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鏡写し

 

 ヴェルシュタインに使者が訪れて一か月後。

 俺は護衛の兵百名を率いて陞爵のため王都へ向けて出立――

 そして往路の途中、シュミット伯爵家の領都シュトラに立ち寄っていた。


 使用人に見覚えのある部屋に案内され、五年ぶりに足を踏み入れる。

 出迎えたのは記憶より年老いたシュミット伯爵――


「閣下、お久しぶりです」

「おお、アルス。暫く見ないうちに大きくなったな」

「――此度は、御尽力を賜り、御礼申し上げます」


 シュミット伯爵は、今回の陞爵に際して、主な宮廷貴族たちに対する根回し、それに伴う工作費用、そして国王陛下、側近に対する献金など、色々とヴェルシュタインに取り計らっていた。


「何、オスヴァルト侯爵家の力添えもあったのだ。大した労では無い」


 微笑みながら何でもないように言い切る。

 ――実際、それは事実だろう――

 乱世の王家、宮廷貴族は権威が衰退している。

 宮廷貴族は官僚として俸給を得ている。そして、その俸給は王国各地にある領地からの税収で支払われていた。しかし、王国が大規模な内乱、乱世の時代を迎えたことでたちまち税収が途絶えた。すると、当然王家、宮廷貴族たちは困窮した。

 そんな状態の宮廷貴族たちに、男爵家の陞爵程度の要求を通すのは、王国有数の諸侯であるオスヴァルト、シュミット両諸侯にとって容易なことであろう。

 今回の費用もヴェルシュタインにとっては大金でも、豊かな富を有する両家にとっては痛くも痒くもない程度の金額でしかない。


「それに、甥――いや、ノーラの婿殿のためだ。その家格を上げるのに協力するのは当然のこと」


 陞爵の理由は、婚姻関係、延いては三国同盟の為に、家格の釣り合いをとるためと表向きにはなっている。

 だが、これが只の建前であることは明白だ。両諸侯は自分たちの利益の為に、それぞれヴェルシュタインの陞爵に取り計らった。

 とはいえ、そんなことは口にできる筈もなく、俺はただ黙って頭を下げる。


「――それで、いつ頃領内を纏められそうかな?」

「一年もあれば」


 当主の代替わりに急激に領地拡大と、様々な出来事が重なりヴェルシュタインの領内は現在、安定しているとは言い難い状態にあった。

 しかし、両男爵全軍を捕虜にし、抵抗を許さず降伏させたことで、領内がそれ程荒廃せずに済んでいた。当主も若輩とはいえ、今回の戦が最大の実績になり、家臣たちも大人しく従っている。

 一年で領内を纏めるのも十分に可能だ。


「では、一年後に協力してヘルムート子爵家へ出兵しようではないか」


 今回の三国同盟で様々な不利益を被っているヴェルシュタインだが、それでも全くメリットがない訳ではない。

 最たるものが、ヘルムート子爵家に対する共同戦線だ――

 この同盟で今まで以上に、ヘルムート子爵家へ戦力を振り分けられ、シュミット伯爵家との連携も容易となる。


「長年の仇敵だったヘルムート子爵家を、遂に滅ぼす時が来たのだな」


 上機嫌に高笑いするシュミット伯爵、それを見て思わず眉を顰めた。


「閣下、油断なさらないで下さい」


 しっかりとその目を見据える。


「当代のヘルムート子爵は父、ドミニクに完勝しました」


 両男爵を動かしたのもヘルムート子爵の策略です、と釘を刺す。


「はは、流石はヴェルシュタインの麒麟児、若いながら深慮深いな」


 シュミット伯爵は〝同盟者、婿として心強いぞ〟と付け加え、後を紡ぐ。


「だが次の戦では、当家の動員する兵力は五千を超える」


 シュミット伯爵家は東南の安全を確保できた事で、ほぼ全軍を北に差し向ける事が可能な状況にある。


「ヴェルシュタインも合わせれば戦力は六千を超えよう。それはヘルムート子爵家の動員兵力、三倍に相当する戦力だ」

「三倍だろうと必ず勝てるとは限りません」


 歴史的に三倍の兵力が敗れた例などいくらでもある。最近では両男爵家がまさにそうだった。


「なるほど……お主がいうと説得力がある。だからこそ、ますます我が方は盤石だな」


 全く聞く耳を持たないシュミット伯爵に、俺は思わず臍を噛む。


「それにヘンゲル・ブラント両男爵家を動かしたといっても、結果だけ見ればヴェルシュタインの勢力拡大を許しただけではないか」


 ――そうか、これがヘルムート子爵の脅威度に齟齬を生み出している原因か――


 当事者の俺からすれば、アレがたった一つの間違いで即詰みに追いやられていたと、身に染みて理解している。


 敗北は元より只の勝利すら、状況を打開するに至らず。寧ろ両男爵の結束力を強め、それ以降にチャンスがあったかどうかすら分からない。少なくとも二度目以降は、間違いなく警戒されたことだろう。

 それに中途半端な勝利――つまり、当面の脅威が去った状況では、逆にヴェルシュタインの分裂を招いたかも知れない。脅威が薄れれば余計なことを考える。俺が両男爵相手にした事と同じだ。


 ――あの勝利は、初陣なのに勝てたのではない。初陣でしか勝つことを許されなかったのだ――


 そんな若年当主の圧勝しか道が残されていない――否、そもそも道など残されていなかった。


 ――転生者というイレギュラーさえいなければ――


 俺は前世の知識や少なくない運にも助けられ、そのか細い道を走り抜ける事が出来た。

 それ故に、ヘルムート子爵の脅威が、ヴェルシュタインの衝撃的な勝利で上書きされてしまったのだろう。


 ――ヘルムート子爵の脅威度を、シュミット伯爵が正確に認識出来ないのは痛い――


「確かに、若年の女当主にしては中々戦上手ではあるのだろう――だが、外交や戦略的視点には疑問を抱くな」


 ふん、と鼻で笑って吐き捨てるように告げる。


「我らに対抗してウーラント辺境伯と同盟でも結ぶかと思えばそれもない。これから組むのかも知れないが、後手に回っている以上、その実力の程も察せられる」


 三国同盟の締結など、規模が大きすぎて隠蔽するのは不可能だ。

 ヴェルシュタインに話が来たのが一か月前。話そのものはもっと前から上がっていた筈なので、ヘルムート子爵が未だに知らないとは思えない。

 ――三国同盟の話を知れば、それに対抗するため、ウーラント辺境伯と同盟を結ぶのが定石――


 ヘルムートとウーラントは直接領地が接していない以上、三国同盟ほど劇的な効果は望めないが、陽動程度には使える。


 ――背後に明確な敵を作りだすことで、生まれる活路もある筈だ。


「とはいえ、ヘルムート子爵が戦上手であることは事実な以上、侮り過ぎて足元をすくわれるのも確かに癪だ」


 ふむ、と顎に手を当て考え込む。


「……今回は、様子見も兼ねて手堅く戦うとするか」


 思ってもみなかった言葉に思わず目を見開く。


「戦略的に我々が圧倒的に優位な以上、焦る必要は何もないのだからな」

「その通りでございます」


 ヘルムート子爵家を南と西で挟撃している形だ。背後も絶対に安全とは言い切れないが、抑えとなるオスヴァルト侯爵家が存在する。

 敗北さえしなければ――いや、ちょっとした敗北ではこの優位性は揺るがない。

 それこそ、前提を揺るがす程の大敗でも無ければ――


 その時、ふと、ある事が頭に過った。

 三倍を超える戦力差、複数勢力の連合、完全な戦略的劣勢。

 ――見事なまでに、ヴェルシュタインの鏡写しな状況――



 さあ、今度はそちらの手番だ。どう応える、アメリア・ヘルムート――

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