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絶望

 その結論に辿り着いた時、背後から物音が聞こえた。


 咄嗟に振り替えると、三人の小汚い姿をした男達が居た。


「おいおい、こんなところに子供が一人でいるぞ」

「……いい服着ているな、何処かの貴族の子弟か豪商の息子か?」

「ふふ、ボウズその服と金目の物を渡せば命は助けてやるよ」


 最後に当然のように命乞いを要求してきた男が、ナイフをちらつかせながら脅してくる。


 そして、その男がこちらに近づこうと足を踏み出した、その時――


「……ひぃ」


 ――俺は情けない悲鳴を洩らしながら反射的に逃げ出していた。


「おいぃッ、まてこらぁ!」

「逃がすかぁ!」

「追うぞ!」


 背後からの怒声を背中に受けながら、自身の愚かさを嘆く。



 俺は、馬鹿かッ――自分の世界に入り込みすぎて周囲への警戒を疎かにしすぎたッ――いや、そもそもどうして一人で森に入るなって暴挙に出たんだぁ!

 今となっては、あの時の自分の行動理念が理解不能だった。

 しかし、盗賊たちは後悔する暇を与えてくれない。


 直線距離のスピードでは大人の男達とは勝負にならないッ――子供の身体を生かした逃走経路を即座に割り出さなければ!

 俺は出来るだけ入り組んだ、障害物の多い道なき道を敢えて選択しながらヴェルシュタインの街の方角に駆ける。






「はぁッはぁはぁッ」


 どれぐらいの時間が経ったのだろうか――

 激しい息切れで中、意識がはっきりしない頭でそんなことを考える。


 ――体感的にはもう何時間も走らされている気分だ。


 背後に意識を向けると、いつの間にか怒声は聞こえなくなっていたが、未だに追いかけている気配はあった…それも段々と近づいて来ているような――

 ふと気が付くと、周囲に薄明かりが漂い始めていた。それも走るにしたがって明かりが段々と強くなっていく。


 ――森の出口が近づいているんだッ――


 俺は明かりの差し込む方向に、迷わず向かった。




 そして、やっと出口をこの目で確認した――その時――


「ようやく、捕まえたぞぉ!」


 そんな声が耳に届いたと同時に肩を掴まれ地面に押し倒された。


「かぁッはぁ!」


 肺から空気が吐き出され、言葉にならぬ呻き声が口から漏れる。


「手間取らせやがって!」

「ぐふッは」


 押し倒した盗賊は苛立った様子で顔を殴る。


「もう一度逃げられると面倒だ――殺すか」


 傍に立っていた男が懐からナイフを取り出す。


「な――」


 その何気ない一言に思わず絶句した。

 ゆっくりと振り上げられるナイフ、俺は頭の中で叫ぶことしか出来なかった。


 ――嘘だろッ!こんなにあっさり死ぬなんてッ――


 そして死の象徴が振り下ろされようとした、その時、横から救いの手が差し伸べられる。


「冷静になれ!ナイフで殺したらせっかくの高級そうな服が血で汚れるだろ?」

「……そうだな、なら絞め殺すか?」

「待て、せっかく生け捕りにしたんだ奴隷にすれば少しは金になるだろ」


 まるでそれが当然であるかの如く、命が服より安い前提で語られる会話。


「ふざけるなッ!俺の命は服以下かよ」


 あまりの怒りに恐怖を忘れ、気が付いたら絶叫していた。


「………」

「………」

「………」


 その言葉を聞いた男達は、一瞬だけきょとんとしてお互いに顔を見合わせる、そして次の瞬間には大笑いしていた。


「何がおかしい!人の命は何よりも重いはずだろ!」

「ぎゃははは、何がおかしいってもう、何から何までおかしいだろ」

「は、腹いてぇ、最近の貴族や商人は子供にどんな教育しているんだ」

「おいおい、命に奴隷相場以上の価値が無いなんて、お前ら貴族や商人が一番よく分かっているはずだろ」


 ――彼らの言葉は俺の心に深く突き刺さった。


 俺はこの世界の命は余りに軽い――と常々思ってきたがそれは真実だったのだろうか?

 前世でも、この異世界でも何不自由なく生きてきた俺に、命の重さの何が分かると言うのだろうか――

 例え盗賊だろうと――否、盗賊だからこそ、この世の真理であるゼロサムゲームのルールの中で生きてきた彼らの方が命の価値というものを正確に理解しているのではないのだろうか?


 盗賊たちはひとしきり笑いあったあと、今度は眉を顰めて吐き捨る。


「しかし改めて考えると……何だか、ムカつく意見だな」

「ああ、生まれた身分が俺たちとは違うと突き付けているようだ」

「ちッ、生まれ持った身分なんて、ただ運が良かっただけじゃないかよ」


 そして、この場での命の軽さを証明するように、盗賊の一人がこう口にした。



「ああ、もうウザいから殺そう」



 ああ、そうだなと、他の二人の男達ももはや異を唱えずただ口々に同調する。


 そして男の一人のが、俺の首元に手を伸ばしてくる。

 だが、それに抵抗するだけの気力はもはやなく、絶望していた俺はただそれを見ていることしか出来なかった。


 首に手がかかり締め付けられることで、呼吸が出来ず苦しさの余りたまらず相手の手を掴む。

 しかしそれは抵抗というより、本能的な反射に近い行動でしかなかった。

 ――どちらにせよ大人の腕力に敵う筈もなく、そんな僅かな抵抗すらも次第になくなってくる――

 そして、視界がブラックアウトしそうになったその瞬間――


「アルス!」


 ――その声が耳に届いた。




「あ?誰か来たぞ」

「……その様だな」


 首を掴んでいた男がその声で反射的に首から手を放し、意識を声がした方に向ける。

 そのことでそれは自身が見せた幻想などではなく、そこで初めて現実だと認識し、咳き込みながらも声の発せられた方向を見やる。



「……バカな」



 その余りの非現実的な状況を信じられず、思わず口から呟きが零れる。



 そこに居たのは、姉のセレスだった。




 そう、セレスただ一人だけ、だったのだ。






「ほう、女か」

「くく、今日は本当に運がいいな」

「売れば、こんなガキより高値が付くだろうし、俺たちで楽しむことも出来るぞ」


 盗賊たちが下卑た笑みを浮かべる。






 そんな中、俺は最悪がまだ始まってすらなかったのだと、真の絶望はこれからなのだと――







 ――そんなことを無意識に予感したのだった。



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