聖女交代の儀
悪魔を倒した翌日。
聖都サンクタムを統治していたイフェル公爵が悪魔で、それを倒してしまったから聖都は慌ただしくなった。
統治していた人物が突然消えたので、人々が不安になって騒ぐのも無理はない。
また、神事を取り仕切る五人の神官たちがイフェル公爵の次に権力を持っていたのだが、彼らは悪魔に魂を奪われ、そのあやつり人形になっていた。
悪魔が消滅した時、神官たちも塵となって消えていったようだ。
次に権力を持っていたのはセイラだった。
彼女は聖都の住人からの人気も高かった。
聖都を統治する者が不在であることに気付いた住人たちが、これからはセイラに聖都を統治してほしいと大神殿に押しかけてきたのだ。
セイラにどうしたいか聞いたところ、二百年も休まず働いてきたので、そろそろ静かに暮らしたいらしい。
また、悪魔に聖女としての力を奪われたため、人々に頼りにされても力になれないことが心苦しいとも言っていた。
俺はセイラの願いを叶えてあげたい。
彼女が住人の前に顔を出すと、住人たちが余計に騒ぎそうだったので、俺が取り次ぐことにした。
一応俺は、グレンデールという大国の伯爵令息だし、体力を回復して歩き回れるようになった聖騎士団長のエルミアが同伴してくれたことで住人の説得はなんとかなった。
まず、大神殿の中に詰めかけた千人を超える住人たちには一旦外に出てもらい、聖都の各地区の代表者だけ改めて中に入ってきてもらう。
聖都の東区、西区、南区、北区の代表者四人を連れて、大神殿に併設された応接室にやってきた。
そこで聖都の現状を確認し、次の統治者を誰にすべきか話し合う。
「わたくしどもとしては、セイラ様にこのサンクタムの統治をしていただきたいのです」
聖都東区の代表者が、住人たちの意見をまとめて発言をした。
「二百年もの間、我々を見守り、救いを与えてくださったのはセイラ様です。彼女は我々の心の支えなのです」
「たとえ聖女としてのお力を失われていようとも、私たちがセイラ様を敬う気持ちは変わりません」
ほかの地区の代表者たちもセイラの統治を望んでいる。
「しかしセイラ様が、もうお休みになりたいと思われるのであれば……その願いを叶えて差し上げたいという気持ちもあります」
代表者たちも悩んでいるようだ。
「セイラは内政にほとんど関わっていなかったと聞きました。仮にセイラがここを統治することになったとしても、実務を取り仕切れる人が必要だと思うのですが……」
「その点はご心配なく。ヤン子爵がなんとかしてくださるはずです」
「ヤン子爵?」
ちょうどその時、応接室の扉が開き、目が細くて少しやつれ気味の男性が飛び込んできた。
「す、すみません。聖都のこ、今後を決める大事な会議だというのに遅れてしまい、もも、申し訳ございません」
子爵だというが、やたら腰の低い男だった。
「ハルト様、こちらがヤン子爵です。イフェル公爵は主に内政を取り仕切り、他国との外交はほとんどヤン子爵がやっておりました」
悪魔は多才だ。ヒトの欲望を満たし、契約の代償としてその魂を奪うために、非常に多くの能力を持っている。
悪魔であったイフェル公爵は、優れた統治者であっただろう。
とはいえ、ひとりでひとつの都市を管理できるかと言われれば厳しいと思う。だから、優れた補佐役がいるはずだと思っていた。
俺はソイツに、次の聖都の統治者をやってもらえばいいと考えていたのだが──それが、俺の目の前で息を切らしているヤン子爵だという。
少し不安になった。
「ヤン子爵、はじめまして。ハルトと申します。グレンデール王国のシルバレイ伯爵家三男です」
「おお、お聞きしております。こ、この度はサンクタムを、す救っていただきき、あありがとうございますす」
この人……大丈夫かな?
不安が大きくなった。
「人前に出ると少しアレなのですが、外交の腕は確かなのです」
東区代表者が小声で教えてくれた。
人前で喋れないのに、外交が上手くいくのだろうか?
「彼は文書を作るのが上手く、手紙のやり取りだけで毎年、周辺各国から多額の寄付金を得ています。その寄付金は、サンクタムの貴重な収入源なのです」
俺の疑問に気付いた東区代表者が補足してくれた。
なるほど、確かにそれもひとつの才能だ。
特に農業や産業が盛んなわけではないサンクタムの住人が、そこそこの生活水準を保てているのはヤン子爵の手腕に因るところが大きいのだと分かった。
それと同時に、住人の代表者たちがセイラを統治者にしたい理由も分かる。
ヤン子爵では華がない。
人々の羨望を集めるマスコット的存在が必要なんだ。
それが、セイラだということだろう。
彼女が表舞台に立ち、実務はヤン子爵が行う。
それが、住人の代表者たちが思い描いた聖都の理想的な姿だということだ。
実務ができる人物がいるのであれば、話は早い。
あとは聖都の住人に、心の支えとなるものを与えることができればセイラは解放される。
俺はあの御方に相談することにして、会議を解散した。
──***──
悪魔を倒した2日後、俺たちは大神殿で聖女交代の儀に参列していた。
今、大神殿にいるのは現役の聖女であるセイラ、聖女候補のイーシャ、聖騎士団長エルミアと俺たちエルノール家の一団だ。
あ、あとついでにリューシンもいる。
セイラは悪魔に聖女の力をほとんど奪われてしまったが、幸い次の聖女候補を洗礼する力は残っていた。
次の聖女となるイーシャの洗礼は昨晩、無事に終わったそうだ。
この儀式中に、創造神様から神託が降りればセイラが聖女ではなくなり、新たにイーシャが聖女となる。
聖装を纏ったセイラとイーシャが、創造神様の像の前に跪いた。
少しして、創造神様の像が光りだした。
『セイラよ、今までご苦労だった』
頭の中に声が響く。
創造神様の神託だ。
今この神殿にいる全員が聞こえているようだ。
セイラは涙を流していた。
イーシャは初めて創造神様の声を聞き、感動でその身を震わせていた。
本当はセイラを直接労いたいけど、最高神なのでそう易々と顕現はできないと言っていた。
──そう。
実は昨晩、俺は創造神様にお会いした。
創造神様は聖女交代を許す神託を出すといってくれた。
また、俺のお願いも、快く引き受けてくれた。
だから、聖女交代はすんなり終わると知っていた。
創造神様の声が響く。
『聖女の交代を、認める』
よし、順調だ。
『ただし──』
──ん?
『ある男と結ばれることが条件だ』
あ、あれ?
昨日、そんなこと言ってませんでしたよね?
「そ、その男性というのは?」
セイラの表情にも不安の色が滲む。
『その者は、かつて勇者であった』
そ、それって──
『その者は、英雄を引連れ、エルフ族と獣人族の姫を娶り、災厄を従え、精霊を勝手に精霊王へと昇華させたうえに、我が眷属である神獣をもペットにした』
あれ?
なんか、創造神様……お怒りですか?
言葉の節々に少し、トゲがありません?
『その者は、異世界の神の恩恵を受けた少女と、竜族の娘を誑かしたかと思えば、竜人族の巫女すら手中に収めた』
た、誑かしたわけではないです!
『まだあるぞ。そやつは昨晩、我が呼んでもおらんのに、勝手に神界までやってきよった』
「「「──!?」」」
あっ、もしかしてそれでお怒りなのですか?