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約束

 

「兄上はこの状況でどうしてそんなに冷静にいられるのですかッ!」


 ラルの怒りのに意味が分からず困惑する。


「父上が死ぬかも知れないのですよ!」

「……確かに皆の前で話すには不謹慎だった」

「そうじゃないでしょう!――どうして他人事なんだ!」


 ラルが眼光の鋭さが増した。


「父上は兄上の家族でもあるはずだろう!」

「――ッ」

「兄上は冷酷すぎます!」


 ラルの責めるような瞳が我が身を苛む。

 ――やめろ――そんな目で俺を見るな――


 思わずたじろぐように一歩後ずさった――刹那――

 セレスが〝パーン〟とラルの頬を打った。


「冷酷なことと冷静なことは全く意味合いが違うわ」


 セレスはラルを見据えしっかりとした口調で告げる。


「貴方はもっと大人になりなさい」

「――ッ」


 すると、ラルは歯を食いしばり背中を向けて走り去った。




 ――その場に気まずい空気が流れる――


 少しの間のあと、背後からルッツが耳元で囁いてくる。


「……若様、私はお先に軍議の間の方へ」

「――いや、俺も一緒に行こう」


 居た堪れない気持ちになっていたので、これ幸いとルッツの言葉に便乗する。


 そして踵を返そうとした。


「――アルス」


 しかし、セレスの声に一瞬身体が硬直する。


「――途中まで一緒に行きましょう」


 その声音には断ることの出来ない力強さを感じさせた。


「少し話したいことがあるから」


 俺はただ黙って首を縦に振る。




 結局、ルッツを先に向かわせ、セレスと並んで歩く。


「――先ほどは庇って頂きありがとうございます」


 最初に口を開いたのは俺だった。


「私はラルに言い返すことが出来ませんでした」

「それは、貴方が嫡男だから――」


 一度、かぶりを振ることで否定する。


「確かに、嫡男だからという使命感が無かったわけではありません」


 しかし、と後を継いで――


「……それ以上に悲しいと思えなかったのが本音です」


 ――少なくとも動揺して冷静さを失うほどの悲壮感は覚えなかった――だから、俺にはラルの言葉を否定することが出来なかった。


「……それは、お父様のアルスに対する態度のせい?」

「恐らく……ですが勘違いしないで下さい、恨んでいる訳ではありません」


 ――頭では理解している――

 あの態度は立派な跡継ぎを育てるため――英才教育の結果でしかないことぐらい――


「……ただ、それでも思うところはどうしてもあります」


 ――頭では理解していても、心が納得しなかった――


「その苦しみから逃れるために、何時しか父上の事を家族ではなく厳しい当主――上司として認識するように努めました」


 ――だから、父が意識不明の重体だと聞いた時も動揺することなく冷静さを失わずにすんだ――


「――アルスは元々他人と距離を置く癖があるから」

「そう……かも知れません」


 それはこの世界に転生する前からの性格だった。

 ――前世でも友人と言えたのは精々汐璃、ただ一人――実際、汐璃が亡くなって以降の高校生活は入学したばかりである事を差し引いても友達が出来そうな気配はなかった。


「ですが、姉上は歩み寄ってくれました」

「ま、貴方の姉だしね」


 セレスは照れくさそうにはにかんだ。


「――そして、今度はアルスがラルに歩み寄りなさい」


 そして居館の入り口に辿り着き、そこで一度立ち止まった。


「幾らこんな世の中だからって兄弟で殺し合うようなことになるのは絶対にごめんだから」

「……」

「例え、お父様とはその立場故に分かり合えなくても弟相手にならそれが出来る筈でしょう?」

「……そうですね」


 自分が勝手に他人と距離を置いて相手の方から近付くのを待つなんて、甘えが許される歳でもない。


「じゃあ最後に約束して、貴方が当主を継いでどんな決断を迫られた時でも――家族全員が生き残れる未来を選択するって」

「……今の時代それは簡単な事ではありません」


 ――現に、父は意識不明の重体で、俺達だって一度死にかけている――

 そして、現在進行形でヴェルシュタインは存亡の危機であった。

 ――ここでの安易な約束は、只のポーズ――又は優しい嘘にしかならない――


「私は優しい嘘を吐く趣味も器用さもありません」


 ただ、と後を続ける。


「姉上もある約束をしてくれるなら、私も約束しましょう」

「それは?」


「――幸せになって下さい」


 脅威を排除して生命を守ることはできても、他人の幸せを保証する事など出来ない。

 ――だからそれを唯一可能とする本人に向かって約束という形で要求する。


「それが条件です」

「……中々、難しい条件ね」

「そうでなければ公平じゃありませんから」


 ――全員が無事に生き残れる未来――それを乱世で叶えるとするなら、誰よりも強くなければならない――

 それほどの無理難題を要求されているのだ――これぐらい要求しないと割に合わない。


「幸せになる――これでいいかしら?」

「ええ、ならば私も約束します」


「必ず家族を守ると」


 ――例え、どんな手段を使ってでも――


 そんな意思を改めて固めていると、セレスが〝ふふ〟と微笑んだ。


「アルスはやっぱりお父様に似ているわね」

「私が父上に似ている?」


 セレスが何を言っているのか全く理解できなかった。


「ええ、お父様に似ているわ」


 そして、その言葉を紡ぎだす。


「優しい結果にするために冷たくあろうとしている所が」


 そして〝じゃあ、私はお父様の容態を伺って来るから〟と背中を向けて立ち去った。




 一人取り残され立ち尽くしながら、ふと呟く。


「優しい結果の為に冷たくあろうとしている……か」


 自分が本当にそうなのかは判断が付かない、が――




 しかし、意外なことに父を評する言葉としては違和感が無いように思えた。

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