エルミア救出
悪魔を倒した。
悪魔が転生する可能性も潰したし、悪魔が聖都に仕掛けていた魔法陣も破壊した。
悪魔に娘がいたようだけど、それも俺の炎の騎士が倒したようだ。
聖都にきた時から感じていた無数の邪神の気配も完全に消えているので、恐らくこれで終わりだ。
そう思っていたのだけど──
「聖騎士団長が、エルミアがどこにもいないんです。ハルト様、お願いです。彼女を探すのを手伝ってください!」
大神殿まで戻ってセイラに悪魔を倒したことを報告したら、少し安堵した表情を見せた彼女だったが、すぐにエルミアを探してほしいと頼んできた。
エルミアもセイラや次期聖女候補のイーシャと同様、悪魔に拉致されている可能性があるという。
俺はセイラを助けて聖都まで一緒にきた時、彼女と別れる際に握手した。その時にセイラに転移魔法陣をこっそり貼り付けていたから、悪魔から彼女を守ることができたのだ。
しかしその時、エルミアはなぜか俺を警戒していて握手に応じてくれなかったので、彼女には転移魔法陣を付けられなかった。
だからエルミアが行方不明だと言われても、すぐに助けにいくことができない。
ティナにエルミアの魔力を探知してもらったが、この聖都内部にはエルミアの魔力を感じられないという。
このことから考えられる可能性は三つある。
一、エルミアがティナの魔力探知の範囲外の場所に連れ去られている。
二、魔力を打ち消す魔具で拘束されている。
三、既にエルミアが殺されている。
悪魔にとって聖騎士はただの邪魔な存在だ。
あまり考えたくはないが、三番目の可能性が一番高かった。
一応、彼女の聖鎧には転移の魔法陣を貼り付けておいたのだが──
彼女を拉致した悪魔が、聖騎士の力を最大限発揮する聖鎧を着せたままにしておくことは考えにくい。
だとすると俺がエルミアの聖鎧の場所に転移しても、そこには誰もいないかもしれない。
また、悪魔が聖鎧を異空間などに捨てていれば、そこに転移した俺が死ぬ可能性もある。
でも、エルミアを助けてほしいと涙目になりながら必死に訴えてくるセイラに流され、俺はエルミアの聖鎧のある場所に転移してみることにした。
ただ、どこに行くことになる分からないので、どんな場所に出てもできるだけ生命活動を維持できるような結界の数々を身体の周りに張っていく。
俺はステータスが固定されているのでよっぽどの事が無い限り死ぬことはないと思うけど、過信は良くない。
俺が転移先で死んだ場合も考慮し、俺が死んだら自動でリュカのもとに転移するような魔法陣を俺自身に貼り付けた。
こうしておけば最悪の場合でも、リュカに蘇生してもらうことが可能だからだ。
俺だってできれば死にたくはない。
こんなことならセイラに貼り付けたような転移先の状況を把握できる魔法陣を、エルミアにもつけておけばよかった……。
あいにく、エルミアに貼り付けたのは、転移用マーカーとしての効果しかない魔法陣だった。
「どんな場所にエルミアがいるか分からないから、とりあえず俺だけで転移するよ。もしもの時は……リュカ、お願いね」
「は、はい!」
この場にはエルノール家の全員が揃っていた。
最悪の場合、俺が死んで戻ってくるかもしれないとリュカに伝えて、蘇生の件を頼んでおく。
「じゃ、いってくる」
──***──
エルミアの聖鎧のある場所に転移した。
そこは真っ暗な空間だった。
状況が分からない。
魔法で周囲を照らしてもいいのだが、それがどんな影響を及ぼすか分からない。
魔法を発動することで、その場所が爆発するようなトラップもこの世界にはあるのだから。
まず魔視で周りを確認することにした。
すぐ足元に、エルミアのものと思われる聖鎧が転がっていた。
それが思っていたより近くにあって、つい足に当たってしまい音がなった。
「だれか、そこにいるのか?」
それはエルミアの声だった。
声のした方を見ると、両手を上げた状態の誰かが立っている。恐らくエルミアだ。
魔視でギリギリ見える程度に、魔力が制限されているようだ。
この距離でこれなら、いくらティナでも魔力探知できなくてもおかしくはない。
周囲を確認する。
他に誰かいるわけではなさそうだが、念のため、警戒しながら彼女に近づく。
「だれだ!? やめろぉ、く、くるなぁ!」
エルミアの声が震えていた。
暗闇の中、近づいてくる俺の気配に恐怖している。
怖がらせたいわけではないのだが、俺だって慎重に行動してるんだ。
後で謝るから我慢してくれ。
何事もなく、エルミアに手が届く場所まで移動できた。
トラップらしいものはなさそうだ。
この部屋で唯一特殊なのは、彼女の両手を拘束している手枷で、これは魔力を吸収する効果がある魔具のようだ。
これさえ壊せば、彼女を解放できる。
よし。彼女を助けよう。
俺が周囲を照らす魔法を使おうとした時──
「そこで私を、見ているのだろう? た、たとえどんなことをされようと、私は絶対に悪魔には魂を売らない! 覚悟は……できている。こ、殺すなら、殺せ!!」
エルミアが涙声でそう叫んだ。
惜しい、もーちょいで『くっ殺』だったのに……
あっ! このままエルミアの身体をまさぐれば、『くっ殺』聞けるんじゃね?
そんな、悪魔の囁きが俺の中を駆け巡る。
……おかしいな。
悪魔は俺が、ついさっき倒したはずなんだけど。
少し冷静になる。
泣きそうな女性に、なにかしようとするような趣味はない。
「安心してください。セイラの依頼で、貴女を助けにきました」
手元に光の玉を出現させながら、エルミアに話しかけた。
「お、お前は──」
彼女は長い間、この暗い部屋にいたことで目が暗闇に慣れてしまったようで、眩しそうにしていた。
「聖都の外でお会いした、賢者のハルトです。今、拘束を外しますね」
エルミアの両手を拘束している魔具を破壊した。
それと同時に、手を吊られていることで体勢を維持していた彼女が、フラっと俺の方に倒れ込んできた。
それを慌てて受け止める。
聖鎧を脱がされた彼女の上半身は胸部だけを薄い一枚の布が隠しているだけて、下半身は下着だった。
そんな彼女の身体が、俺に飛び込んできた。
ふにゅん、と柔らかいものが俺の身体に当たる。
こ、これは……ティナくらいあるのか!?
鎧姿のエルミアを見た時、けっこう大きいとは思っていたが、ティナほどではないと思っていた。しかし、これは──
もしかしたら彼女は、この豊満な胸を頑張って聖鎧に押し込めて、日々戦っていたのかもしれない。
そんなことを考えながらも、エルミアを抱きかかえたまま、彼女の足の拘束具も破壊した。
先に足の方からやればよかったと、ちょっと反省する。
この部屋には腰の高さくらいの石の台があったので、その上にエルミアを寝かせた。
すぐにセイラたちのもとに連れ帰ってもいいが、セイラやティナたちの周りには聖騎士もいるので、さすがにこの格好ではエルミアも恥ずかしいだろう。
この部屋に、たいして壊されていなさそうな彼女の聖鎧が打ち捨てられているので、それを着せてあげようと考えていた。
そのためにはまず、彼女を回復させる必要がある。
ずっと立った状態で拘束されていたことで、体力が削られ、更に彼女の両肩は脱臼していた。
それ以外に外傷はなさそうだが、魔力もかなり吸われていたようなので、エルミアの両肩にヒールをかけながら、魔力を送りこんでいく。
「す、すまない。でも、私の回復なんていいんだ。聖女様が、セイラが危ない。悪魔がここにいるんだ。セイラを、助けて──」
エルミアはそう言って、気を失った。
だいぶ無理をしていたのだと思う。
「大丈夫、セイラは無事。悪魔も倒しました」
聞こえてはいないだろうが、声をかけておく。
なんとなくだが、エルミアの表情が柔らかくなった気がした。
俺はエルミアを回復させてから聖鎧を着せて、彼女の安否を心配しているセイラのもとへと転移した。