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疑念

 

 ヴェルシュタインの中庭に木剣の交わる音が響き渡る。

 対峙するのはラル――俺は数回の斬り結びから力比べのつばぜり合いに持ち込む。

 すると、力比べは不利と見たのか、バックステップで後方に飛びのいた。


 俺は即座に追撃するを開始――

 ――直後、顔面に向かって刺突が繰り出される。


 ラルの体勢は悪く踏み込みのない一撃――回避するのも可能だが、顔面という急所なことで、追撃を中止して立ち止まり木剣で防ぐ。

 それをチャンスと考えたのか、今度はラルが踏み込んできた。

 接近を防ぐため反射的に凪ぐように振った木剣は、しかし、それを予想して上体を沈め込ませたラルの動きによって意味をなさない。


「――これで、勝ッ――」


 刹那、自身の勝利を確信したラルが派手に吹き飛ぶ。


 俺は顔面を押えて悶え苦しむラルに歩み寄り、その首筋に木剣を当てる。


「――私の勝ちだな」


 ラルはその痛みと悔しさから顔を伏せて呻く。


「ラル、大丈夫なの!?」


 模擬戦が終わったことで観戦していたセレスがラルに駆け寄る。

 そして、大怪我がないことを確認すると此方を睨め付けた。


「……木剣の戦いに、膝蹴りは狡くないかしら?」


 ――そう、ラルが吹き飛んだのは俺の膝蹴りによってだ。

 刺突を回避でなく防御を選択した場面から、一連の動作は全てこの膝蹴りの為の布石だった。


「姉上、これは初陣の試練なのですよ?」


 両男爵との戦争を勝利で飾りヴェルシュタインに凱旋した頃から、ラルが次の戦には自分も連れて行ってほしいと言い募ってきた。

 それから一か月ほど、まだ早いと何度も断り続けたが、全く聞く耳を持たないラルに、痺れを切らして条件付きで了承した。

 ――その条件が模擬戦で勝利することだ。


「戦場にルールなどありません。重要なのは過程ではなく結果です」

「……」

「姉上も戦場でラルが死ぬのは嫌ですよね?」


 ――自分でも卑怯な言い方だとは思うが、優しいセレスにはこれ以上なく効果的だろう。


「ラル」


 返す言葉を持たないセレスから、今度は視線をラルに移した。


「私のやったことは反則か?」

「……」

「どうしても認められない無効だと言うなら、もう一度だけ再試合してもいい」

「……いえ、私の負けです」


 ラルは歯噛みしながらも敗北を認める。

 ――ここで卑怯だと喚きたてるようなら、どうしようも無かったが、この様子なら大丈夫だろう――


「しかし、どうして其処まで初陣にこだわる?」

「……兄上のお役に立ちたかったのです」


 口を尖らせて、ボソッと呟く。それを見て苦笑いしながら首を振った。


「焦る必要はない。もうしばらく戦なんて貧乏くじは私に任せてくれ」

「ですが!」


 言い募るラルの言葉を先取りする。


「……これぐらいしか兄らしい事が出来ないんだ」


 戦の前、ラルとの間に不和が生じたが、その原因は日頃から、俺がラルと距離を置いていた為だ。

 ――今更後悔しても遅いが、これから距離を詰めようにも当主を継承してしまった。

 当主を継承した以上、今回の事例のように、どうしても冷たく接しなければならない機会が生じる。


「……ッ……」


 ラルが口を開いて、何かを言いかけたが――結局、それが声になる事は無かった。

 そして怪我の手当をする為、二人がこの場から立ち去る。




「――当主の気分はどうだ?」


 すると、背後から声がした。視線をそちらに移すと、父が足を引きずりながら傍まで寄って来る。


「あんまり嬉しくありませんね――家族相手にいい顔一つするのも簡単でない」

「そうだろうな」


 父は満足した様子で、くくと喉を鳴らした。

 ――父は最近、喜怒哀楽を表すようになった――


「なってみれば分かる――否、なってみなければ理解できない」


 この責務の重さはな、と言い捨て、皮肉げに口元を歪める。


 ――その通りだと思った――

 当主を継承した事で、例え家族相手だろうと冷たく振る舞う必要性がある事を思い知った。

 そして、実際に経験したことで、今までどれだけ父に甘えていたのかも――


「――悪かった」


 父が唐突に謝罪を口にした。


「私の力が及ばないばかりに、この若い時期から当主を継承させてしまって」

「……親孝行が少し早まっただけの事ですよ」


 若しくは、父を理解しようと努めなかったツケをこうして支払っているのか。

 ――当主を継承する前なら、父相手にこんな対応は出来なかっただろう――


「それに、まだまだ父上にも働いて貰っています」


 何だか辛気臭くなった雰囲気。それを払拭することも兼ねて別の話を振る。


「ヘルムート子爵家に動きはありませんか?」


 父は隠居して表舞台からは退いたとはいえ、影の育成など諜報活動全般の監督はそのまま継続して貰っていた。


「ああ、相変わらずヴェルシュタインで動いている様子はない」

「……不気味ですね」


 その報告に思わず眉を顰めた。


「ヘルムート子爵家からすれば、勢力拡大を果たしたヴェルシュタインを脅威に感じている筈」


 敵対関係にある隣国が勢力を伸ばしたのだ――裏で扇動など妨害があるのは覚悟していたし、ある程度対策も用意していた。

 しかし、蓋を開けて見れば妨害工作どころか、反応すら見られない。

 ――此処まで来ると拍子抜けと言うよりも不気味だ――


「オスヴァルト侯爵とウーラント辺境伯との関係改善は順調なのか?」

「ええ、今のところ上手くいっています」


 両諸侯から表立っての非難は無かった。

 ――だが油断は出来ない。両家にはヘンゲル・ブラント男爵家の嫡子が居る。ヴェルシュタインを攻めとる大義名分には事欠かない。

 ――まあ、その余裕があるからこそ表立っての非難に繋がってないとも言えるが――


「では、ヘルムートは両諸侯に対する工作もしていないのか?」

「断言は出来ませんが……今のところはその様ですね」


 しかし、本当にそんな事あり得るのだろうか――

 両諸侯との関係を悪化させれば、必然的にヴェルシュタインは混乱する。

 火種には困らないのだ。両諸侯に攻め込ませる事は出来なくとも、関係を悪化させるだけなら難しくない。

 そうなると暫くは両家との関係改善に手間取られ、ヘルムート子爵家に侵攻する余裕はなくなる。


 ――少なくとも俺ならそうする――


 だが、今までヴェルシュタインを苦しめたヘルムート子爵はそれをしない――何故だ?


 単にそれが出来ない理由があるのか?

 それともする必要が無いのか?

 もしくは認識できないだけでやっぱり水面下で何かしら動いているのか――



「……分からない……」



 齢十五の若き女当主、アメリア・ヘルムート。


 顔も知らない強敵が一体何を考えているのか――

 俺は彼女と思考と噛み合わせようと、ただひたすらに思いを募らせた。

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