少年
そこかしこから聞こえる人々の呻き声、数舜前までその平穏を保っていたこの場所を爆発と同時に襲った煉獄と衝撃が無辜の人々を地獄の底へと突き落とした。平穏だったはずの駅前、今ではそこは爆心地の中心点となり果て、その中心にいた者たちはその姿を塵も残さず消し飛んだ。そして周りにいた人たちが死屍累々の様相を呈した所で冒頭に戻る。その被害は深刻であった。弾け飛んだ瓦礫が人を下敷きにし、その爆炎は端にいた人ですら焦がした。
爆心地の外縁、そこにはとある親子がいた、母親と少年の二人組であったがこの二人も例外なく被害にあっていた。と言っても母親が身を挺したことで、少年の被害は最小限に留められていたのだが。
「母さん!母さん!しっかり、返事をしてよ!」
少年は滲み出る涙を堪えながら、必死に母親の体を揺らすが全くと言っていいほど返事がない。その母親の容態は無論重篤で、その半身は焼け爛れており少なからず瓦礫の破片も突き刺さっている。少年が母を必死に呼び掛けながら揺すっているその時、爆心地の奥底で燻っていた悪意が今再びの爆炎と言う形で鎌首をもたげた。
辺り一帯を撫でる熱風。しかしその熱風は、物理的な熱ではなくその場に居た者達の心を焼き焦がし突き動かす衝動となって襲った。そして、その場にいる者全てが“ソレ”を見た。“ソレ”は人によって様々な形に見えた。ある人には黒煙が渦を巻いていたし、ある人は陽炎が揺らめいているように見えただろう。そしてこの少年には、業火が人の形をしているように見えた。
ソレが不意に嗤った。クカカクケケとさも愉快そうに嗤った。ひとしきり嗤って満足したのか、その業火はこちらを見た。そして人型の口元にあたる場所がパックリと裂け、いびつな音がその場に垂れ流された。
「オ前達ハ、私ガ憎イカ?」
何を当たり前のことを。
「憎メ、私ヲ憎メ」
言われずとも、誰もがそう思った。
「自分ノ無力サニ後悔シテ生キロ」
それを痛感せずにはいられない。
「我ヲ憎メ、ソノ憎悪ノ炎デ全テヲ焦ガセ!クカカ…クケケ…、ソウ……自分スラモナァ!クカカカカカカカカカカ!」
ソレは奇妙な笑いを響かせると、空気に溶け込む様に消えた。後に残るは、燃え盛かる炎の音と、近づく大量のサイレン。そして、各々の内に焚き付けられた、尽きることのない怨嗟と悔恨の叫びであった。