてもらえんのじゃ」
彼女の手のひらに、炎が現れる。
「さらばじゃ」
せめて一瞬で片をつけようとしたのだろう。
スライム一体を倒すには多すぎるほどの魔力が注ぎ込まれた炎の塊が、スライムを襲った。
「キュピ?」
「──なっ!?」
ヨウコは驚愕した。
彼女の魔法は確実に当たった。
放った魔法も、スライムごときが耐えられるものではないはずだ。
なのにスライムは、何事もなかったかのように、その場でプルプルしていた。
「ヨウコ、手加減し過ぎなの」
「い、いや……ちがう。そんなはずは──」
「もういいの。私がやっちゃう──のっ!」
ヨウコの言葉を遮り、白亜がスライムに向かって飛拳を放つ。
メルディに教わり、白亜も飛拳を放てるようになっていた。
竜である白亜の飛拳は、普通なら軽々とAランクの魔物を粉砕できる威力がある。
その白亜の飛拳が──
ポヨンという軽い音を立てて、スライムに飲み込まれた。
「──えっ、え?」
ヨウコ同様、白亜も目の前の状況が理解できなかった。
Sランクに分類される魔物である自身の攻撃がFランクの魔物に効かなかったのだから。
「ヨウコ、白亜、ふたりとも手加減しすぎ」
エルミアが聖剣を掲げ、スライムに斬りかかった。
スライムをエルミアの剣が真っ二つに斬り裂く。
しかし──
「ん……んん!? ば、ばかな!」
真っ二つに斬られたスライムが、そのまま二体に増えた。
その二体になったスライムは、その場で少し踊ったあと、再びくっついて一体に戻った。
「もう、エルミア。スライムに斬撃が効くわけないじゃないですか!」
そう言いながら、今度はセイラが光の槍を空中に創り出す。
ヨウコと白亜、エルミアが失敗したのを見ていた彼女は、手加減しないことにした。
四人も攻撃に失敗したら、試験監督であるヨハンへの心証が良くないと考えたからだ。
セイラはBランクの魔物を余裕で消滅させられるだけの魔力をつぎ込んだ魔法を放つ。
「ホーリーランス!」
スライムに光の槍が突き刺さる。
「キュピー」
「う、うそ……」
スライムは、プルプルしていた。
うん。うん!
なかなかいいじゃん。
俺は自分が加護を与えたスライムが、かなりの耐久性能を備えていることを確認できて、嬉しかった。
⦅ごしゅじんさまー⦆
使役魔法を通して、スライムのものだと思われる声が聞こえてきた。
凄いな。会話できるのか。
マホノームやキレヌーなど、通常は人族と会話できない魔物をテイムしたことはこれまでもあったが、それらとは使役魔法を通しても会話はできなかった。
⦅スライム……だよな?⦆
⦅そだよー⦆
⦅会話、できるんだな⦆
⦅そだねー⦆
可愛らしい、ほんわかする声だった。
ちょっと癒される。
⦅なにか用?⦆
⦅うん。まだこうげきしないほーがいい?⦆
あぁ、そういえば『大人しくしとけ』って命令してたな。
なるほど。だから反撃しなかったのか。
⦅反撃してもいいぞ⦆
⦅いいのー?⦆
⦅でも、ちょっとだけ手加減してな⦆
⦅わかったー⦆
次の瞬間、スライムがヨウコたちの視界から消えた。
「なっ!? 消えたのじゃ」
「ど、どこなの?」
ヨウコや白亜が慌てて索敵する。
おぉ、なかなか速いじゃん。
俺にはスライムの動きが見えていた。
高速で移動し、姿を隠しながらスライムがヨウコたちの背後に近づく。
スライムから触手が伸びる。
その触手が、ヨウコのパーティー四人を一瞬にして拘束した。
「ぬぐっ!」
「は、離せなの」
「んんっ、そ、そこはだめぇっ」
「セイラ! っく!? や、やめ──」
ちょっとエロかった。
四肢を触手に拘束された四人が必死にもがくが、スライムの拘束は解けそうにない。
⦅ほかく、かんりょー⦆
嬉しそうなスライムの声が、使役魔法を通して響く。
「リューシン! ヨウコたちを助けるぞ!!」
「お、おぅ!」
「私たちも」
「参戦します!」
次に戦うつもりで用意していたルークのパーティーが、ヨウコたちを助けに行こうとするが──
「なっ!」
⦅きみたちのあいては、わたし⦆
二体目のスライムが、ルークたちの前に立ちはだかった。