賢者 vs 竜人
「ハルト、覇国は使用禁止な。それから、炎の騎士は同時に出していいのは五体まで。これでどうだ?」
いや、どうだと言われても……。
準決勝がこれから始まる。
俺が闘技台の上に上がると、既に闘技台に上がっていたリューシンが先の条件を提示してきた。
「あと俺がもし、ハルトに一撃でも攻撃を当てて少しでもダメージを入れられたら、その時点で俺の勝ちな」
いやいやいや、何言ってんだ?
お前、ここまで獣人族の戦士たちを圧倒してきただろう。
なんで俺がそんな条件を呑まなきゃいけないんだ?
「もし、ハルトがこの条件を呑めないなら──」
「なら?」
「俺はこの試合、棄権する!」
「アホか!」
リューシンがとんでもないことを言い出した。
今、武神武闘会に来ている観客たちはかなり盛り上がっている。そんなところで、戦いもせず棄権したりしたらブーイングの嵐になることは目に見えていた。
「俺は自分の命が惜しい! 魔人を多数引き連れて、伝説の武器を持った魔王に、生身で勝てるわけないだろ!!」
リューシン曰く──
魔人 = 炎の騎士
伝説の武器 = 覇国
魔王 = 俺
生身 = 完全に竜化できないため
とのこと。
人を魔王呼ばわりするとは、失礼な奴だ。
覇国は確かに伝説の武器だが、それ以外は言いがかりだ。炎の騎士はそこそこ強いけど、俺は魔王ほど強くないし、リューシンの竜化はとても生身と言える代物ではない。
ん、待てよ。
炎の騎士を出していいのは五体まで?
……そうか、よし。
「分かった、その条件を呑もう。覇国は使わないし、おまけで黒刀も使わない。それから炎の騎士は六体以上出さない」
「い、いいのか!?」
「あぁ、でも、リューシンが炎の騎士を倒して五体未満になったら、追加を出すぞ?」
「あぁ、それならいい。五体の攻撃を回避しつつ、ハルトに攻撃当てるくらいならなんとかなるかもしれん!」
リューシンがやる気になった。
俺もちゃんと約束を守ろう。
炎の騎士は五体以下だ。
もちろん覇国なども使わない。
準決勝、俺とリューシンの戦いが始まった。
いきなり攻めてくるかと思ったが、リューシンはそうしなかった。
「俺の提示した条件を呑んでくれたからな、炎の騎士を出す時間くらい待つぜ」
ほう……殊勝な心がけだ。
だが、本当に良かったのかな?
「ありがとう、じゃあ、遠慮なく──」
俺は少し深く呼吸した。
そして──
「ファイアランス! ウォーターランス! ウィンドランス! サンドランス! サンダーランス! ライトニングランス! ダークランス!!」
「えっ? ちょっ、はぁぁぁあ!?」
俺は炎の騎士を五体出現させた。
それと同じように水、風、土、雷、光、闇といった他属性の騎士も五体ずつ出現させたのだ。
炎で騎士が作れるんだから当然、他の属性の騎士もできる。まぁ、ティナ以外にはまだ見せたことなかったんだけど。
リューシンと約束したのは『炎の騎士は五体まで』だから、他の属性の騎士を出したところで約束を反故にしたことにはならない。
ちなみに、他の属性の騎士も五体ずつにしたのは、ちょっとしたサービスだ。
さぁ、リューシンにはこの三十五体の騎士たちの攻撃を掻い潜って、俺に拳を届けてもらおうか!
「準備はいいか?」
「よ、よくない! まだダメ、止めて!!」
「よし、行け!」
リューシンは用意ができていたようなので、俺は騎士たちを突撃させた。
「おぃぃぃ、無理だって! 死ぬ、死ぬって!!」
そう言いながらもリューシンは騎士たちの猛攻を躱していく。
「ひぃぃ!」
そんな情けない悲鳴をあげてはいるが、部分竜化しているリューシンの爪は、しっかり数体の騎士たちのコアを斬り裂いた。
とりあえず三十五体が倒されるまで、追加の騎士は出さないでおこう。
しかし、リューシンは成長したな。
以前は二体の炎の騎士にも苦戦していたけど、今は様々な属性の騎士を同時に複数体相手取って立ち回っている。
魔人も倒せる俺の騎士を倒せる時点で、俺よりよっぽど魔王に近いんじゃないかと思う。
そんなことを考えながらリューシンの様子を見ていた。
リューシンの攻撃は騎士に効くが、騎士達の攻撃もリューシンのドラゴンスキンを貫くのだ。
だからリューシンは騎士たちの攻撃を避けるしかない。
大分、疲労が溜まってきている。
「く、クソがぁぁぁぁぁぁあ!!」
どうやら終わりのようだ。
足をもつれさせ、膝をついたリューシンに騎士たちが群がった。
もちろん止めを刺させたりはしない。
ただ、騎士達にリューシンの身体を拘束させるつもりだった。
「──っ!?」
高速で何かが飛んできたので、それをギリギリで躱す。
飛んできたのは、炎の騎士の頭だった。
リューシンに群がっていた騎士たちがバラバラに斬り刻まれ、四散したのだ。
リューシンが居たはずの場所に、一体の黒竜が立っていた。
黒竜は竜種の中で最も攻撃力が高く、狂暴な竜だ。
そいつからは、リューシンの魔力の波動を感じた。
「リューシン……なのか?」
「あぁ、そうだ」
黒竜が喋った。
コイツは変身したリューシンだと言う。
「完全な竜化ができたのか? 突然、なんで?」
「……あまりにも理不尽な力、暴力に晒され、俺の中に眠る竜の血が、無理やり叩き起こされたみたいだ」
──つまり、俺のおかげってことか!?
「おぉ! おめでとう、リューシン」
念願だった完全竜化ができるようになったのだ。実にめでたいことだ。
あっ、俺へのお礼は別にいいぞ?
きっかけは俺の魔法とはいえ、リューシンは自らその殻を打ち破ったのだから。
今日はリューシンのお祝いでちょっと豪華な夕飯にしよう──そんなことを考え始めた。
「ハルト、今度はお前が理不尽な暴力に怯える番だ!」
「えっ?」
「圧倒的な強者に、絶え間なく攻め続けられる恐怖を感じろ!!」
そう言って黒竜が、ダークブレスを俺に向けて放った。
せっかくお祝いしてやろうと考えてたのに。
成長できたのは俺のおかげと言ってもいいのに。
……仕方ない。
少し、懲らしめるか。
黒竜のブレスが俺に向かってくる。
俺は魔衣で身体を強化し、右腕でそのブレスを空へと弾いた。
「なっ!?」
黒竜が驚いている。
「固まってる余裕なんてあるのか?」
俺は黒竜のすぐ側まで移動した。
そして、黒竜が俺の存在を認識した時には既に、俺は拳を黒竜の身体に叩きこんでいた。
「グギャァァァア!!」
黒竜が悲鳴を上げながら吹き飛んでいく。もちろん、ギリギリ闘技台の上から落ちないように調整してある。
「ぐ、うっ……な、なんでだ? 俺は破壊の化身、黒竜なんだぞ!? なんで俺がこんな──」
「黒竜になれたくらいで調子に乗るなよ。さっき言ってたけど、黒竜が圧倒的な強者? それはない。黒竜程度、俺は八歳ぐらいの時に倒してるからな」
「えっ──」
「せっかくだから、俺が初めて黒竜を倒した時の技を見せてやろう」
俺は纏っている魔衣に光の属性を与える。
無属性だった魔衣は、神聖な光に包まれた聖鎧と化した。
闇属性である黒竜の最大の弱点は、光属性魔法だ。
「ハ、ハルト、ちょっと待て! なんだそれは!?」
「君の弱点の光魔法だよ。今からこれで殴るけど、少し痛いかもしれないから、全力でガードするか避けることをオススメする」
まぁ、避けられるわけないんだけど。
光属性魔法は雷を含む他のどの属性魔法より、攻撃速度が速いから。
俺はガタガタ震える黒竜へと、ゆっくり歩を進めていった。