道化
――恰好つけたセリフを言っておいてなんだが、死んだなかな――
満身創痍の中、どこか悟ったような自分が存在していた。
まあでも――あのまま、何もせず、何も果たせず、ただ現実逃避の末に後悔しながら死んでいく結末より、多少はましな死に方だろうよ……
――なんだよ〝世界〟意外と優しいところがあるじゃないか――
「ふふ」
そう思ったら、何だがおかしくて笑いが口から漏れていた。
「…何がおかしい?」
「いや、やっと世界が俺にデレてくれたと考えたらな」
本来なら、逃避ばかりの人生だった自分にこんな結末はあり得ない。
『現実は、良くても悪くても受け止めなければならない。例えその時逃避しても、いつか必ずいつか必ず受け止める時は来る。それが遅すぎれば後悔になる』
これは前世で聞き覚えのあるフレーズ。
誰が言ったのかは正直憶えていない、歴史上の偉人か、それとも何かのアニメのキャラが言ったセリフだったか……
ただ、その言葉を知った時、その通りだとすごく共感したし、正しいことを言っていると共感したのを覚えている。
――なのに今の俺は死ぬ間際でどう考えても遅すぎるのに、後悔はしていなかった。
「俺にこんな死に方を用意してくれた〝世界〟には感謝しないと」
それが、皮肉から出た言葉なのか、それとも本心だったのかは自分でも分からない。
「……遂に狂ったかガキ」
「俺達盗賊に襲われて死ぬことにありがたいことなどあるものか」
盗賊達はまるで不気味なものでも見たように、顔を顰めて蔑む。
「おい、もうさっさと殺してしまおう」
「ああ、逃げていった女が兵を引き連れて戻ってくるはずだ」
「あと金目の物を奪い取る時間も必要だしな」
男達は口々に言い合い、殺す算段を付ける。
それを聞いて俺は剣の構えを解いた。
――この様子だと、セレスを追いかけようとは思って無いようだ――
「……抵抗しないのか?」
「ああ」
だってもう――俺には生きる目的も、意味もないのだから――
だが、盗賊達に俺の内心は分からないため、その無抵抗さを不審に感じたのか警戒して近づいてくる。
そして、俺の目の前に一人の男が立ち、ゆっくりとナイフを振り上げる。
「じゃあな、ヴェルシュタインの坊主」
それを見てももはや動揺はなかった――
――その時、俺は前世や今世の走馬燈が過ぎ去ることもなく、ただ〝ああ、死ぬのか〟と思っただけだった。
それはさぞ盗賊達には不気味に映ったことだろう――三人の男達全員が警戒心からか此方の一挙一動に注目していた。
――だからなのだろう、そのことに誰も気が付かなかったのは――
最初に気が付いたのは、ナイフを既に振り下ろし始めていた、目の前の男だった。
彼は何かに気が付いたようで、目を見開く。
「――ッ」
すると突然、背後から、誰かに襟元を引っ張られる。
――その途中に銀色が翻っているのが視界に入った――
俺の襟を引っ張った銀の髪の持ち主は、そこを支点にして自分との位置を入れ替えた。
そして、そうなると――その人物が必然的に代わりに斬られることになる――
「――姉、上…?」
見覚えのある――銀の髪が目の前で散った。
そして、次にセレスを抱きしめていた自身の手が真っ赤に染まっていることに気付く――
「ねぇ姉上…どうして、こんなところに……居るの、ですか?」
そんな状況じゃないはずなのに、その現実を信じられなくて――たどたどしく、馬鹿なことを尋ねた。
「…ごめん、なさい…アルス…戻って、来ちゃった……」
「なんで、こんな…馬鹿なことを…」
「……だって、貴方が…死んでしまいそう、だったんだもの」
――気がついたら勝手に身体が動いていたの、それは理屈ではないのよ――
そう、セレスは耳元で囁いた。
「分けわかん、ね…よ」
ポツリと呟く。
「あんたは俺の本当の姉貴じゃ、無いんだぞ?」
俺は尋ねる――目を閉じている、この世界の姉に向かって――
「なのに…なんで他人の為に、命張ってんだよ」
セレスは何も答えない――応えてくれない。
「なあ、応えてくれよ」
それでも俺は、もう返事をしない姉に向かって問い掛け続けた。
――この〝世界〟に優しさなどあるはず無いのに、どうして俺は勘違いしてしまったのだろう――
諦めた先に――自己犠牲の先に待つものなど――破滅しかないはずなのに、どうして愚かにも自己陶酔していたのだ――
これでは――自分自身を騎士と思い込んで、風車に突進するドン・キホーテそのものではないか――
そのことを自覚した時――――
「ぁぁああぁああああぁぁぁぁあああぁぁあぁぁああぁああああぁぁぁぁあああぁぁあぁああぁああああぁぁぁぁあああぁぁあぁぁああぁああああぁぁぁぁああぁぁああぁああああぁぁぁぁあああぁぁあぁぁああぁああああぁぁぁぁあああぁぁあぁああぁああああぁぁぁぁあああぁぁあぁぁああぁああああぁぁぁぁあああぁぁあ――ッ!」
――――慟哭が喉を引き裂く。
そして、俺の意識はそこで途切れた。