表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/69

小銃

 ――父が出陣してから一週間が過ぎた。


 開戦地はヘルムート子爵領との国境付近あるマレー平原だと予想されている。

 ヴェルシュタインからマレー平原までの距離は六十キロ程。この世界の行軍速度は一日約十二キロだから、既に決着が着いていてもおかしくはない。


 そして、俺はこれからヴェルシュタインに残った兵士達の鍛錬を見学するところだった。


「それでは鍛錬を始める!」


 マルコが壇上で声を張り上げると、整列していた兵士達が二人一組に分かれ組み手を始めた。


 父はヴェルシュタインの直轄兵百人と騎士達が従える百人の合計二百人の軍隊で出撃したので、此処に残存している兵士は約五十人。

 本来なら、もう少し兵士を従軍させることは可能だったが、ヘルゲン男爵家、ブラント男爵家の存在を考慮し、保険として五十人の直轄兵とマルコを残して出陣した。


 それと伝書鳩からの報告によれば敵であるヘルムート子爵軍は約三百とのこと。

 ――ヘルムート子爵の動員力は二千近いので少なすぎると考える人もいるだろう。


 ヘルムート子爵の兵力が少ない理由は大きく分けて三つある。


 一つは代替わりしたばかりあること。

 二つ目は、同じく敵対関係にあるシュミット伯爵家が控えているため。

 ――全軍で出撃し領内を空っぽにする事など出来る筈がない――

 そして三つ目の理由に、ヘルムート子爵家の戦略目的がヴェルシュタインの支配でない事が挙げられる。

 ――ヴェルシュタイン全土を支配すれば、ヘルゲン男爵領とブラント男爵領の両男爵家と領地が接することになる。

 そうなると戦線は広がり、その背後にはオスヴァルト侯爵とウーラント辺境伯が控えている。

 それではそれ以上の領地拡大は難しく、寧ろ両男爵、両諸侯との関係悪化のリスクを背負うことになる。

 ――つまりヘルムート子爵家からすればメリットよりデメリットの方が多い。


 これらの事から、今回のヘルムート子爵家の狙いはヴェルシュタインとの境目にある水源地帯の確保だと推測される。


 ――確かに、未だ実績のない新たなヘルムート子爵の戦果としてはお手頃だろう。


 それにヘルムート子爵家からすれば三百でも此方の兵数は超えている。

 戦力比は3:2――相手はヴェルシュタインの五割増だ。


 しかし、数字ほど不利ではないと考えていた。


 今までも、ヘルムート子爵家とは争ってきたがこれぐらいの戦力差は常にあった。

 それでも負け越すようなことはなく、それ故にヴェルシュタインは近隣で精鋭だと恐れられてきたのだ。


 しかも、相手の総指揮官は未だ十五歳――俺のように盗賊討伐ぐらいは経験しているかも知れないが、実質的な初陣であることに間違はない。


 ――それに対して、ヴェルシュタインは経験豊富な総指揮官が統率している――


「……負ける理由は、そう多くは無い」


 口にすることで、心の奥底にあった不安を押し出した。




 それ以上余計な思考を断ち切ろうとした時、クルトが目の前を通りがかる。

 俺は彼がその手にしていた物に興味をひかれた。


「クルト」


 クルトを呼び止め、指を指して告げる。


「その――小銃を貸してくれ」


 ――俺が興味を示したのは銃であった――


「若様は銃に興味がおありですか?」

「ああ」


 この世界にも既に銃の概念はあったが――


「しかし、銃なんて戦場での最初の威嚇ぐらいにしか使えないと思いますが……」


 ――そう、クルトの言葉がこの世界、この時代での銃の立ち位置を示していた――


 現在、銃の有効射程は百メートル程度で命中精度は悪く、発射間隔は分当たり二発でしかない。

 個人差はあるがロングボウの射程距離(殺傷距離ではない)が約三百メートル、発射間隔が分当たり約十回である事を考慮すれば小銃の使い勝手の悪さも理解しやすい。


 勿論、小銃にも絶対的な貫通力による殺傷力の高さと習得の容易さという利点はある。


 ――しかし、小銃の有効射程である約百メートルからの突撃を想定する場合――

 歩兵が距離を詰めるのに約二十秒、騎兵の場合は十秒程度とするなら、小銃の発射間隔では一発しか撃てない。

 これでは、実用的でないという見方がこの世界の人々の認識だった。




 だが、転生者の俺は――銃の可能性を知っている。


「……若様は、小銃が戦場の主役に成るとお考えですか?」


 小銃を黙って見つめているとクルトがそんなことを尋ねてきた。


「ああ」

「……では、若様が家督を継承した暁には、ヴェルシュタインに銃を本格導入すると?」


 心なしか何処か不安そうなクルト――その問いに――


「そんな事をするつもりは無い」


 すると、クルトはホッとした様な表情を浮かべる。

 ――嘘ではない、少なくとも今のところは、小銃を導入する理由はない――



 前世の知識、銃の進化を知っているのにどうして運用しないのか?


 ――逆だ、前世の知識があるからこそ、俺は銃を使わない――否、使えないのだった。




 銃が戦場の主役になると言うことは、近代戦に移行するに等しい。


 ――近代戦、それは寡兵をもって大敵を打ち破る事が、今以上に難しい時代である。

 そんな時代は、小領主であるヴェルシュタインに歓迎できる時代ではなかった。


 そして、前世が普通の高校生であった俺が知っている銃の有効的な戦術は前線指揮官の狙い撃ちと大量運用だけだ。

 狙い撃ちは簡単に模倣される諸刃の剣――領主嫡男である俺も狙われる対象になり、死亡率も変わってくる。

 大量運用などヴェルシュタインの工業力と財力では不可能――下手に数を揃えて使った所で大した効果は生まれない。

 ――寧ろ敵にアイデアという名の塩を送る結果にしか繋がらないだろう――



 勿論、クルトがホッとした表情を浮かべたように、人間という生き物は根本的に保守的で、革新的な技術の導入に躊躇することは知っている。

 しかし、どんな時代にもそれを実行できる革命者――本物の天才は存在する。


 その天才達と当たらず、銃を運用するだけで勝ち続けることは現実的であろうか?――俺にはとても現実的であるとは思えない。

 近代戦と言えど初期段階の銃では、戦術次第で勝つことも可能である。

 ーー従って現段階で大金を費やしてまで、銃の本格導入に踏み切る理由は思いつかない――


 それに他にも問題はある。

 銃が主力になれば、将来的に敵味方問わず死傷者の桁が違って来る。

 ただでさえ長年の内乱で疲弊しているこのベルトキア王国だ――今は様子見に徹している周辺諸国が介入してこないとは言えない。

 政治的にも人道的にもそんな時代は歓迎できない。


 それが避けられない時代の流れである事は理解している――だが、そのきっかけを自分で作ることなど許される筈がなかった。


 最低でもヴェルシュタインがある程度の国力を持つまでは、銃を本格的に導入する選択肢すら生まれない。




 それはつまり、鉄砲という名の最強テンプレが封じられていることを意味していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ