世界樹の恩恵と不変金属
「ハ、ハルト様……これは?」
赤い果実に囲まれて動けない俺たちを見て、驚いた様子のティナが話しかけてきた。
彼女は、なにに驚いているのだろう。
突然、中庭に巨木が生えたことかな?
それとも、赤い果実が大量に庭に落ちてること?
しばらく姿を見せなかったシルフが、ここに来てることかもしれないな。
俺だってこの状況が理解できなくて、驚いているんだ。とりあえず、わかっている事実をティナに伝えた。
俺の屋敷の中庭に生えたこの巨木。
世界樹らしい。
昨日の夕方、シルフが種を植えて、ルナがお風呂の残り湯を与えたらこうなったという。
……うん。
色々意味がわからない。
シルフが俺の屋敷に、世界樹の種を植えた理由は聞いた。
彼女も寂しかったようだ。
ここで世界樹が育てば、シルフはずっとここにいられるらしい。
まぁ、それはいい。
わからないのは、お風呂の残り湯をかけただけで世界樹がここまで成長したってこと。
世界樹が成長したのは、多分お風呂の残り湯が原因だってシルフが言ってた。
ルナとしては、お風呂のお湯をただ捨てちゃうのが勿体ないと思っての行動だったらしい。
彼女は魔法学園に入学する前──孤児院にいた時から、その菜園で育てていた野菜などにはお風呂の残り湯を与えていたという。
そのルナの習慣が、俺の目の前の状況を引き起こしたのだ。
ルナは今朝も、世界樹にお風呂の残り湯を与えるつもりだったようだ。その手にはジョウロを持っていた。
ジョウロに入った液体を魔視してみる。
──いや、魔視なんてしなくてもわかるくらい、膨大な魔力が溶け込んでいた。
えっ、これ本当にお風呂の残り湯なの?
……どうやら間違いないらしい。
なんか凄い液体だった。
昨日入れたお風呂の残り湯だというのに、普通に温かかった。
また、かなり高密度なエネルギーを感じる。
そりゃあ、こんな液体をかければこうなるのも無理ないか。
とはいえ、莫大なエネルギーを受け入れられる素体でなければ多分、こうはならない。
世界樹は、このなんか凄いお湯──適当に俺は『凄湯』って命名した──のエネルギーを受け入れられるだけの素体だったのだ。
「それでも、ルナが上げたジョウロの水だけでここまでなるはずないよな?」
──そう。
ルナは昨晩一回、ジョウロに入れた凄湯を与えただけなのだ。
いかに膨大な魔力を含んだ凄湯とはいえ、ジョウロひとつ分の量とは思えないほどの魔力が、世界樹の中で渦巻いていた。
「あの……私、心当たりがあります」
「えっ」
独り言のように呟いただけのつもりだったが、それにティナが反応した。
「心当たりって、どういうこと?」
「少し私についてきていただけますか? これらは一旦、片付けておきますね」
ティナが風魔法で中庭に落ちていた赤い果実を全て回収し、屋敷のキッチンの方へ運んでいった。
──***──
その後ティナにつれられて、俺とシルフは屋敷の地下へと向かっている。
俺の屋敷に食料備蓄用の地下室があったことも驚いたけど、それ以上にもっとでかい空間があるなんて知らなかった。
ちなみにルナは今日、料理当番らしく俺の屋敷の地下探検にはついてきていない。
初めての地下室だったので、結構ワクワクした。
普段ならシルフもこーゆーのにはテンションをあげるはずなのに、今日はなんだかおとなしい。
なぜかティナの挙動に怯えているようだ。
常に俺の背後に隠れ、ティナの視界に入らないようにしている。
「シルフ、どうしたんだ?」
「わ、わからない。けど、なんか……ティナが怖くて」
コソッと聞いてみたら、そんな答えが返ってきた。
シルフ自身も、なぜティナを怖がっているのかわからないという。
「すみません、シルフ様。まさかアレが世界樹だなんて思わなくて……」
ティナは、なにか知っているみたい。
「ティナ、どういうこと?」
「じ、実は──」
ちょうどその時、階段を下りきって一番深い所までたどり着いた。
「この先の空間に、世界樹の根っこが来てしまったのです」
ティナが扉を開けると、広い空間が広がっていた。
壁には大きなヒビが入り、大小様々な石が、転がっていた。
「おぉ、広いね」
「ここは元々、ハルト様が魔法の特訓をできるように、私が作った空間です」
ティナがこの空間であったことを教えてくれた。
凄湯がこの空間に流れ込んできたことで、壁の土や石が全てレア鉱石になったこと。
世界樹の根がここまで伸びてきて、レア鉱石から魔力を吸い取ったせいでただの石に戻ってしまったこと。
ヒヒイロカネだけは、そのまんま残っていること。
そして、地上で大量の赤い果実が落ちてきたのは、根に殺意が芽生えたティナが、世界樹を脅したのが原因であることがわかった。
シルフは世界樹の化身だ。
だから彼女は、ティナに怯えていたんだ。
「ティナ、ゴメンね。僕、そんなつもりはなかったんだ」
「い、いえ! 私こそ、すみません。シルフ様を脅すつもりなど欠片もないのです」
シルフはアルヘイムにある世界樹の化身だ。
俺の屋敷に植えられた世界樹は、アルヘイムの世界樹が作った種から生えたもの。
つまり、シルフの子供ってことになる。
自分の子供がやらかしたので、その責任も感じているようだ。
「ハルトもゴメンね。せっかくオリハルコンとかが大量に手に入ったのに……」
「気にしなくていいよ。俺はそんなに、鉱石必要としてないし」
それに──
「オリハルコンとか脆いじゃん」
「──えっ!?」
「ハ、ハルト様……なにを?」
ティナにあげた指輪と同じ色に輝く壁に近づく。ヒヒイロカネの塊だ。
それが、こんなに!
──素晴らしい。
「ティナ、この空間を作ってくれてありがとな。おかげで欲しかったヒヒイロカネがいっぱい採れるよ」
そう言いながら、手に炎を纏う。
いつも使うファイアランスとかの炎じゃない。
真っ青に燃える、超高温の炎だ。
風魔法で最適な量と質に調整した空気を送り込みながら、炎の騎士千体分の魔力で生み出す炎。
これじゃなきゃ、ヒヒイロカネは加工できない。逆に言えばこの炎が扱えれば、不変金属と呼ばれるヒヒイロカネであっても飴細工のように加工できる。
扱うのに、かなりの集中力と技術を要する魔法。
俺はそれで、壁から飛び出していたヒヒイロカネの一部を捻り切った。
「ほら。これが採れただけでも、俺はすごく嬉しいんだ」
ヒヒイロカネの塊をコネて丸め、綺麗な球体にしてからティナとシルフに見せつけた。




