嵐の王様と奴隷姫。
今から謳い上げるのは、昔々のそのまた昔。
戦争大好き嵐の王様、誰も信じぬ鋼の王様。
攻め込んだ国から献上された、奴隷の娘を一目で見初めた。
――これはそんな二人を謳う、今はもう亡き、砂漠のバラッド。
***
昔々、そのまた昔、砂漠の国の嵐の王様。
来る日も来る日も、戦争三昧。
誰も信じぬ鋼の王様。
滅ぼした国の宝物集めた。
ある時、攻め込まれること怖れた国が、奴隷の娘を差し出した。
何も映さぬ青い瞳と、黄金の髪持つ麗しの君。
王様一目で気に入って、自分の傍に置くことに。
金の鎖に絹の服。
誰が言ったか、奴隷姫。
けれど娘は知らん顔、毎日王様の傍に立つ。
金、銀、珊瑚、瑠璃に玻璃。
「お前の望む物をやろう。何でも構わぬ、言ってみろ」
青い瞳の奴隷姫に、毎日王様そう囁いた。
金、銀、珊瑚、瑠璃に玻璃。
「いいえ、いいえ、嵐の王様。私は何もいりませぬ」
来る日も来る日も、嵐の王様。
侵略、強奪、破壊に占領。
毎日毎日、鋼の王様。
甘言、苦言に声を荒げた。
けれどそれでも奴隷姫の、金の鎖の音聴けば。
すぐに怒りも治まって、静かにその身を傍に置く。
金、銀、珊瑚、瑠璃に玻璃。
「お前の望む物は決まったか?」
戦場から戻るたび、王様決まってそう訊ねた。
「いいえ、いいえ、鋼の王様。私に望みはありませぬ」
金、銀、珊瑚、瑠璃に玻璃。
戦狂いの嵐の王様。
ある時、英雄現れた。
占領した街解放し、義勇軍を立ち上げる。
金、銀、珊瑚、瑠璃に玻璃。
「この頃少し騒がしい。お前も望む物があるのなら、今の内に言うが良い」
奴隷姫はその言葉に、金の鎖を鳴らして首を振る。
「いいえ、いいえ、戦の王様。私の心は変わりませぬ」
金、銀、珊瑚、瑠璃に玻璃。
ついに英雄やってきた。
嵐の王様殺すため、仲間を連れてやってきた。
城の人間みな逃げて、嵐の王様独りだけ。
金、銀、珊瑚、瑠璃に玻璃。
「お前の望みはもう聞けぬ。早くここから逃げ延びろ」
そう奴隷姫の手を引いて、秘密の通路に連れて行く。
自分は腰に剣を差し、勇ましい甲冑に身を包んで。
誰もいない長い廊下を、二人並んで歩き出す。
甲冑ガチャガチャ、金の鎖シャラシャラ。
金、銀、珊瑚、瑠璃に玻璃。
「いいえ、いいえ、私の王様。望む物が見つかりました」
しかし望みは、すでに遅く。
欲しい物は、手から零れた。
金、銀、珊瑚、瑠璃に玻璃。
「望む物は自由だな? この鎖を断ち切って、愚かな俺から逃げるが良い」
愚かな王様剣を抜いて一息に、金の鎖を断ち切った。
二人を繋ぐ金鎖。
奴隷姫の青い瞳に、金の流星映り込む。
金、銀、珊瑚、瑠璃に玻璃。
「いいえ、いいえ、いいえ、いいえ……!」
悲鳴のように、奴隷姫。
自由になった手を伸ばし、嵐の王様にしがみつく。
金、銀、珊瑚、瑠璃に玻璃。
「誰かに討たせる位なら、どうか私に下さいませ」
金、銀、珊瑚、瑠璃に玻璃。
「嵐の王様。私の王様。貴方の命を下さいませ」
狂おしいほど強く、儚く。
その細い腕が甲冑越しに彼を抱いた。
城の表で火の手が上がる。
炎の向こうに聴こえるは、王の死を望む民の歌声。
金、銀、珊瑚、瑠璃に玻璃。
「――お前も一緒に果てるのならば」
戦狂いの嵐の王様。
誰も信じぬ鋼の王様。
剣の柄をその手に握らせ、ほんの少し微笑んだ。
金、銀、珊瑚、瑠璃に玻璃。
「勿論ですわ。私の王様」
求められて、追い立てられて。
ただひたすらに、走った、走った。
連戦、常勝を期待され、演じきったその先が。
たとえ奈落に続こうとも。
金、銀、珊瑚、瑠璃に玻璃。
「――すぐにお傍に参ります」
生きていながら死ぬ方が、マシな思いをする日々から。
救い上げてくれたその手の内が。
どれだけ血塗れていようと構わない。
今この喉に突き立てる、血で汚れるのがこの手なら。
金、銀、珊瑚、瑠璃に玻璃。
青い瞳に真っ赤な飛沫が映り込む。
その優しげな微笑みすらも。
金、銀、珊瑚、瑠璃に玻璃。
自ら突き立てるその刃。
白い首筋を彩るは、赤い赤い、愛の色。
***
金、銀、珊瑚、瑠璃に玻璃。
さよなら。
さよなら。
これにて、おしまい。