ドン・キホーテ
物語において古今東西、盗賊とは常にやられ役扱いだ。
俺が前世で読んでいた異世界転生物の主人公達も当然の如く盗賊は雑魚キャラ扱いだった。
彼らはいつだってレベルやステータスのカンスト、特別な魔法やスキルでこんな現状も容易く打開してしまう。
しかし、俺は〝転生者ではあるがチートはない〟
そして――この世界には魔法なんてものも、機械仕掛けの神も存在しない。
つまり、当たり前だが単純な実力だけでこの状況を打開しなければいけないのである。
前世より多少、運動神経は良くなっているが、それは所詮同年代と比較した場合だ。
成人した男と少し運動神経がいいだけの子供なら、言うまでのこともなく前者の方が優れている。
しかも、それが三人もいるのだ――成人した才能ある人間ですら修羅場であることは、想像に難くない。
――この状況は致命的なまでに詰んでいる――
その為――俺は盗賊たちに会った瞬間、迷わず逃走を選んだ。
だからこそ、捕まってしまった時には生きることを諦め、絶望したのだ。
それなのに――
「姉上ぇ!早く逃げてください!」
声が枯れんばかりに絶叫する。
「……おい、脇に逸れろ」
「あ?……ああそうか」
すると、盗賊たちが突然セレスの前に道を作った。
セレスはそれを見てチャンスとでも思ったのか、此方に駆け寄ってくる。
「おい、よせ!」
制止の声に耳を貸すことなく、セレスはしゃがみ込んで声を掛ける。
「アルス大丈夫!?怪我はない?」
「大丈夫じゃないのはお前だ!どうするつもりなんだ?帰り道は塞がれてしまったんだぞ!?」
もはや言葉を取り繕う余裕もなく、指を指し盗賊たちが回り込んだことを伝える。
セレスはその言葉でハッと気が付き、もう一度振り返ったあと、今度は気まずそうに目を伏せる。
「馬鹿がぁ!なぜ来た!」
「だ、だってアルスが…」
詰め寄ると、初めのうちは何か言おうとしたが、それが最後まで続くことはなかった。
「くく、結構な姉弟愛だ」
「諦めて大人しくするなら姉弟仲良く奴隷にしてやるよぉ」
「まあ、女の方はそれまで楽しませてもらうがなぁ」
盗賊は簡単に罠にはまった俺達を嘲笑う。
俺は腰のショートソードを構え、セレスに囁くように告げる。
「……姉上、どうにかして逃げ道を作り出しますから、そこを通って助けを呼んできて下さい」
「え、それじゃあ……」
「冷静に考えて下さい、それが二人とも生き残る最善の選択です」
嘘ではない、ただ俺の生存確率が絶望的なだけで――
「でも……」
「姉上、貴方に助けを呼ぶ以外に何が出来るというのですか?」
それでもなお言い募ろうとした彼女を遮って、厳しい言葉を浴びせかける。
そして、それ以上議論するつもりがない事を示すために、一歩前に踏み出し盗賊達と対峙する。
「くく、ナイト気取りか?坊主ぅ?」
「美しい姫と小汚い盗賊の役者が揃っているんだ、ここは一つナイトでも演じたくなるものだろ?」
「……うぜぇ、現実を見せてやるよ」
「さっさと来いよ、やられ役風情が」
俺は精一杯の虚勢を顔に貼り付けて、盗賊達を挑発する。
少しでも俺に意識を向けさせ、セレスが逃げられるチャンスを作り出すために――
挑発に乗ってきた盗賊の一人が、此方と距離を一気に詰め、ナイフで斬り付けてくる。
――攻撃が速いッ――
だが、挑発したタイミングで相手が仕掛けてくることは想定内、予想していたなら防げない速度ではないッ
――ガィキン、と甲高い音が辺りに鳴り響く。
盗賊は僅か十歳程の子供に、攻撃が防がれるとは思っていなかったようで、目を見開き驚愕する。
「ダッセぇ、防がれてやんの」
「おいおい、手加減しすぎだろ?」
仲間に小馬鹿にされた男は顔を真っ赤にして言い返す。
「うるせぇ!黙っていろ!」
「流石小物、攻撃から反応まで一々負け犬ぽいな」
俺はそれに、追い打ちを掛けるようにさらに挑発する。
「調子に乗ってんじゃねぇ!」
「――ッ」
更なる挑発で、完全に頭に血が上ったのか攻撃がより単調となった。
それによって予想はしやすくなり、どうにか防ぐことは出来たが――その代わり怒りによって一撃の威力が増していた。
――時間を掛ければいつか押し切られるな――
そしてさらに拙いことに、盗賊の他の仲間たちは、参戦する気が無いようで傍観に徹していた。
――失態は晒しても、負けることはないと考えているのだろう――そしてその考えは恐らく正しい。
――前世での十六年間で培った思考力と、この世界の十年間で鍛えられた胆力――それでどうにか今のところ攻撃は防いでいるが、逆に防いでいるだけでしかないのだ。
こいつらに勝つつもりなら、タイマンはむしろ好都合――しかし俺の目的は勝つことではないし、そもそも、致命的なまでに決め手に欠ける俺では勝てない。
俺の目的は徹頭徹尾、セレスを逃がすことだ――その為には、三対一の構図にして意識を俺一人に向けさせるしかない。
「おいおい、お前らもそんな余裕ぶっていていいのか?」
「実際、余裕だろうが…」
「俺との戦闘だけを考えるならな?」
「…どういう意味だ?」
今まで戦闘を行っていた男も一旦攻撃の手を休め、アルスの話に興味を示した。
「お前たちが予想していた通り、俺は貴族だ」
「ふん、それがどうした、どうせ何処かの小さな騎士の子弟でしかないんだろう」
「それがヴェルシュタイン男爵家だと言っても同じ反応が出来るか?」
「ヴェルシュタインだと!?」
ヴェルシュタイン男爵家は下級貴族だが、それは他の領主と比べての話だ。
一個人でしかない――それも、盗賊である彼らからすれば、何十という村々とヴェルシュタインという大きな街を治め、数百人の正規兵を抱える領主であるヴェルシュタイン家は脅威以外の何物でもない。
「その証拠に、ほら」
剣の柄を見せつけるように突き出す。
そこには、ドラゴンの羽を剣で突き刺した紋章が描かれていた。
「この国の紋章でドラゴンを描かれていることが許されるのは原則王族だけであることは、お前たち盗賊すら知っていることだろう」
その象徴であるドラゴンの羽が一部とはいえヴェルシュタイン男爵家の紋章になっているのは当然理由がある。
先の大戦で祖父クラウスがリヴァレスト公爵相手に多大な功績を挙げた。リヴァレスト公爵は若き王ルカルトの実の弟であり紋章にドラゴンを描くことが許されていた。
そして、クラウスの働きによって、王になった主君のアルバス公爵は、主従の関係を改めて示すためと、憎きリヴァレスト公爵を討ったヘルズ大戦の英雄クラウスに恩賞としてドラゴンの羽を家紋とすることを許した。
いくら、英雄でもドラゴンの羽を一部とはいえ許したことは、王の忠臣、英雄クラウスを象徴する逸話として、多くの民から英雄譚として唄われたらしい。
「この辺りで紋章にドラゴンの一部が描かれている貴族は一つしかいない」
「……まさか」
「そう、俺はヴェルシュタイン家の嫡男だ」
「……お前ら、速攻でこのガキを片づけて後ろの女を攫い、さっさとずらかるぞ」
『この紋所が目に入らぬか!頭が高い!控え居ろう!!』と言って素直に『ハハ―』といった状況になる時代劇とは違い、当然の如くぶち殺そうとする異世界の盗賊達。
ネタが通じない辛さを感じながら内心〝計画通り〟とほくそ笑む。
彼らは、ヴェルシュタイン家で捜索部隊が編成されていると考えたことだろう、実際されている可能性は高い。
――自身の生存率を高めるだけなら、その事実は指摘しない方が良かった――ただ時間を稼ぐように一対一の戦闘を繰り返していればいい。
だけど、いつ来るか来ないかも分からない助けのために、セレスの命まで賭けるわけにはいけなかった。
盗賊達はどこか後ろを気にした様子で、一刻も早く俺を排除するために三人で囲い込むように広がる。
それを見て包囲が完成する前に、道の中央からそれ、森を背にするように陣取る。
盗賊達はもう遊ぶつもりは無いようで、ゆっくりと、だが確実に包囲を狭める。
そして――それはセレスの逃げ道ができたことを意味していた――
「――ッ」
セレスが駆け出す、それをいち早く反応した男が反射的に追いかけようとした。
「しまった!まずいッ」
「行かせるかッ!」
それを阻止するため、追いかけようとした男を追撃する。
「俺のセリフだ!坊主!」
「――くッ」
それを阻止しようともう一人の盗賊がナイフを構えて迫ってくる。
――防いでいてはもう一人の盗賊を逃がしてしまうッ――
俺は咄嗟の判断で攻撃を避ける――だが避けきれず背中が浅く斬られた。
「くッはぁ!」
――背中に激痛が走る。
だが、耐え切れない程じゃない、歯を喰いしばり目の前の男を追いかける。
「チッ!」
男は俺に追撃させたままでは危険と判断して足を止め、こちらの攻撃を受ける構えを取る。
俺は男の防御を無視して切りかかる――そして、その勢いのままに盗賊の後ろに躍り出て、今度は俺が逃げ道をふさぐ形を取った。
「そう急ぐな、もう少し俺と遊んで行けよ」
俺は疲労困憊の体でありながら、僅かに唇の端を上げてそう告げたのだった。




