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緒戦

 

 雨が降りそうな曇天の下。

 ヴェルシュタインの南東に広がる国境線上の平野には千を超える軍勢が睨み合うように布陣していた。


 内訳はヴェルシュタインの兵力は二百五十、それに対してヘルゲン男爵とブラント男爵の両男爵合わせて約八百と事前の推測通りの結果だ。


 そんな思考を巡らせていた時、本陣に斥候に出した兵士が戻ってくる。


「若、いえ……お館様――」


 ルッツが一瞬、言い間違えそうになった。

 ――俺が父の条件を満たし、家臣達に当主継承を承認されたのが、今から十日前のこと――


「ヘンゲル・ブラント連合軍は十クース(九七二メートル)程離れた位置に横陣の構えを見せています」


 横陣は敵に対して正面を広く縦深を浅くした基本的な戦闘陣形だ。

 この陣形の戦術的な特徴は部隊の脆弱な左右両側面と背面に敵が回りにくくすることを防ぐことにある。

 つまり鶴翼の陣と基本的には変わらない、と言うより横陣の応用が鶴翼の陣だ。


 ――この横陣は戦術的意図もあるのだろうが連合軍故の政治的配慮の結果でもあるだろうな――


 連合軍は通常連携に難があるのと、部隊配置にどうしても政治的な要素が絡んでしまう事から、複雑な陣形は選択することが出来ない。


「それに対し、我が軍は縦陣を展開」


 縦陣は正面に対して狭く縦深が深くなるようにした戦闘陣形であり、機動力を発揮するのに適した陣形である。

 この陣形には部隊の迅速な行軍や機動を容易にする特徴がある。速やかな戦場機動や中央突破を狙った突撃で有効的だ。


 ――まあ、当主が初陣では複雑な陣形は選択できないという理由もあるが――


「ここまでは予定通りだな」


 周囲の家臣達が頷く。

 連合軍の両男爵と当主が初陣のヴェルシュタイン――平地で迎え撃つ構えを見せれば、この陣形になるのは必至だった。


「では、作戦開始だ」


 当主として初めての戦いの幕が上がる。




 戦端が開かれて最初に動いたのはヘンゲル・ブラント連合軍だった。


「進軍を開始せよ!」


 それに応えるかの如く馬上から声を張り上げて、部隊に号令を掛ける。


 ――大丈夫だ、この戦の作戦目標は何一つ難しくない――それこそ実質初陣の俺でも。


 手綱を握り絞めた手のひらが汗で滲んでいる事を自覚して、さりげなく深呼吸を重ねた。

 すると乱れかけた呼吸が次第に落ち着き、改めて戦場を俯瞰する。


 右翼にヘンゲル男爵五百、左翼にブラント男爵三百――ヴェルシュタインから見れば左右は逆転するので、此方から見て左がヘンゲル男爵、右がブラント男爵だ。


 ――どちらも、弓や銃の姿は確認できない。突撃力と進軍速度を優先するために使わないつもりか?――


 弓矢も小銃も弾幕を張るならば、足並みを揃えるため速度を落とさねばならない。

 数が多いのはヘンゲル・ブラント連合軍の方だ――さっさと乱戦に持ち込みたいと考えているのだろう。


 敵の思惑を推測しながら、相手との距離が最初の半分程までに接近する。

 そして、俺は剣を掲げた。


「全軍ッ敵右翼に攻めかかれ!」

「おおお――――ッ!」


 真っすぐ前進していた兵士達が進行方向を僅かに左へと変更する。

 最初から右翼のヘンゲル男爵軍に攻めかかることは全軍に通達していたので混乱は見られない。

 そして、正面に相対すこととなったヘンゲル男爵軍と先鋒が遂に接触し、前線に乱戦が形成される。


「――先ずは優勢だな」


 衝突時は陣形の特徴と練度の高さからヴェルシュタイン優位の戦況を見せる。

 しかし――時間が経つにつれ、数で勝るヘンゲル男爵軍が勢いを取り戻し始めた。


「だが、それ以上に問題なのは――」


 チラリと視線を左翼に向ける。


「ブラント男爵の存在だ」


 左翼のブラント男爵が部隊の右側面を突けば、正面と側面で挟撃される事になり敗北は時間の問題だ。

 だが、実情は混成部隊故に、上手く連携が取れていない様子だった。


「それでも……距離を詰められてからでは、いつの間にか手遅れと言うこともある」


 僅かな逡巡のあと――


「――撤退する、合図を出せ!」


 その命令を機に角笛が戦場に鳴り響く。


「もう撤退するので?」


 ランナーが近寄ってきて確認するように尋ねる。


「左翼のブラント男爵は動き出してすらいませんぜ」

「――作戦目標は既に達成されている」


 現段階で当初の目的は無事に果たされたと言ってよかった。


「ここで無理をして損害を広げる必要はないだろう?」

「……そうですね」


 その言葉に同意するライナーを傍目に、脳内で別の事を考える。

 ――そもそも、どの程度なら包囲が狭まっても無事撤退することが出来るのか、経験不足で判断が付かない――そういった意味でも無理は出来なかった。




 こうして、当主としての初陣は何の意外性もない形で、あっけなく幕を閉じた。

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