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閑話 アメリア・ヘルムート

 

 アルスが両男爵家を滅ぼして一週間が過ぎた頃。

 ヘルムート子爵家の領都ヘルスティナ――

 その中心に君臨するヘルスティナ城の一室に赤髪紅瞳の美しき少女が一人。

 彼女こそ、このヘルムート子爵家の若き当主――その名をアメリア・ヘルムートと呼ばれた。


「……ふう……」


 アメリアは本を読んでいた手をとめ、疲れたように息を吐く。

 その直後、部屋に大きな足音が近づいてくる。


「――アメリア様!大変です!」


 バタン、とドアを響かせて足を踏み入れたのは、栗色の髪をした少女。

 彼女の名は、レオナ・リーチェル――アメリアの近衛騎士に任命されていた。


「ヴェルシュタイン男爵軍対ヘンゲル・ブラント連合軍の続報が届きました!」

「レオナの様子からして、ヴェルシュタイン男爵家が逆転勝ちしたのかしら?」


 ヴェルシュタインの嫡男が指揮官として、ヘンゲル・ブラント連合軍と戦い、緒戦で敗北を喫した知らせは、このヘルスティナにも届いていた。

 しかしアメリアは、この状況を描いた張本人でありながら、戦いの行方に大した興味を抱かなかった。どちらが勝とうと大勢に影響はないと思われたからだ。

 ――だが、アメリアの予想は覆される――


「ヴェルシュタインが両男爵家を滅ぼしてしまいました!」

「……誤報、ではなく?」


 思わず漏れたのは否定の言葉だった。


「――ヴェルシュタインの戦力は両男爵の三分の一だったはず」


 ヴェルシュタインが勝つこと自体は想定内であり計算内だった――三倍の敵に勝つのは偉業ではあるが、ただそれだけで大勢に影響はない。


「両男爵家を一戦で滅ぼすには、それこそ文字通りの意味で全滅でもさせないと」

「ええ、ですからヘンゲル・ブラント連合軍は全滅したのです!」


 しかし、勝ちは勝ちでも此処までの圧勝だと話が変わってくる。


「まさか……敵の、それも三分の一程の戦力で全滅させるなんて……」

「正確には全軍を捕虜にしたようですが……」

「……それは殲滅させるより、質が悪いわね」


 それは敵軍をそのまま吸収して戦力を増強したと言う意味に他ならなかった。


「ヴェルシュタインの嫡男は確か……齢十五、であるならこれが実質的な初陣でしょう」


 初陣、それは経験不足だという意味と同時に、実力が未知数でもあるということ――アメリア自身がそうだったのだ。初陣というだけで侮る理由にはならない。


「……その足を引っ張るためにもヴェルシュタイン男爵を瀕死の状態で返したのだけど……」


 アメリアはそこで大きく嘆息する。


「……この様子では、大した足枷にすらならなかったようね」

「――戦前に、嫡男に当主を継承させたとの報告もあります」


 すると、レオナは首を傾げる。


「ヴェルシュタイン男爵家に混乱は無かったのでしょうか?」

「当然あったでしょうね――そして、それを解決する為に戦を利用した」


 目前の脅威を利用することで団結を促す事は定石である。


「だけどこれは解決策と言うより問題の先送り――いえ、諸刃の剣かしら」


 他に手が無いとはいえ勝利が前提の危うい手段。


「戦力差は三倍、普通ならそこで敗北でも喫して、家臣達は不満を抱き、分裂を図る事も可能なはずだったのだけど」


 そこまで弱体化出来れば、シュミット伯爵家も介入してきただろう。そうなればヘルムートから意識を逸らせた。


「それに厄介なのは勝利そのものではなく、反攻作戦を予め計画していたという事実」

「どうして断言できるのですか?」

「――進攻速度が速すぎるのよ」


 戦から滅亡までが幾ら何でも速過ぎる――これ程スムーズに反攻を進めるには予め準備していなければならない。


「三倍を超える敵が目前に迫っている中で、これを機に敵を滅ぼしてしまおうと思い立って実行する」

「……」

「常人の思考力、行動力ではない」


 アメリアは確かに、と言葉を紡ぐ。


「ヴェルシュタインの立場からすれば、これが千載一遇のチャンスである事は事実よ」


 でもね、と後を引き継いだ。


「そのことに気が付くのは、普通戦いが終わったあと」

「……そうかも知れません」

「常人は目前の敵に勝つ方法を考えるので精一杯――これを機に敵を滅ぼそうなんて間違っても思わないし、ましてや実行に移せる筈もない」

「……」

「そして、それをやり遂げるなんて何処か壊れているとしか思えないわ」


 アメリアはこれからの苦労を夢想して思わずため息を吐いた。


「ヴェルシュタイン男爵家は三代続けて名君かしら」

「……二代目は暗君とは言いませんが、凡君では無いのですか?」


 アメリアは眉を顰める。


「自国より大きな勢力に囲まれながら長年独立を保ち勢力を拡大させる」


 それに、と後を続けて、


「今回の戦も成し遂げたのは三代目のようだけど、その手足となる家臣と兵士を育成したのは二代目でしょう?」


 そして〝優秀な後継者を早期に育成したのも〟と付け加えた。


「現状を正しく分析して必要なだけの人材を育成したその手腕は、これだけを取っても称賛されて然るべき」

「……」

「貴方も散々に追い回されたのを忘れたの?」


 先日のヴェルシュタインとの戦いの時、アメリアの影武者を務めたのはレオナだった。


「あ、あれはアメリア様の作戦だったではありませんか!」

「そうだけど、あの策も二代目が戦上手である事を前提としているのもまた事実だし」


 そこでアメリアは首を横に振る。


「いえ、あんまり敵を称賛していても仕方ないわね」

「それではどうされますか?」


 レオナが改めて尋ねる。


「今ならヴェルシュタイン男爵家は急激な領地拡大と代替わりで混乱しています――攻め取るのは難しくない筈です」

「代替わりで混乱しているのは当家も同じよ――短期間に続けて他国に侵略する余裕なんてどこにもないわ」


 しかし、とレオナは言い募った。


「ヴェルシュタイン男爵家は代替わりを経て短期間に連戦し、両男爵家を攻めとる侵略戦を仕掛けていますが?」

「それは戦の性質が違うからよ」

「戦の性質?」

「ヴェルシュタインの連戦は実質的な防衛戦」


 ヴェルシュタインが代替わりを経ても連戦を継続可能としたのは防衛戦だったため。両男爵家に進攻できたのも防衛戦の時点で既に、三男爵家の趨勢が決したが故。


「進攻というより接収と言う方が適切でしょうね」

「……」

「それに領地の規模にも違いがある」


 領地が大きければ大きいほど、代替わりによる混乱も比例して大きくなる。


「後は私が女である事と当主継承までの経緯も……」

「……アメリア様」


 アメリアは自嘲するように口元を歪めた。


「まあ、そういうわけで戦を仕掛けるなんて当分無理よ」

「では密偵を使って掻き回すのはどうですか?」


 レオナは続けざまに提案する。


「両男爵とオスヴァルト、ウーラント両諸侯は姻戚関係でした。ならば密偵を使って両諸侯にヴェルシュタインを攻めさせる事も難しくないのでは?」

「……今の当家には別件で密偵の数が足りないわ」


 レオナの提案に対する主の返答は芳しいものでは無かった。


「両諸侯への工作となると纏まった数の密偵が必要。片手間でヴェルシュタインを相手取っても大した効果は期待できないでしょうね」


 それで本命が疎かになっても困る、と付け加えた。


「それに本命の策が嵌れば、相対的にヴェルシュタインの脅威も低下する」


 すると、アメリアはレオナに不敵に微笑みかける。


「二兎を追う者は一兎も得ず――そうは思わない?」








 レオナが部屋から退室した後、アメリアは椅子に深く腰掛けて目を閉じていた。


「三代目ヴェルシュタイン男爵――アルス・ヴェルシュタイン」


 唐突に呟いたその名は部屋の中によく響いた。


「間違いなく当家にとって強敵」


 初陣にして偉業と呼んで差し障りの無い戦果――これで自身と同世代なのだから末恐ろしいと言うほかない。


「だけど、同時に危うさも感じる」


 アメリアが最初に受けた印象は恐ろしさ以上に危うさだった。だからこそ、何処か壊れていると評したのだ。


「そこを上手く突くことが出来れば――」




 アメリアは顔も知らないまだ見ぬ強敵に思いを馳せる。

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