四大諸侯
「……シュミット伯爵に援軍を派遣してもらうのは?」
そんな今更とも思える提案をしたのは、ランナーだった。
「無理だな」
――シュミット伯爵に援軍を要請することは一番初めに考え――その結果、破棄した案だった。
「何故です?」
「シュミット伯爵は可能な限り両男爵とヴェルシュタインの争いに介入したくないからだ」
そもそもシュミット伯爵家がヴェルシュタインに利用価値を見出したのは両男爵――正確にはその背後にいるオスヴァルト侯爵とウーラント辺境伯との関係悪化を避けるためだ。
両諸侯との関係悪化を避けるためヴェルシュタインと姻戚関係を結んだのに、そのヴェルシュタインの為に援軍を派遣して、両男爵と争い――その姻戚関係にある両諸侯との関係悪化のリスクを背負ってしまっては本末転倒もいいところだ。
――第一そんなチートが許されるならこんなにも悩んでいない――
「攻めてくるのがヘルムート子爵なら、援軍を派遣してもらう選択肢もあったが……」
ヘルムート子爵が両男爵にヴェルシュタインを攻めさせた大きな理由の一つはそれだ。
「そして、この四大諸侯の存在が、今回の戦いで戦略的勝利を目指さなければならない理由でもある」
どうも、ピンと来ていない家臣達に分かりやすく説明する為、一つ例え話をすることにした。
「もし仮に、神懸かり的な策略を思いつき、今回の戦でヘンゲル男爵の軍勢に八割の大損害を与えたとする」
そして一呼吸置いて続きを紡いだ。
「その場合でも、ヴェルシュタインはヘンゲル男爵を滅ぼすことは不可能だ」
ヘンゲル男爵家の兵力は約五百、八割の大損害を与えたとして残りは百と仮定しよう。
「ヘンゲル男爵家の息の根を止めるには領都ヘルゲスを陥落させる必要があるが、攻城戦で力攻めするには三倍は欲しい」
現在ヴェルシュタインの兵力は二百五十――よって三倍には届かない。
「なので、兵糧攻めを選択する」
これは当然の帰路。
「しかし、その兵糧攻めは成功しない」
「どうして、断言できるのでしょう?」
「ヘルゲスが陥落する前にオスヴァルト侯爵が介入するからだ」
オスヴァルト侯爵家にとって緩衝地帯に当たるヘンゲル男爵家が滅びるのは都合が悪い。
その為に、姻戚関係まで結んだのだ――介入しない筈がなかった。
「それは、ブラント男爵でも変わらない」
――否、これは四大諸侯全てにとっての思惑だろう――
四大諸侯の緩衝地帯――つまり三男爵のどの家が滅んでも四大諸侯にとって都合が悪い。
「そういう意味では、ヴェルシュタインも滅亡する直前に成れば、シュミット伯爵家も介入して助けてくれるだろうが……」
だからこそヘルムート子爵は敵対勢力であると同時に緩衝地帯でもある筈のヴェルシュタインを危機に陥らせる計画を実行した。
ヴェルシュタインの弱体化を望んでも滅亡までを望んでないことは、追撃が甘かったことからも察せられる。
――いや、そもそもヘルムート子爵家にとって、今回の計画はヴェルシュタインに対する攻撃というより、シュミット伯爵の注意をヴェルシュタインに引き付けることが主な戦略目的かもな――
そして現状の戦力差は三倍――言い換えれば、三倍でしかないのだ。
練度そのものは、ヴェルシュタインの方が高い――籠城なり防御戦闘に徹すればまだ滅びることはないという結論が、シュミット伯爵家の判断だろう。
――防衛の援軍ですら期待が持てないのだ、両男爵の領地に攻め込むための援軍など一考の余地もなく断られる。
「分かっただろう?――八割の大損失を与える大勝利ですら、ヴェルシュタインには先が無いんだ」
此処でようやく現状を把握したのか――家臣達の表情が絶望に彩られた。
――しかし絶望的な状況を指摘するだけでは、上に立つ者として失格だろう――
「――だが、この状況は危機であると同時に好機でもある」
俯いていた家臣達が顔を上げ、問うような視線を此方に向けた。
――ピンチとチャンスは表裏一体――これは使い古させた言葉だが真実である。
「今回の戦は両男爵とほぼ全軍が参加する」
それは戦場で両男爵を討ち軍勢を一網打尽に出来るチャンスがあると言うこと――成功すれば諸侯が介入する前に両男爵の領地を奪える。
「つまり両男爵と全軍の無力化は理想ではなく、ヴェルシュタインが勢力拡大するための最低条件」
確かに今回の戦、夜襲や情報網を利用したゲリラ戦ならば、手堅く勝てるだろう――だけどそれでは先が無い。
――両男爵と軍勢の無力化――
それは間違いなく難易度ルナティックだ――だが、可能性はゼロではない――そして、他に選択肢が無い以上、ゼロで無いなら挑戦するしかない。
「――これで、どうして此処まで戦略的勝利にこだわったのか理解してくれたな?」
家臣達に視線を巡らせる。
――同じ話を繰り返した気がしないでもないが、家臣達との間に認識の齟齬があっては勝てる戦も勝てやしない――
「……では本題に戻ろう」
両男爵と軍勢を無力化する方法だが、と前置きした時――外が騒がしくなった。
「若様!至急、お知らせしたい事が!」
パウルの喉から血が出そうな声。
「入れ!」
その緊迫した様子に表情が硬くなっているのが自分でも自覚できた。
「失礼します!至急の報告にて、御無礼を――」
「何があった?」
「お館様が目をお覚ましになりました!」
それは、この閉塞した状況下にあって一筋の希望に思えた。