悪魔の誤算
「今更だけどその刀、ティナが持ってたんだね」
「はい。守護の勇者であった遥人様が元の世界に戻られたあと、その装備は全て私が保管していました。あの……お返しした方が、いいですよね?」
ティナが少し寂しそうな表情をみせる。
百年も一緒に闘ってきた愛刀なのだ。
元は俺が神様からもらった刀とはいえ、使っている時間はティナの方が圧倒的に長い。
「それは今後もティナが使っていいよ。俺にはコイツがあるし」
そう言ってティナに覇国をみせる。
「よろしいのですか?」
「うん。大事に使ってくれてありがとう。それからお前も、ティナを守ってくれてありがとな」
百年もの間、ティナを守ってくれて刀にも感謝の念をおくる。
「ありがとうございます。これからも大事に使わせていただきますね!」
そう言ってティナは鞘に収めた刀を胸に抱いた。
「ぎ、ぎざまら……」
悪魔が復活していた。
しかし重度の傷を何度も受けて、度重なる肉体再生を使用したことにより、その身体は安定していなかった。
「ごろす。殺じてやる」
身体の至る所から、再生時に伸びる触手が飛び出していた。
闘争心が折れていない手負いの獣ほど、危険なモノはない。
油断していると、思わぬ反撃を受ける可能性がある。
「みんなは満足した? こっからは俺がやっていい?」
「私はスッキリしてます」
悪魔の身体をあれだけバラバラにしたのだから、そりゃそうだろう。
「我はもう少し殴りたいのじゃが……主様の活躍を見るというのも、悪くはないのう」
「「ヨウコさんに、さんせーです!」」
ヨウコとマイ、メイは問題なさそうだ。
「私の魔法だとあれ以上ダメージ与えられないので、続きはハルトさんにお任せしますね」
リファの風魔法は悪魔にすら確実に当たるが、そこまでダメージを与えられるものではない。
「ウチは満足にゃ!」
「私もーなのー!」
このふたりは全力で悪魔を殴ってたからな。
ちょっと気持ちよさそうだった。
とりあえず全員があとは俺に任せてくれるという。
じゃ、悪魔を消しますか。
「最後に、言いたいことはないか?」
「最後……最後だと? ふ、ふざけるな」
肉体が安定してきた悪魔の表情が、怒りで真っ赤に染まる。
「もう、ここの住人の絶望や恐怖など知るか! 聖都ごと、貴様ら全員消してやる!!」
そう言って悪魔が膨大な魔力を溜めた右手を、大神殿の床に叩きつけた。
大神殿は聖都の中心にある。
つまり、俺が昨日見つけた巨大な魔法陣の中心はここなのだ。
この聖都に仕掛けられた魔法陣は、中心に膨大な魔力を注ぎ込むことで、その範囲内にある全てのものを破壊する超強力なものだった。
それが──
発動しなかった。
当然だ。俺が魔法陣の一部を書き換えておいたのだから。
「──は? な、なぜだ、なぜ何も起きない!?」
「この聖都に仕掛けた魔法陣を発動させようとしたんだよな? あれならもう、発動しないぞ」
「どういうことだ!? なぜ貴様が、アレの存在を知っている!?」
「昨日見つけて書き換えちゃったからな。それから、俺が魔法陣を見つけられた理由だけど……俺って、邪神の気配に敏感なんだよね」
「な、なに?」
「それより気をつけろよ。そろそろ来るぞ」
「は? なにを──」
言葉の途中で、悪魔の頭上から巨大な光の柱が落ちてきた。
「ぐわぁぁぁぁああ!!」
悪魔は咄嗟に光の柱を避けようとしたが完全には避けきれず、その右半身が光の柱に飲み込まれ、消滅した。
悪魔が仕掛けた魔法陣を、俺が弄ったのだ。
魔法陣が発動されたら、注ぎ込まれた魔力を聖属性に変換してから発動者に叩きつけるようにしておいた。
悪魔が扱う闇属性の魔力を、聖属性に変換するのはなかなか大変で、変換効率がそこまでいいわけではない。
そのため悪魔に落ちてきた光の柱は、注ぎ込んだ魔力をそのまま利用した闇の魔法より、かなり弱くなっていた。
しかし、その効果は抜群だった。
悪魔は自らの魔力で、自身を傷付けたのだ。
俺はこれで、悪魔を倒せたと思ってしまった。
聖属性魔法で半身を消滅させれば致命傷となる、もしくは行動不能に陥ると思っていた。
過去に倒した悪魔は、そうだったから。
だが、この悪魔は聖属性に耐性があった。
床に崩れ落ちながら、その身を一瞬でどこかに転移させてしまったのだ。
「あっ、やばっ!」
「ん? 倒したのではないのかの?」
「いや……逃げられた」
油断した。
まさか、あの状態からノーモーションで転移できるなんて思わなかった。
『気をつけろ』と悪魔に注意してしまった自分を恨めしく思う。余計なことを言わなければ、無事に悪魔を消滅させられていたのに。
「えっ、ということは──」
ティナも気づいたみたいだ。
でも、その顔に不安は見えない。
「まさか──」
なぜかリファが、ワクワクしているような表情をみせる。まるで何かを期待している──そんな顔。
「主様の活躍が、ちゃんと見られるということじゃの!」
「「そうですね!」」
「ハルトが悪魔をぶっとばすのー」
えっ、なんで君たち笑顔なの?
悪魔に逃げられたんだよ?
俺の活躍って、それどころじゃ──
「ハルト様のご活躍を拝見できると思ってましたのに、敵の自滅じゃ、面白くありませんからね!」
「ハルト、やっちゃえにゃ!」
面白くないって……
「……」
なんだろう……みんな、俺が負けるなんて思ってもいないようだ。
まぁ、負ける気なんてないけど。
「ハルト様、あの悪魔は聖都の外に逃げたようです。悪魔のそばに、数体の魔人の気配を感じます」
ティナが、悪魔の所在を掴んでいた。
「ありがと。すぐ攻めてきそう?」
「いえ、どうやら魔物を多数召喚しているようです。おそらく──」
なるほど、物量で攻めてくるつもりか。
ということは、ある程度の魔物が揃うまでは攻めて来ないな。
大量の魔物が来るなら、聖結界は直しておきたい。
ということで──
「ちょっと援軍、呼んでくる!」
俺は彼女のもとに転移した。