第一章:エピローグ
晩餐会から一週間後の早朝、俺達ヴェルシュタイン一行は、シュミット伯爵に見送られて馬車に乗り込んだ。
パウルが馬車の扉を閉め、外の光景が見えなくなる。
「ふう」
その事で緊張の糸が切れ、シュトラ滞在中の疲れから大きく息を吐く。
――何だか、転生して以来ため息が増えた気がする。――別に陰キャラのつもりは無いのだが――
「お疲れ気味ね」
馬車が揺れ始めると、正面のセレスが声を掛けてくる。
――それりゃ、何周りも違う大人たちの顔色を伺っていれば疲れもする――
転生してまで、周囲の人間の顔色を伺わなければならないとは……、前世でチート無双のweb小説が根強い人気を誇っていたのも理解できる。
「姉上もお疲れでしょう」
「ん?何の事?」
「このシュミット滞在中、ずっとギュンター様のお相手をしていたのですから」
――そう、あのドラ息子は晩餐会以来、毎日セレスを引きずり回していた。
「まあね――でも、私も結構楽しかったから」
セレスが照れくさそうに微笑む。
――おいおい、まさか――
「ちょ、ちょっと待ってください姉上!」
俺はセレスの表情に血の気が引くような思いだった。
「まさか、あんな貴族の自覚もない頭空っぽの奴を愛慕しているのですか!?」
「殆ど初対面なのにどうしてそんなに嫌っているのよ――……、ギュンター様は伯爵家嫡子と同時に私たちの従妹でもあるんだから」
――そういえば、奴は俺の従兄弟に当たるのか――
「それに貴方にだけは、ギュンター様も言われたくないでしょうね」
「……逆ですよ姉上、私だから言えるのです」
――自分が奴と大差ないぐらい自覚している――
そこで、セレスの背後に残っているだろう傷跡に思いを馳せた。
――だからこそ、俺みたいな奴がセレスの隣に立つことが許せない――
「……安心しなさい、ギュンター様のことは何処かほっとけないと思っていただけだから」
――それはダメな男に引っかかる女性のタイプだ――
「それに、自身の立場ぐらい自覚しているわ――私の相手は、お父様――いえ、もしかしたら貴方が決める事になるのかもね」
セレスは何でもなく当たり前のように告げた。
――この世界の価値観、そして令嬢としての教育を受けてきたセレスには、実際当たり前の事なのだろう――
まあ、前世でも一昔前はお見合い婚が普通だったし、現代の離婚率からしても単純に恋愛婚が幸せって訳でもないのだろうが――……
すると、セレスが顔を寄せて前のめりにあること尋ねてくる。
「――それより、貴方はどうだったの?」
「どう、とは?」
「惚けなくてもいいじゃない、ノーラ様と中庭でお話になったんでしょう」
――なんで知っているんだよ――
その疑問が顔に出ていたのか〝ギュンター様から聞いたのよ〟と勝手に補足する。
「――何もありませんでしたよ」
「嘘でしょう……月光の夜に花が咲き乱れた庭園で密会よ」
――まあ確かに、見事なまでのシチュエーションではある――
そして、ノーラとの会話を回想した。
「……キャスティングに問題があり過ぎる」
セレスに聞こえないように呟く。
「……ノーラ譲と私の歳を考え下さい」
「それもそうね」
俺の言葉にセレスはあっさりと引き下がった。
――セレスぐらいの少女が色恋沙汰に興味津々なのは世界が変わっても変わらない――
こうして様々な感情が交錯したシュトラ訪問は幕を下ろした。
 




