魔物と炎の騎士
サイド:ルーク
「……ちょっとこれはヤバいかな」
俺とルナちゃんは今、マホノームという魔物の群れに囲まれている。マホノームは四足歩行で頭に角のある、サイのような魔物だ。
その他の特徴として、魔法が効きにくい。上級魔法でないとダメージを与えられないほど魔法耐性が高く、普通であれば剣士や騎士が相手する魔物。
Bランクの魔物で、本来この鋼の森にはほとんど生息していないはずだった。そんな奴らが、何故か群れで移動しているところに出くわしてしまい、気づいた時には囲まれてしまっていた。
ちなみに、マホノームは剣士職であれば討伐がそこまで困難ということは無いので、Bランクなのだが、魔法使いしか居ない状態で遭遇した場合、その危険度はAランクまで跳ね上がる。
──とは言っても、賢者の孫である俺にかかれば敵ではない。
一対一であれば……
目の前には十頭のマホノームがいる。
ちょっとピンチだ。
アルティマサンダーを使えば、全部まとめて倒せるが、森への被害も大きくなるので、できればそれは避けたい。
かと言って、一頭ずつ倒すために範囲を絞った高位魔法を連発できるほど、俺は器用じゃないし、魔力が足りない。
ルナちゃんに補助魔法をかけてもらって中級魔法で倒せないかな?
そんなことを考えていた。
「る、ルーク君、戦いますか? それとも、逃げますか?」
ルナちゃんに心配させてしまったようだ。
「大丈夫、多分勝てるよ。それから、賢者の孫の名にかけて、ルナちゃんは絶対に護る。でも、念のために先生から貰った笛を用意しておいて」
「は、はい、わかりました!」
ルナちゃんにかっこいいとこ見せなきゃ。
そんなことを考えていた時──
「──っ!?」
鳥肌が立つほどの、巨大な魔力が近づいてくるのを感じ取った。
「な、何か来ます!」
「うん……かなりまずいかも」
ティナ先生以上の魔力を持つ何かがこの場所に向かってきている。魔力の波動がティナ先生のものではないので、先生が助けに来てくれたわけではなさそうだ。
もし、その何かが敵だった場合、俺が全力で戦っても勝てる保証がない。マホノームの群れの一角を何とか倒して脱出しようとも考えたが、それ以上にその何かがここにたどり着くのが早かった。
それは突然現れた。
全身が炎で形成されている騎士。
炎の騎士は俺とルナちゃん、そして俺たちを囲むマホノームの群れを少し見渡すと、その手に持つ槍を構え──
「──!!」
俺たちの横を、高温の何かが超高速で通り過ぎていった。
振り返ると俺たちを囲っていたマホノームの一体が、轟々と燃えていた。炎の槍が、魔法耐性が非常に高いはずのその表皮を、いとも容易く貫いたのだ。
まずい、こいつは強すぎる!
隙を見つけて逃げなくちゃいけない。
だが、炎の騎士にまったく隙が無かった。
槍が通り過ぎるのを目で追うことすらできなかった。あの攻撃がもし、俺たちを狙ったらと思うと、背筋が寒くなった。
──いや、あの槍を投擲してしまった今がチャンスなんじゃないか?
そんなことを考えていたら、仲間が倒されたことに怒ったマホノームたちが、俺たちを無視して、一斉に炎の騎士へと襲い掛かった。
炎の騎士の手には新たな槍が握られていた。
炎の騎士に角を突き刺そうとしたマホノームが、新たな槍によって貫かれ、燃え上がる。
別のマホノームが後ろ足で立ち上がり、前足で押しつぶそうとするが、炎の騎士はそれを片手で受け止めた。
炎の騎士が受け止めた場所からマホノームの体が燃え始める。そのマホノームを、炎の騎士は他のマホノームへと投げつけた。
重さ数トンはあるマホノームが、燃えながら高速で仲間のもとへと飛んでいく。
投げつけられたマホノームが仲間にぶつかり、爆散した。
ぶつかったマホノーム数体が即死し、即死しなかったものも爆散したマホノームの燃えている体の一部が当たり、そこから炎が体に燃え広がっていった。
炎に包まれたマホノームたちが地面を転がるが、炎は消える気配がない。
そして、そのマホノームたちもすぐに動かなくなった。
生きているマホノームは後一体になった。
炎の騎士に勝てないと悟ったやつは、炎の騎士に背を向けて逃げ出した──俺たちの方へ。
「まずい!」
向かってくるマホノームを倒せるほどの魔法を詠唱する時間がない。とっさにルナちゃんを抱えて、防御魔法を自分たちの前方に張った。
だが、急ぎで張った魔法防壁は、一瞬でマホノームの角に突き破られてしまった。
慌てて身体強化魔法で防御力を限界まで高め、ダメージに備える。
耐えられるか!?
いつまで待っても、衝撃は来なかった。
代わりに鈍い音がして、何かが地面に倒れた。
恐る恐る振り向くと、俺たちに向かってきたマホノームが、炎の騎士に側面から貫かれ、息絶えていた。
そのマホノームを倒したのは、さっきまで戦っていたやつとは別の炎の騎士。
今、俺とルナちゃんの前に、二体の炎の騎士がいる。
終わった……勝てるわけがない。
「ルナちゃん、なんとか時間稼ぐから、逃げてくんない?」
勝てはしなくても、なんとかクラスメイトだけは逃がしてみせる。
「で、でも」
ルナがティナ先生から渡された笛を使おうとしている。
無駄だろう。
この炎の騎士一体で、ティナ先生を上回る魔力を持ってるんだから。
──それが二体。
もはやこのグレンデール王国に、対抗できる戦力はない。可能性があるとして、ハルトぐらいか?
あいつの潜在能力は全く底が見えないからな。
──ん?
そういえば、この炎の騎士、なんだかハルトの魔力の波動に似ているような……
「え?」
炎の騎士が、俺とルナちゃんに背を向け、森の中へと走り去っていった。
「た、助かったんですか?」
「そう、みたい」
「よかったですぅ」
ルナちゃんがぺたんと座り込んでしまった。俺がついていながら、怖い思いをさせてしまったことを申し訳なく思う。
それにしても、あの炎の騎士の魔力はハルトの──
「まさかな」
災害級とも思える魔物の魔力が、友人のそれに思えて仕方ないのだ。