勇者の言葉(1/2)
炎の騎士が現れて悪魔を殴った時、助かったと思いました。
助かるかもしれない。
イーシャを、助けられるかもしれない。
きっと、創造神様に助けを求める声が届いて、炎の騎士を遣わしてくださった──そう考えたので、騎士が負けるはずないって思っちゃったんです。
すごく純粋で、力強い魔力でした。
でも──
その炎の騎士は悪魔に心臓のようなものを抜き取られると、その場で消えてしまいました。
心に灯った希望の光が、いとも簡単にふきけされたのです。
悪魔はヒトの心を折るのが得意です。
そして、心が折れたヒトの魂が大好物です。
ですから、悪魔の前では心を強く持たなければなりません。
私には、無理でした。
明らかに全力の私より強い炎の騎士が、悪魔に一瞬で倒されてしまったからです。
それだけではありません。
悪魔に、聖結界を発生させるクリスタルを破壊されてしまったのです。
聖都ができたのは数千年前と言われています。
それだけ長い間、聖都を守り続けてきた聖結界が、わたしの目の前で破壊されました。
悪魔の存在に気づけず、侵入を許してしまったわたしのせいです。
さらにこの後、十体もの魔人と、その魔人が引き連れる魔物がこの聖都に攻めてくるというのに、わたしは聖女の力をほとんど失い、闘うことも、人々を回復させることもできなくなってしまったのです。
わたしだって創造神様からお力をもらったばかりの状態で全力を出せれば、魔人を倒せます。
でも、悪魔は無理です。
魔人が十体集まっても勝てない存在──それが、悪魔なんです。
ちなみに、わたし以外で魔人を倒せそうなのは聖騎士団長のエルミアと聖騎士シンです。
シンは最近、わたしの騎士になったのですが、その潜在能力は先輩騎士たちより格段に飛び抜けていました。事実、魔人に襲われた時、わたしを最後まで守ってくれたのは彼でした。
それからエルミア。彼女はおよそ五年間、聖騎士団長としてわたしを支えてきてくれました。
エルミアが聖騎士見習いだった時から数えると、十年を超える付き合いになります。彼女は聖女であるわたしと姉妹のように接してくれました。
最初はわたしの方がお姉さんだったのです。よく訓練が辛いと嘆いていた彼女を慰めてあげました。いっぱい面倒を見てあげたのです。
でもわたしは聖女特典で歳を取らなかったので、いつの間にかエルミアの方がわたしのお姉さんみたいになっちゃいました。
お姉さんになった彼女は、わたしを色んな危険から守ってくれました。
わたしを姉のように慕ってくれた時のエルミアも、姉としてわたしを守ってくれた彼女も、大好きでした。
今、ここにエルミアはいません。
わたしが悪魔に捕まる前の最後の記憶はエルミアと、聖女候補のイーシャと一緒に神官の所へ挨拶しにいった時のものです。
イーシャは、わたしの目の前で磔にされています。
イーシャ、助けられなくて……ごめんね。
せめてエルミアは無事だといいのですけど……
わたしのお守りばかりしていたので、あんなにスタイルが良くて美人なのに、エルミアには彼氏がいません。
わたしは男性とのお付き合いはできません。
この身を創造神様に捧げているのです。
でも、聖騎士にそんな縛りはありません。普通に結婚して、家庭を持っている聖騎士だっています。
だからエルミアも彼氏を作ればいいのに。
彼女は『可愛い妹が彼氏を作れずに毎日頑張ってるのに、私だけそんなことできるか!』──と言ってくれました。
聖女でいる間は歳を取らないので、わたしは役目が終わってから、恋愛を楽しもうと思っていました。
でも、エルミアはもう二十六歳でしょ?
周りの女の子たちはみんな結婚しちゃったよ?
そう言ったら、『なら、私はセイラが聖女をやめた時、セイラと同じ人を旦那にする』って言い出したのです。
そう言われた日から、わたしは聖女候補の育成をこれまで以上に頑張り始めました。
わたしがいつまでも聖女でいたら、エルミアがおばあちゃんになっちゃうからです。
大好きなエルミアと、同じ人を伴侶にするのもいいかなって思っちゃいました。
きっとその生活は幸せでいっぱいなはず──
「──ひぐっ」
悪魔に首を締められ、身体を持ち上げられました。
く、苦しい。
わたしは、現実逃避していました。
エルミアと一緒に、普通の女の子として生きる──そんな明るい未来を描いていました。
それを無理やり地獄に連れ戻されたのです。
もう、終わりです。
「お前にもハルトとの子を作らせてやろう。どうだ? 私に従うのであればお前も生かしておいてやるぞ」
悪魔がそんなことを言ってきました。
……はると?
守護の勇者の、遥人様のことですか?
首を締められて苦しくて、頭が回りませんでした。
なんで悪魔が、遥人様のことを?
彼はとうの昔に、元の世界に帰ってしまいました。
でも、もし彼がここにいてくれたら──
「貴方は、彼に勝てないわ」
思わず言葉が口から漏れていました。
守護の勇者である遥人様が──私を何百という魔物の群れから救ってくださった遥人様が、私がお慕いする彼が、悪魔なんかに負けるわけがありません!
遥人様のことを思うと、不思議と悪魔が怖くなくなりました。
私の頭を優しく撫でて下さった彼の手の感覚を思い出しました。
私の髪が綺麗だと褒めて下さった彼の声を思い出しました。
絶望的な状況なのに、心がぽかぽかしてきました。
悪魔が真っ黒な剣を取り出し、わたしに向けてきました。
さっきまでのわたしだったら、これを怖がったでしょう。
でも今は、わたしの心に遥人様がいます。
悪魔なんて怖くありません。
「死ね」
悪魔の剣が、私の心臓に──
いつまで待っても、痛みはありませんでした。
それどころか、優しくなにかに包まれている感じがしました。
「待たせてごめんな。でも、もう大丈夫」
聞き覚えのある声がして、ギュッと閉じていた目を恐る恐る開けると──
賢者のハルト様がいらっしゃいました。