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転生者

 

 背中に冷たい汗がつたう。


「――転生者なのか?」


 今の言語は間違いなくネイティブな日本語だった。

 ――前世の事は記憶から薄れつつあるとはいえ、日本語とそうでないかを聞き間違える程では無い――

 徐々に冷静な思考を取り戻す。


「……そもそも、俺が転生者であることをどうやって知った?」


 落ち着いて考えれば当たり前の疑問。


「自分が転生者である事は、この世界の誰にも言ってはいない」


 石鹸作りや戦の内容から、転生者であると推測したのだろうか?

 ――だが、石鹸そのものは、この世界で既に開発されていた――

 俺がやったのはアレンジだ。しかも、それは結果的にすぎない。

 ――つまり、下地はあるのだから、現地人でも運よく開発できた可能性は十分に考えられる。俺が転生者とは断言できない――


 それは戦の内容に関しても同じことだ。

 ――引き込んで包囲殲滅というのは、俺にとって釣り野伏が馴染み深かっただけで、この世界でも戦術自体はありふれている――

 俺の行動は軍事的な改革や画期的な内政というような、転生者と断言できるほどの革新的なものでは無い。


 ――だが、一つ一つは決定的証拠にならなくとも、それが続けば転生者だと疑念を抱くことは考えられるか――

 思案に暮れていると更なる疑問が思い浮かぶ。


「――いや、それ以前になぜ俺が高島圭一であることを知っている?」


 今までの行動からだけでは転生者である推測が付いても、高島圭一という個人を特定するまでには至らない。

 それでも可能性があるとすれば――


「前世で高島圭一と面識があった、か」


 前世で面識があったために、些細なしぐさや雰囲気などでアルス・ヴェルシュタインと高島圭一の共通点を見出したのか。

 しかし、容姿が全く違うのだ。只の知人ではその推測すら立てられないはず。前世で相当親しかった人間だと考えるべきだが――


 ノーラを正面から見据える。


 ――碧眼、の瞳――


「……まさか、いやもしかして、汐璃――望月汐璃なのか?」


 碧眼の瞳に問いかける。



「……」


 相手の反応を待つ。

 彼女は何も答えない。何処までも沈黙を貫くだけだ。

 ――そして、それが何よりの答えになっていた――

 この場面での沈黙は肯定に等しい。


「……どうして何も答えないんだよ」

「……」

「おいっ!」


 思わず感情的に声を荒げる。

 そして、直後に感情の高ぶりを恥じ、一度落ち着こうと深く息を吐いた。


「応えてくれ」

「……前世での個人的なことは何も言えない」


 瞳を伏せたノーラがようやく口を開いた。

 言いたくない、ではなく何も言えない?――何か事情があるのか?


「だったら、俺に伝えたい事とは何だ?」

「……私が転生者であるということ、ただその一点を伝えたかった」

「嘘だな」


 俺はすぐに切り返す。


「転生者である事実を伝えたいだけなら、あそこで俺を高島圭一と呼ぶ必要はない」

「……」

「それに、転生者である事を告白する意図も読めない」


 転生者である事を告白する理由として、最初に思い浮かぶのは情報共有だ。しかし、それもないらしい。


「君の言動は支離滅裂だ。矛盾しているとしか言えない」


 至極当たり前の事を指摘したつもりだった。


「……矛盾」


 なのにノーラは予想もしてなかったことを指摘されたという様子で目を見開く。


「……確かにその通り。少なくとも周りにはそう見えるでしょう」

「何だよそれ」


 独りごちた言葉の意味を問い詰めたが、ノーラは黙り込んでしまう。



「……はあぁ」


 大きなため息が口から漏れる。

 一見すると理屈に合わない言動も、それは俺の情報不足からそう見えるだけで、実は辻褄があっているのか?


 ――何が何だか分からなくなってきた――


 しかし、俺の事を高島圭一だと言い当てた事からして十中八九、ノーラと汐璃は同一人物だ。これはまず間違いない。

 だけど、俺の記憶にある彼女と何処か違う。それが何なのかは上手く言えない。


 ――異世界での生活で性格が大きく変わったのだろうか?――


 十分に考えられることだ。俺も前世と現在では性格も少なからず変化している。

 実際、この世界に転生した当初の頃は、先人の名言に依存することで――中二病である事で心を保っていた。

 今はこの世界にも慣れてその必要もない――というより、日本と違って時間で解決する事が圧倒的に少ない。治安最悪のこの世界では現実逃避で時間を浪費していると明白に詰む。

 それを成長したと言い表すことも出来るが、余裕がなくなったとも言えるし寂しくないといえば嘘になる。あんな中二病ですら俺が日本で暮らしていた証だったのは確かだ。

 ――黒歴史ですら名残惜しいのだ、自身の知っている汐璃と大きく性格が変わったのだとすれば、まるで心に穴が開いたような喪失感を覚える――

 そこで首を横に振る。


「……いや、これから長い付き合いになるんだ」


 焦って結論を出す必要もないか。


「まあいい」


 当然いい筈ないが、敢えて口にすることで仕切り直す。


「話を変えて本題に入ろう」

「……本題?」


 ノーラが訝し気な表情を向ける。


「これはヴェルシュタインの当主としてシュミット伯爵家の令嬢であるノーラ嬢に訊きたいのだが――」


 勿体付けた前置きを口にする。


「――シュミット伯爵家の詳しい内情を教えてほしい」

「……何故ですか?」


 ノーラはシュミレット伯爵家令嬢の立場として警戒心を隠さない。その証にいつの間にか敬語に戻っている。


「そんなに警戒しないでくれ、ヘルムート子爵の策を読むのに正しい情報が欲しいだけだ」


 自分以外に転生者が居たという話も重要だが、此方もまた同じぐらい重要な話だ。


「シュミット伯爵家とヴェルシュタインが近いうちに協力して、ヘルムート子爵家に攻め込むのは君も知っていると思う」


 三国同盟の意図の一つが、それである事は隠せない。眼前の彼女がこうして嫁いできたのもそれが理由だ。当事者であるノーラが分からないはずが無い。


「そのことはヘルムート子爵も理解している以上、大人しく滅亡を待つはずない。間違いなく何か対策を打っている」

「なるほど、それでシュミット家の内情が知りたいと」

「……話がはやくて助かる」


 ヘルムート子爵は、ヴェルシュタインへの妨害、オスヴァルト侯爵に対する工作、ウーラント辺境伯との同盟などの大きな動きを見せていない。


 ――であるなら、シュミット伯爵家に対して何かしら工作を仕掛けている事が考えられる。そして、その心当たりも――


「シュミット伯爵家の内情――特に義父上とロンベルク子爵の正確な関係が知りたい」


 シュミット伯爵とロンベルク子爵の対立は有名だ。工作の火種としてはこれ以上の物は無いだろう。

 すると、ノーラが言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。


「……お父様と叔父様の関係は外から見える程険悪でないと思います」

「何?どういう意味だ?」


 予想外もしてなかった発言。


「二人とも本当は仲がいいとでも?」

「仲がいいとは言いません。でも最悪というほど険悪な関係で無いのは確かです」


 ノーラは後を紡いで、今度は此方に問いかける。


「そうでないと説明が付かないことが多いとは思いませんか?」

「……言われてみれば、確かにそうかも知れない」


 シュミット伯爵が当主を継承してもう十五年になる。それは十五年もの長きに渡ってシュミット伯爵家内部では火種が燻っているという意味だ。

 だが逆に言えば、それは火種でしかない――つまり、十五年間大きな混乱が無かったということ。


「二人の対立は、曲りなりに領地を纏めるための演技なのか?」

「そこまでは一介の令嬢に過ぎない私如きでは分かりません」


 ノーラは、ただ、と後を引き継ぐ。


「一つ言えるとすれば、叔父様はシュミット伯爵家の当主継承に積極的でないという事だけです」


 俺はノーラの結論に頷きを返す。


 これ程分かりやすい火種だ。十五年間もの長い間、シュミット伯爵家と敵対する勢力が煽らなかったはずが無い――前代のヘルムート子爵などもロンベルク子爵に対して何かしら工作していはず。

 だがそれでも、決定的な対立までに発展しなかった以上、ロンベルク子爵はシュミット伯爵家の当主の座にそれほど強い関心を抱いていないと考えるのが自然だろう。


「だとすると、今回のタイミングでロンベルク子爵派が離反する可能性はそう大きくないのか?」


 今回の三国同盟を纏めたことでシュミット伯爵の評価は内外で高まっている。

 そして、オスヴァルト侯爵もヴェルシュタインもシュミット伯爵家の混乱を望んでいない。従って、ロンベルク子爵派が離反すれば孤立する。

 そもそも、シュミット伯爵家が圧倒的に優勢な状況で離反するとは思えない。そのつもりなら、今よりずっといいタイミングは幾らでもあった。


「逆にシュミット伯爵家が劣勢に追い込まれれば、離反工作も上手くいくかもしれないが、それでは本末転倒だ」


 ヘルムート子爵からすれば現状を少しでも改善するための離反工作のはず。


「となれば、狙いは他にあるのか?」


 火種が一目瞭然故に、此方がそこを警戒するのも織り込み済みだろう。


「だとすると警戒、意識させることそれ自体が目的か?」


 婚姻関係とはいえ、ヴェルシュタインがシュミット伯爵家に過度に干渉する事は不可能だ。

 ロンベルク子爵派の離反を警戒した、ヴェルシュタインが実現可能で有効的な対策。

 それは――


「ロンベルク子爵派の裏切りに対する抑えとしてヴェルシュタインがシュミット伯爵軍と連合軍を編成し、同一の戦場に集まること」


 現状の進攻計画は、シュミット伯爵家とヴェルシュタインが西と南から同時に進攻して、ヘルムート子爵家に負担をかけさせるというものだ。

 各々独自に進行した方がヘルムート子爵家に第二戦線を構築させ、より兵站の負担を強いる事が可能となる。まあ、各個撃破されるリスクもあるが、下手な連合も連携不足で弱点となりえる事は両男爵の失敗からも読み取れる。


「これがヘルムート子爵の狙いか?」


 実際に口にしてみると、途端にそんな気がしてきた。

 幾らヘルムート子爵が有能だとしても体は一つしかない――とすれば、戦線を一つにまとめる事が目的なのは十分に考えられる。第二戦線が存在していては、どちらか一方の指揮しか直接執ることは出来ない。

 ロンベルク子爵派の離反が難しいとするなら、敢えてそれを餌として同一の戦場に誘い込む。


「これなら、他に動いている様子が見られない事にも説明が付く」


 離反を成功させるなら、少しでも此方の警戒、意識を他に逸らした方がいいに決まっている。ブラフでもいいから手広く動くべきだ。


「まあ、他にも謎は残っているが……」


 ふと、視線を上げると、碧眼の瞳が此方を見ていた。


 ――はっきり言ってそれは心地よいものではない。例えるなら、科学者が何度も繰り返した実験の結果を観察しているような――


「……君はヘルムート子爵が何を考えていると思う?」


 その視線から逃れたかったのと、ノーラが汐璃である明確な確信が少しでもほしいという願望も働きそんなことを訊いてみる。


 結果は――


「一令嬢の考察を聞かなければならない程、ヴェルシュタイン家は人材難で当主である貴方は無能なのですか?」

「……ちょっと聞いただけで酷い言われようだな」


 取りつく島もないとは、まさにこのことだろう。




「はあぁあ」


 自然とため息が零れる。


 ――謎が多く人を食ったような女だ――


 彼女が何者なのか、関係がこれからどうなるか、はっきりと断言する事はできない――それでも、確かな事がある。



 ――また一つ、気苦労が増えたということだ――

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