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ゆとりの逃避

 あの後、父は俺を軟禁するようルッツに命じた。


『お前が、覚悟出来るまで食事は抜きだ、誰かと会うことも禁ずる』


 と言い捨て、そしてこうも付け加えた。


『次にもし殺すことが出来なかったのなら、次は牢獄にぶち込むからそのつもりでいろ』



 自分の部屋のベッドに寝転がり、先ほど父が言ったことを脳裏で反芻しながら頭を抱えた。


「くそ……どうすればいいんだ」


 俺は小中高校と二十一世紀初期のゆとりゴールデンロードで育ったゆとり最末期奇跡の世代だぞ…


 現代社会でゆとりある教育を受けてきた俺にこんな決断できる筈ないだろう――



 別にこの件にゆとりは関係ないのだが、ゆとりのゆとりたる所以は関係なくとも自分以外の何かの所為にするところにあった。


 いや、正確には何かの所為にする以前にそのことを考えることすら嫌だった。


 だから、思わず愚かな思案に暮れる。


「…寝よう」


 しかしそれも刹那的なこと、今度は思考することすら放棄したのだった。







 一時課の鐘(午前六時)で目が覚めると――知らない天井……ではなく見慣れた自分の部屋だった。


 十年前なら正しい表現だったんだけどな……


 目が覚めても相変わらずの憂鬱さから、不毛な思考にとらわれる。


「……腹が減ったな」


 しかし身体は自身の気分など顧みず、ただ生理的な欲求をあらわにしていた。


 ……このままだと、あと二日…いや一日すら持たないかも知れない――俺は自分の精神力など欠片も信じてなかった。


 ――だから目に見えるように想像できる。


 そのうち根源的欲求に耐え切れず一時しのぎで殺せると発言し、欲求が満たされると結局恐怖で実行できない。

 そして、父の怒りにふれ牢屋にぶち込まれ、いつか先延ばしも限界が来たとき、『殺さなければお前を殺す』などと脅され、摩耗した精神状態で流されたままに他人の命を奪うのだろう。


 そんな人生をもう十年――否、前世も考慮すれば三十年近くもそうして生きていたことになる……

 正直、転生した時は不安や恐怖が大きかったが、それと同時に異世界に転生すれば文字通り生まれ変われるんじゃないのかと心の何処かで期待していた。

 実際、この十年自分を鍛え変わって来たんじゃないかと思っていた……でもそれは幻想だったんだ。


 俺は本質的なところは何も変わってなどいない――それが出来るなら、前世で変わっていただろう。


「…ふふ」


 そのことを自覚したら、口から嘲笑の笑みがこぼれていた。


「海外に旅行しただけで、変わった気になっている女子大生や自分探しの旅に憧れる中二病男子と同レベルだな」


 まあ、同レベルもなにも中二病そのものなんだけど…




「妄想と現実の区別が全くついてない…前世で異世界転生の小説に過度にはまりすぎたかな?」


 〝異世界に転生した〟たたそれだけのことで自分の特別性を疑いもせず、貴族の地位というだけで根拠のない成功を確信していたのだ。


「これが小説なら、主人公に第一章でやられる悪役…否、モブキャラか」


 ―――これが嗤わずにいられようか?


 もはや、衝動の赴くまま自虐心に駆られていたその時、コンコン、と扉をノックする音が耳に届いた。


「…アルス起きてる?」

「…姉上」


 扉の向こう側から声を掛けてきたのはセレスだった。


「食事、持ってきたの」


 丸一日水すら飲んでいないお腹と、極度のストレスで疲労した脳が食事を受け取れと要求してくる。


「…いりません」


 ――なけなしの矜持と自尊心をどうにか掻き集め否定の言葉を吐いた。

 貴族の娘であるセレスが完全に隠蔽して食事を持ってこられるとは思えない、そうなると俺が食事をしたことが後でばれたら、自分自身だけでなくこの優しい姉にすら迷惑がかかるだろう。


「…でも」

「大丈夫です姉上、夕方まで我慢すれば家族で夕食を囲むことが出来ます」

「お父様にお許しいただけるの?」


 その言葉からして姉は正確な事情を把握してないのだと察する。恐らく何かしらのことが原因で俺が父の逆鱗に触れたとでも勘違いしているのだろう。


「…ええ」


 だから先送りにしかならないと理解していても今はただ頷くしかなかった。


「…はやくお父様に謝るのよ」


 最後にそんな言葉を残して、彼女の足音が扉の前から遠ざかっていく。


 それを確認してからベッドから立ち上がる。

 そして部屋にあるショートソードと弓を手に取った。

 このショートソードと弓はマルコが『貴族の嫡男たる者、常時戦場を心がけて手元に置いておくべきです』と言ってきて仕方なく部屋に放置していたものだ。

 それを聞いたときは大袈裟だな、と呆れたものだが、今ならその意味が少しだけわかる。

 常に武器を携帯させることで、緊張感と覚悟、そして次期当主たる自覚を芽生えさせようとしていたのだろう。

 その証拠にどちらもすぐにでも実践で使えるよう、子供用にオーダーメイドしたものだ。

 そしてショートソードの柄には、ヴェルシュタインの紋章が描かれていた。


 剣を腰に差し、弓と矢、それに狩猟道具の入った袋を背負ってドアを開く。

 軟禁されたと言っても鍵をかけられた訳でも見張りが居るわけでもない、理由はそんなことをしても単純に意味などないからだ。

 勝手に脱出したところで行くあてなどないし、秘密裏に食事しようにも家人の誰にもばれずに遂行することは不可能だ。

 理性的に考えれば、勝手に脱出することに意味などない。






 ――それでも、俺は脱出した――


 理由はあのままだとセレスに迷惑がかかるからだ。

 ……俺のその場しのぎの嘘などすぐに気付く、だからといって覚悟が決まるわけでもない。

 つまり近いうちにセレスが持ってきた食事に手を付けことは、容易に予想が付く。








 ――いや、単なる建前だなこれは。 






 セレスの事はきっかけで都合のいい言い訳でしかなかった。

 ただ、衝動的に部屋から、この城から少しでも離れたかっただけだった。





 つまり、なんてことはない――いつもの現実逃避だ――

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