悲報
そんな思索に耽っていた、その時――……
「若様!」
ヴィムが書簡を掲げて駆け寄ってきた。
「火急の報告です!戦場から伝書鳩が――」
息も絶え絶えで、それだけでもただならぬ事態が容易に想像できる。
「――貸してくれッ!」
ヴィムから書簡をひったくるように奪い取る。
そして――羊皮紙の内容に目を通す――……。
「……嘘だろ……」
読み終わると、思わず羊皮紙を握り締めていた。
そのただならぬ様子にマルコが近付いてくる。
「急報の内容はなんと」
「……」
「若?」
「……これだ」
マルコの胸に書簡を押し付ける。
マルコはその乱雑に差し出された、羊皮紙を一読すると――
「――馬鹿なッ!誤報ではないのかッ!」
百戦錬磨のマルコですら悲痛な叫びを上げる程の内容。
「お館様が瀕死の重傷を負うほどの敗戦などッ!」
書簡には父が意識不明の重体だと書かれていたのだった。
――だだの敗戦までは想像していた――
だが、総指揮官が重傷を負うほどの敗戦――それは惨敗であると言うことに他ならない。
確かに数的には不利だったが、十五歳の指揮官相手に惨敗だと……
油断していた?――否、父は油断するような性格ではない。
寧ろ警戒を最大限に高めていたのをこの目で確かめている――そんな父からこれほどの勝利をどうやって――……
「――若、それでどうなされますぞ!?」
「……あ……え?」
「何を呆けているのですか!?」
マルコが鬼気迫る表情で詰め寄る。
「若は当主代理なのですぞ!」
その背後に目を向けると、不安そうな表情で此方の様子を伺っている兵士達が目に入った。
そうだ、物思いに浸っている場合ではないッ
――俺は自分を叱咤して、一歩前へと踏み出した――
「……兵士諸君――残念な事に此度の戦は敗戦したようだ」
――衆人環視の中でこれだけ騒いだのだ、今さら嘘や誤魔化しは通用しない――
下手に誤魔化した結果、更に酷い風評が流れるぐらいなら最初から真実を与えてやればいい。
「そして、父上も重傷を負ってしまった」
だが真実は諸刃の剣だ――真実は嘘や誤魔化しを打ち消すと同時に、希望的観測や幻想まで剥ぎ取ってしまう。
「しかし、安心して欲しい――ヴェルシュタインが今日明日で滅びるわけでは無い」
だからこそ、偽りない希望を与えてやる必要がある。
「ヘルムート子爵軍は約三百――仮にその数でヴェルシュタインに押し寄せても攻め落とすことは出来ない」
此方が与えた被害も考えると更に少ないはず――それにヴェルシュタインには直轄兵が五十人、領内の騎士達が従える兵士が更に五十人残っている。
ヴェルシュタインに集結させれば、百にはなる。
そして出撃した軍も全滅した訳ではない、それを加えれば戦力差はより縮まる。
――籠城戦である事を考慮すればまず大丈夫だ――
「ヘルムート子爵家は代替わりしたばかりだ――一度帰還して大軍を編成し直すことも不可能」
それが出来るなら、最初から編成しているだろう。
「もし仮に大軍で攻めてきた場合は、シュミット伯爵家に援軍を要請すればいい」
シュミット伯爵家からしても姻戚関係であるヴェルシュタインが滅び、敵対関係のヘルムート子爵家が勢力を拡大するのを認める訳にはいかない筈。
――シュミット伯爵家との姻戚関係はヴェルシュタインの持つ数少ないカード。
現状で最も兵士達に希望を与える事が出来るのだ――強調しない理由は無い。
「つまり――何も心配する必要はない」
改めて周囲を見渡すと、表情に安堵の色を浮かべているのが目に付いた。
――内容云々というより、当主代理である俺が冷静なことに安堵しているのだろう――
トップがどっしり構えていると、それだけで絶望的な状況でも下は希望を持てる、か……。
「……私が若輩である事は自覚している」
気が付くとそんな情けない事を口にしていた。
「――故に兵士諸君にはこれまで以上の奮闘に期待する」
「「「ハッ!」」」
兵士達が昂揚している様子を見て――ふと、ある事が思い浮かぶ。
人を奮い立たせるのは、何も有能でカリスマ性のある指揮官だけではない――時に弱さを見せ、庇護欲を刺激すれば勝手に奮い立ってくれることもある。
――だが、それはそれだけ未熟ということでもあった。
「……それではこれからの行動を指示する」
自身の未熟さを思い知りながら、仕切り直すように兵士達に命ずる。
「先ずは怪我人を手当のする準備を――」
そして続けざまに付け加える。
「それとヘルゲン、ブラント両男爵の動向をより一層警戒するよう国境付近の村々に伝書鳩を飛ばせ」
兵達に一通り指示し終えたあと、最後は背後に控えていたマルコに声を掛ける。
「ヴェルシュタインに残っている騎士達をすぐに軍議の間に集めよ――これからの方針を決めねばならない」
父が重傷を負った以上、最低でも当分の間は当主代理――最悪の場合は、そのまま当主を継承することもあり得る――
――乱世という業火の海は、もう目前まで迫っていた――




