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政略結婚

 

 ――どうする……断るか?――


 その思考を即座に打ち消す。


 ――いや、拒否する選択肢など端から存在しない。ここで断れば、ヴェルシュタインは孤立してしまう。


 肩を震わせ血が出るほど両拳を強く握り絞める。


 ――それが分かるからこそ、堪らなく悔しいッ――


 貴族の令嬢にとって、家の政治的要素の絡んだ婚姻――所謂、政略結婚は宿命と言っていい。俺にとってもそれは同じだ。当主を継承した時点で、そのことを決断する事は回避できない。

 だけどせめて、その縁談はヴェルシュタイン優位な立場で纏めたかった。これではリーゼが蔑ろにされない保証がない。


 更に気に入らないのは、最初からセレスでなくリーゼを指定していることだ。周囲の人間はセレスに、政治的な駒ほどの価値すら見出していないことになる。


 ――ちくしょう――


 込み上げてきたのは、周囲の人間以上に自分に対する怒り。


 ――どうして、あの時――……。


 だが、今の俺には自責の念に駆られる贅沢すら許されない。


「トラウト卿……オスヴァルト侯爵家となれば、お相手は嫡男のハンス殿でしょうか?」


 オスヴァルト侯爵は、既に五十歳を超えている。そうなるとリーゼとの歳の差は四十だ。

 貴族の間ではこの年齢差もなくはないが、三国同盟の性質的に世代は出来る限り合わせておいた方がいい。

 オスヴァルト侯爵家には二十代の嫡子がいる。彼が第一候補なのは間違いない。


「ええ、ハンス殿の第二夫人にと」

「……第二夫人……」


 俺は思わず唇を噛み締める。

 ――この時代、二十代ともなれば普通は妻が居る――

 これが対等な勢力なら、離婚させてでも第一夫人の席を用意しただろうが、ヴェルシュタインとオスヴァルト侯爵家には圧倒的な差がある。

 そこまでする必要もないと侮り足元を見ているのだ。


 ――これ程の屈辱は生まれて初めてだッ――


 だが、何も言い返せない。何故ならヴェルシュタインは――俺は弱者だから。乱世において弱者であることは罪だ。弱者には屈辱を耐える事しか許されなかった。


「……少し時間を頂きたい」

「は?時間ですか?」


 トラウト卿は、この期に及んで一体何の時間が必要なのだと言いたげな訝しげな表情。

 俺は返事を待たずに席を立ち、大広間から退出する――





「――クソがッ!」


 大広間から離れた場所で壁に向かって拳を叩きつけた。


 ――ふざけやがって――


 それでも怒りは収まらず、今度は頭をしたたかに打ち付けた。


「アルス!?何しているのよ!?」


 すると、通路の向かいからセレスが駆け寄って来る。


「どうしたの?今は大事なお話の途中じゃ――」

「……姉上……」

「いえ、それより傷の手当てを――」

「――姉上」


 その尋常でない雰囲気にセレスが思わず押し黙る。


「お話があります」






「リーゼが嫁入りを……」


 説明を聞き終えたセレスがポツリと呟く。


「……年齢的には、私の方が適当に思えるけど」

「……」

「そう」


 返事ともため息ともつかない声を漏らす。その沈黙で全て察した様子だった。


「それでリーゼの嫁入りと貴方が自傷している事は一体どうつながるの?」


 思ってもみなかった反応に俯かせていた顔を上げる。


「姉上は悲しくないのですか?」

「寂しいとは思うわよ」


 でも、と引き継ぎ語った。


「貴方の様に、まるでこの世の終わりとでも言いたげな過剰反応はしないわよ」


 〝それこそ政略結婚そのものに拒絶反応を示しているみたいな〟と続ける。


「私が過剰に反応していると?」

「ええ」


 問いかけにセレスは頷く。


「貴族の令嬢にとって政略結婚は貴方やラルが戦場に行くのと同じよ」

「……戦場」

「アルスは出陣する時、行きたくないと泣き喚いたのかしら?」

「……」

「貴方が本当は弱虫なことぐらい知っている。だけどアルスは決して泣き喚かなかった、少なくとも私達が見ている前では」


 セレスの視線が鋭さを増す。


「貴方が先日、何倍もの敵と戦いに行く姿を見て私達家族が何も感じなかったと思っているの?」

「……ですが、リーゼは未だ十二歳、オスヴァルト侯爵家に嫁げば孤立無援を強いられる」


 リーゼにも何人かの使用人は付き添わせるつもりだが、ヴェルシュタインでの生活に比べて気を許せる相手は殆どいなくなるだろう。

 戦場とはいえ、俺は十五歳で他にも家臣や兵士達、沢山の味方がいた。リーゼとは話が違う。


「だから何よ?」


 しかし、セレスはその反論を歯牙にもかけない。


「アルスの初陣は十歳――そして、誰の責任にも出来ないその立場故に、決断する場面では、常に精神的な孤独を味わってきた筈でしょう?」

「……それは」


 後に続く言葉が思い浮かばなくて思わず言いよどんだ。


「それに、先ほど貴方自身が言っていたじゃない」

「……何をですか?」

「戦場にルールなどない。重要なのは過程ではなく結果だと」


 それはセレスに向かって自分自身が言い放った言葉。


「用意された戦場でしか戦えない、なんて言い訳は許さないと、ラルには言っておきながら、リーゼには求めないの?」

「リーゼは――」

「――女でか弱いから?」


 セレスに言葉を先取りされる。


「あんまりバカにしないで」


 鋭い瞳で見据えてくる。


「リーゼは――いえ、私達はそこまで弱くない」


その声は否定を許さない力強さを潜ませていた。


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