表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/69

使者

 

「お館様!」


 ルッツが駆け寄ってくる。


「どうした?」

「シュミット伯爵家から使者が向かってきます」

「……そうか」


 シュミット伯爵家から何らかのアクションがある事は予想していた。


「ヘルムート子爵家に対する連携強化が目的だろうか?」

「私もそう思いますが」


 思い当たるのは共通の敵、ヘルムート子爵家に対する共同戦線の確認と調節ぐらいだが……


「とにかく会わなければ」

「私も行こう」





 大広間――

 中央に赤絨毯が敷かれている。

 絨毯の左右には家臣達が並んでいた。

 その中には見られない顔がちらほらと――彼らはヘンゲル・ブラント両男爵家の元家臣だ。主家である両男爵を滅ぼした事で大半の騎士はヴェルシュタインに従った。

 そして中央には四十代と思わしき男が――


「お久しぶりですな、トラウト卿」

「誠に」


 お互いに軽く口元を歪めた。

 思っていたよりも大物が訪れたな……領地が隣り合わせである地理的要因も加味すればおかしな話ではないが――


「今日は良きお話を持ってまいりました」

「……良きお話とは?」

「ヴェルシュタイン卿、我が主君の姫ノーラ様を貰って下さりませんか?」


 思いもよらなかった話に一瞬、不意を突かれた。


「私とノーラ嬢が……」


 四年前、月光に照らされた庭園での邂逅が頭に過る。

 ――正直、あんまりいい思い出は無い、結婚すれば苦労が絶えなさそうだ――


 そこで、意識を切り替える。


 ――いや、重要なのは個人の感情では無い、貴族としての損得勘定で考えろ――


「しかし、当家とシュミット伯爵家は既に姻戚関係ですが……」

「我が主はヴェルシュタイン男爵家と更なる縁を結びたいと」


 勢力拡大を成し遂げたヴェルシュタインと俺に、シュミット伯爵家が更なる利用価値を見いだしたのは理解できる。

 だが、二代続けて縁を結ぶほどだろうか――

 シュミット伯爵家は一男二女。この時代では決して子沢山という訳では無い。

 それだけ貴重な令嬢――ヴェルシュタインより別の家に嫁がした方が味方を増やせる。ヴェルシュタインとの連携強化は何も政略結婚だけではない。

 そんな疑念を抱いていると、トラウト卿が再び口を開いた。


「この縁談を受けて頂けるのでしたら、ヴェルシュタイン男爵家の陞爵に口添えしようと」

「陞爵ということは子爵位に?」


 通常、貴族が陞爵する為には、外国との戦争で武勲を上げるなり、何かしら功績が必要になる。そういう意味では、王国に貢献していないヴェルシュタインが、子爵位に陞爵するのは不可能と言える。


 だが、群雄割拠の戦国乱世であれば話は別だ。

 先ず、現状のヴェルシュタインは両男爵家の領地を占領している訳だが、これは王家に認められた領地では無い。王家から見れば不法占拠だ。

 当然だが、不法占拠は王家の権威を否定する行為になる。

 しかし、乱世の王家にそれを咎める力などない。


 そこで王家はこう考えた〝このまま不法占拠されるぐらいなら、いっそ事後承認してしまおう〟と――

 要は、領主が奪った土地を名目上、王家に叙勲されたと領地として扱うわけだ。

 こうすれば、王家の権威は最低限保たれ、領主達は奪い取った領地を王家から叙勲されたと内外に正当性を示せる。


 ――認めても権威の低下は避けられないが、認めなければ権威の否定につながる以上、選択肢などない――

 悲しいかな、ここまでしなければ権威を保てないのが乱世の王家だ。

 そして、これが乱世の終わらない理由の一つでもある。


「……ですが、オスヴァルト、ウーラント両諸侯がどう思うかを考えると……」


 現在、ヴェルシュタインは両諸侯との関係改善の真っ最中だ。そんな状況で子爵位に陞爵など両諸侯の神経を逆なでする行為でしかない。

 確かに陞爵すれば、両男爵家の元家臣達に領地支配の正当性を示せるメリットもあるが……現状では、それ以上にデメリットの方が大きい。

 ――つまりこの状況で陞爵など、何の報酬にもなってはいないのだ――


「その点につきましてもご安心を――口添えするとは何も王家に対してだけではございません」


 トラウト卿は笑みを深めた。


「オスヴァルト侯爵家はヴェルシュタイン男爵家の陞爵を容認すると」

「何?」


 思わず目を見開く。

 この場合、陞爵を認めることは、ヴェルシュタインのヘンゲル男爵領支配の正当性を認めるに等しい。

 ――オスヴァルト侯爵がヴェルシュタインの陞爵を容認する理由などない筈――


「一体なぜ?」

「我が主は、当家とオスヴァルト侯爵家、ヴェルシュタイン男爵家の三家で三国同盟を結びたいのです」


 そして、トラウト卿は続けざまに付け加える。


「そのために、オスヴァルト侯爵家の長女シャルロッテ嬢を当家にお迎えする内諾を得たのですから」


 その言葉に内心で臍を噛んだ。


 ――クソッ!何が三国同盟だ!三国同盟と言えば聞こえはいいが、実態は二国間の同盟と属国ではないかッ――


 シュミット伯爵家とオスヴァルト侯爵家は、同盟すれば背後の安全を確保でき、それぞれの仇敵に戦力を集中できる利害関係にある。

 そして、両諸侯はヴェルシュタインと同盟しているだけでヘルムート子爵とウーラント辺境伯に対する陽動になる。何よりその国力差を背景に援軍を要請されればヴェルシュタインは援軍を出さざるを得ない。


 此処までくれば陞爵の本当の狙いにも気が付く。

 ヴェルシュタインが陞爵すれば、ウーラント辺境伯と敵対関係になるのは避けられない。

 ヘルムート子爵だって面白くはないだろう。

 従ってウーラント辺境伯、ヘルムート子爵と関係が悪化する以上、ヴェルシュタインが生き残る為には、積極的にシュミット伯爵とオスヴァルト侯爵家に協力せざるを得ない。


 ――子爵位は報酬という名の鎖なのだ――


 まさか勢力拡大の影響がこんな形で表れるとは――

 ――否、緩衝地帯がなくなり、ヴェルシュタインの動員兵力が千を超えたのだ。こうなる事は必然と言ってもいい。


 其処まで思考を巡らせた所である事に気が付く。


「……三国同盟ということは、ヴェルシュタインからも――」


 すると、トラウト卿が口元を歪めて先取りする。


「ええ、ヴェルシュタイン男爵家のご令嬢――リーゼ嬢をオスヴァルト侯爵家に嫁がして頂きたい」




 俺は、ヴェルシュタインの当主として大きな決断を迫れらていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ