戦後処理
あの戦から半月後――
ヘンゲル男爵家の領都シュトラの中心に築かれているヘルゲス城――
その内側に高くそびえるベルクフリート(主塔)の最上階に設けられた窓からはシュトラの街並みを一望できた。
その場所から、新たに治める事となった街――シュトラを見下ろしながら、このベルクフリートに思いを馳せる。
ベルクフリートの直径は約十メートル、高さは大体三十メートル、足繁く通っていたヴェルシュタインの側塔とは比較にならない大きさだ。
その理由は役割の違いにある。
側塔が只の一防衛拠点なのに対して、ベルクフリートは攻撃側が外側の施設を占領した際に城の住人に最終的な避難所を提供する最後の砦だ。堅固で巨大に造られているのは当然であるといえた。
しかし、近年では防衛拠点としてのベルクフリートよりも城壁囲廓じたいが重視され、その存在意義は失われている。
――なので、こうして現存しているのは中々珍しい――
実際に、ヴェルシュタインにはベルクフリートが存在していない。此処まで巨大だと維持コストも馬鹿にならない事もある。
無用の長物とは言わないが、コストに見合っているとは言えないベルクフリートのこの場所に、ヘンゲル男爵は足繁く通いシュトラの街並みを眺めていたらしい。
――余程の物好きだったのか、若しくは馬鹿と煙は何とやらというやつだろうか――
「――お館様、此方にいらしたのですか」
背後から呼ぶ声がする。振り返ると、ルッツが心配そうな表情を見せた。
「どうも顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」
「……何でもない、それより何か用があるのではないか?」
話を振ると珍しく喜びを露わにする。
「やりましたね――まさか、本当にヘンゲル・ブラント両男爵家を滅ぼしてしまうとは」
「ルッツの働きあっての事だ」
あの会戦でヘンゲル・ブラント連合軍を捕虜にしたあと、そのまま両男爵家の領地に進攻した。反攻作戦の準備は前もって用意していたのと敵兵站――補給物資をそのまま鹵獲した事で進攻はスムーズに進められた。
兵士の殆どを捕らえ、当主が不在なこともあり、両男爵家は組織的抵抗が不可能。抵抗らしい抵抗は無かったと言っていい。
「しかし、良かったのですか?」
ルッツが眉を顰める。
「両男爵家の嫡子をオスヴァルト侯爵家とウーラント辺境伯家に逃がしてしまって」
両男爵家の嫡子――正確にはヘンゲル・ブラント男爵家一族を誰一人として処刑しなかった。
「両家の嫡子を生かしていては、あとあと問題になりませんか?」
「仕方あるまい、それが降伏の条件だったのだ」
「その様な条件を受け入れずとも、滅ぼすことは可能だったはずでは?」
――確かに指摘通り、あの要求を退ける事は出来た――
それこそ、両男爵家一族が領民を徴兵して徹底抗戦の籠城を選択しようとも簡単に滅ぼせただろう。
兵は領民で補うにしても前線指揮官が存在しない以上、組織的な籠城戦など不可能だ。頭数だけの戦力では、ヴェルシュタインに大した被害を与える事も出来ない。
「自暴自棄になられて、街中に火でも放たれては堪らないからな」
火を放たなくても街を戦場にする以上、少なからず損害が出ることは避けられない。これから自身が統治することになる街を戦場にしたくなかった事が、その条件を受け入れた理由の一つだ。
「それに処刑してしまっては、両諸侯との外交関係に悪影響が出る」
これが両男爵一族を処刑しなかった一番の理由だ。
両男爵家と姻戚関係にあるオスヴァルト侯爵家とウーラント辺境伯家がヴェルシュタインの支配を容認しない事は十分に考えられた。
この両諸侯の動員兵力だが、オスヴァルト侯爵家が約一万人、ウーラント辺境伯家は約八千。ヴェルシュタインも両男爵の領地を奪い動員兵力千百を超えたとはいえ、敵対すれば敗北は必至だ。
だが、打つ手が全くない訳ではない――両諸侯は敵対関係にある。そこを上手く利用すれば活路は開ける。
俺は先手を打ち、両諸侯にシュミット伯爵の存在と強硬策に出ればもう片方の敵方に着くことを匂わせる手紙を書いて両諸侯に送り付けた。
ヴェルシュタインの動員兵力は千を超え――そして、オスヴァルト侯爵家、ウーラント辺境伯家共に領地を接している。
両諸侯からすればヴェルシュタインを武力で押し潰すことは簡単だろう。だが、動員兵力が千を超えるとなるとなれば片手間で相手にする訳にもいかない。
両諸侯の戦力は均衡しているのだ――その隙を突かれる可能性を考慮すれば、懐柔策の方がいいと判断するはず。
それに、シュミット伯爵家の存在も無視する事は出来ない。
オスヴァルト侯爵からすれば、西のシュミット伯爵、北のヴェルシュタイン、東のオスヴァルト侯爵で三方を囲まれる形だ。東部一の勢力を誇るオスヴァルト侯爵家といえども包囲網を形成されれば無事では済まない。
それはウーラント辺境伯から見ても同じだ。領地は直接接していないとはいえ、敵対関係になれば、オスヴァルト侯爵は西と北の安全を確保して戦力を東に集中する事が可能となる。
そうなればヴェルシュタインの存在だって無視は出来ない。
勿論、シュミット伯爵家と姻戚関係とはいえ、ヴェルシュタインのために、諸侯に敵対することなど無いだろう。しかし、この場合に重要なのは軍事的にそれが可能だという点にある。
冷静に打算を働かせれば、懐柔する方が遥かに合理的なのだ。
――だからこそ、問題は感情的になられた場合だ。
両男爵の嫡子や妻を処刑して、姻戚関係の両諸侯が面子を潰されたと、感情的に兵を差し向けられては困る。
冷静に打算を働かせてもらう為にも、鼻から処刑など出来る筈がない。
ヴェルシュタインは勢力拡大を成し遂げたとはいえ、立場は好転するどころか以前より難しい立場に立たされていた。




