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リーゼ


 この季節のヴェルシュタインには珍しく朝露が降りていた。

 馬車の前には、ヴェルシュタイン一家が勢揃いしている。今日は遂にリーゼがオスヴァルト侯爵家に輿入れする日。

 最初に口を開いたのはリーゼだった。


「お父様、お母様」

「身体に気を付けるのですよ」

「貴族の義務を果たしてくるのだ」


 両親の言葉に頷いて抱擁を交わした。

 両親から離れると、今度はセレスとラルが続けて声をかける。


「手紙をたくさん書くわね」

「ありがとうございます、セレスお姉様」

「ハンス殿を良く支えるのだぞ」

「ふふ、ラルお兄様もですね」


 リーゼは二人ともそれぞれ抱擁を交わして、最後に此方へと視線を移した。


「……アルスお兄様」


 彼女の瞳を見つめる。

 アメジストに輝く瞳が、アッシュブロンドの前髪の向こうで揺れていた。


「……」


 俺はリーゼに何と声をかければいいのか、この期に及んで迷っていた。

 ――自分の力不足ですまない、か。それとも、ヴェルシュタイン家のためにありがとうだろうか――どれも相応しくない気がする。

 だったら、妹の幸せを願いただ黙って抱擁を交わせばいいのだろうか?

 多分、それは間違いでは無い。

 だけど――

 ぎゅっと、右手に掴んでいた本を握り絞める。

 思考が纏まらない中、口を開いてみるが、結局それが言葉になる事は無かった。


「――リーゼさん」

「ノーラお義姉様」


 それを見かねたのかノーラが俺とリーゼの間に割り込んでくる。


「ヴェルシュタイン子爵家とオスヴァルト侯爵家には大きな国力差があります」


 ノーラの言葉にその場にいた全員の表情が硬くなる。


「ですから時に蔑ろにされることもあるかもしれません」


 俺は堪らず口を挟む。


「ノーラ!そんなにリーゼの不安を煽るようなこと言わないでくれ」

「不安なのはリーゼさんではなく貴方達でしょう?今大切な話をしているので、邪魔しないで下さい」


 鋭い眼差しで一瞥する。そこにはそれ以上有無を言わせない力強さがあった。


「これが杞憂なら構いません。ですが、この心配が現実になった時は――」


 リーゼの瞳を見据える。


「戦うのです。たとえたった独りだとしても」

「……戦う」


 リーゼが困惑の表情を浮かべる。


「そうすれば、いつかお伽噺のように王子様や騎士様が現れる、と無責任なことは言えません」


 首を左右に振って後を紡いだ。


「ですが、ノーラさんにはお兄様が居るでしょう?少し歳が離れていて優しくもない兄ですが」

「……」

「それでも、妹が戦っている中で、それを見て見ぬふりをするほど愚かでは無いはずです」


 そうですよね?とノーラが挑発的な視線で問いかけてくる。


「当たり前だ」


 語尾を強めて即答する。

 ――誘導された感が否めないが、何をすべきか、何を言うべきかが頭の中で纏まった気がした。


「ヴェルシュタインはこれから強く大きくなるよ」


 一歩リーゼに近寄った。


「リーゼを辺境にあるたかが子爵家の一令嬢で終わらすつもりは毛頭無い」


 今回の政略結婚そのものが問題なんじゃない。ヴェルシュタインが――否、俺が弱いことが問題なんだ。

 だったら答えは単純、ただ強くなればいい。

 諸侯たちが無視できないほどヴェルシュタインが大きくなれば、リーゼの待遇や地位の向上を求められる。何かしらオスヴァルト侯爵家に問題があった場合でも、リーゼを取り返す選択肢だって生まれる。

 俺はリーゼの幸せをただ祈るだけで終わらせるつもりは無い。確かに彼女の幸せをただ一心に祈る行動は美しくあるのだろう。


 ――他の家族はそれで構わない。彼らはずっとリーゼと真剣に向き合ってきたのだから――


 だが、俺がそれをするのは卑怯だ。

 今の今までリーゼと真剣に向き合わなかった俺では、それは逃避であり思考停止に等しい行為だと思うから――


「これを」


 俺は握り締めていた本を差し出した。


「……これは」

「女騎士の主人公が強大な敵に立ち向かう童話だよ。餞別として受け取ってくれると嬉しい」


 アレクシアをモデルにした物語だと伝えられている。


「私も今まで以上に力を尽くす。だからリーゼも頑張ってくれ」


 彼女は大切そうに本を胸で抱きしめる。


「……はい」


 そして、ゆっくりと抱擁を交わした。

 リーゼにぎゅっと抱きしめられ体温が伝わってくる。


 しばしの抱擁あと別れの言葉を告げる。


「……元気で」

「お兄様も」


 リーゼが目元をぬぐいながら笑みを浮かべた。


 ――もしかしたら、この時初めて俺はリーゼと本当の意味で向き合えたのかも知れない。





 地平線の彼方までリーゼの馬車を見送ったあと、その場には俺とノーラの二人だけが取り残されていた。

 部屋に戻ろうと、身体を翻したノーラを呼び止める。


「ノーラ、ありがとう」

「……何がですか?」


 振り返ったノーラが怪訝な表情を浮かべて首をかしげる。


「リーゼの事をあそこまで考えてくれて」


 誰もが触れないでいた現実から、彼女だけは目を逸らさなかった。それはリーゼの事を最も真摯に考えてくれたという意味に他ならない。


「私は何もしていませんよ」


 彼女は何でもないように否定する。


「仮に何かしたとすれば、それはリーゼさんの情けない兄に蹴りを入れただけですから」


 そうでしょう?と視線が尋ねてくる。


「私を嘘吐きにしないでくださいね?旦那様」


 今度こそノーラは踵を返した。


 その背中に。

 俺は無言で呟く。


 ――嘘吐きは君だろう、汐璃。



 声にならない声をかけ、俺は朝露のあとの晴れた空を仰いだ。

突然ですがここで第一部完とさせて頂きます。


本当にこの作品を楽しんで、更新を心待ちにして頂いた方には申し訳なくて、話を書くことが一番の恩返しだとは理解していますが、現状では書く気が起きないのに引き延ばし続けるのは、もっと申し訳ないことを自覚して、此処で一旦完結とさせて頂きました。


色々ありましたが、この作品そのものは自分も好きなのでどれだけ長くなってもいつか必ず完成させます。これは読者のためではなく自分のために。


しかし、第二部を書くまで待っていて下さい、なんてとても言えません。


ただ、此処まで読んでくれた方、本当にありがとうございました。なろう処女作であるこの作品が他者に評価された時は本当に嬉しかったです。



※第二部はこの次から始める(予定)なので一応、連載設定にはしておきます。

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