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重臣

 

 晩餐会が終わってギュンターは、セレスの手を引き大広間の外に飛び出した。

 ギュンターに敵愾心を抱いていたので追いかけて邪魔してやりたかったが、名代としての役目が残っていた為諦めざるを得なかった。


 現在は酒宴に移行し、シュミット伯爵家の重臣たちと顔繋ぎを始めた所だ。



 最初に俺は母とある貴族の元に挨拶しにいく。


「閣下、お初にお目にかかります」

「……アルス・ヴェルシュタイン卿か」


 仏頂面で応えたこの人はデニス・ロンベルク子爵――シュミット家内外でナンバー2と見なされている重臣中の重臣だ。


 彼がナンバー2と見なされている理由は大きく分けて二つ。

 一つは、シュミット伯爵領、第二の都市レーゲを直接統治していること。

 そして、もう一つの理由は――


「――デニスお兄様お久しぶりでございます」

「相変わらずだな、ニア」


 そう、ロンベルク子爵は母の腹違いの兄――つまり、子爵は前当主と第二夫人の間に出来た側室の子であった。

 前当主は政略婚で結ばれた正妻より、古くからの幼馴染みであった第二夫人を心から愛し、その子供であるロンベルク子爵をも寵愛した。

 その寵愛は次第に限度を超え、一時は嫡男よりロンベルク子爵にシュミット伯爵家を継承させようして、お家分裂の危機に陥ったほどだ。

 家臣達の大反対にあったことで前当主は家督を継承させることを諦め――その妥協の結果として自身が所持していた子爵位と交易都市レーゲをロンベルク子爵に与えた。


 だが、その選択は新たな火種を作り出したに過ぎなかった。


 ――どんな体制だろうと、不満分子は必ず存在する。

 そんな中、現当主に不満を抱いていると思われる権力者が突然現れたのだ。

 現体制に不満を持つ集団がロンベルク子爵の元に集ったのは当然の帰結であった。


 ――こうして、シュミット伯爵家にはロンベルク子爵を中心とした巨大派閥が形成され、その頃の火種は未だ根強く燻っていた。


「しかしニア、君の子は未だ幼いにも関わらず随分としっかりとしているじゃないか」

「ありがとうございます」


 そして子爵は、頭のてっぺんから爪先まで舐めるように視線を這わせ、ふと呟く。


「――若君より卿の方が当主として相応しいな」


 子爵の次期当主――延いては現当主をも批判していると受け取れる公然の場でのその発言は、周囲の空気を凍らせるに充分であった。


 俺は苦笑いしながら沈黙を貫く。


 ――そのことで此方への興味も失せたのか一言〝失礼〟と言い残し、この場から去っていった。




「……はあぁぁ」


 どうにかこの場をやり過ごせた安堵から、大きなため息が漏れる。

 ――なんて心臓に悪い、ヴェルシュタインは派閥争いに関わるなんて御免だ――


「災難でしたな」


 すると、所々白髪の混じった四十代程の貴族が声を掛けてきた。


「ヨーゼフ・ヒンメルと申します。以後お見知りおきを」

「ヒンメル卿でしたか、お初にお目にかかります」


 ヴェルシュタインとシュミット伯爵家は領地が接しているが――正確にはシュミット伯爵家に従属しているヒンメル男爵家と領地を接している。

 そのことからヒンメル男爵家は、ヴェルシュタインにとって重要な貴族の一つであるといえる。

 ――今回もヴェルシュタインからシュトラへの移動の際に色々と世話になっていた。


「ご領内の通行及び、数々のご配慮に改めて感謝いたします」

「その件は礼には及びませぬ。ただ領内の宿場町に声を掛けておいただけですからな」


 ヒンメル卿は〝ははは〟と軽快な笑い声で応えた。

 俺もつられてひとしきり笑いあった後、これまで気になっていた事を尋ねる。


「その……ギュンター様は一体どのようなお方なのでしょうか?」

「それは……」


 するとヒンメル卿が眉を顰めて言いよどんだ、その時――


「困ったものですよ、若君には」


 誰かが横から口を挟んでくる。

 ――反射的にそちらに振り向くと、三十代中頃の軽薄そうな薄笑いを浮かべた男が立っていた。


「……トラウト卿」

「失礼、興味深い話をしていたようですので」


 トラウトと呼ばれたその男はヒンメル卿に一言断り、改めて此方に向き直る。


「アルス卿、バジル・トラウトと申します」

「……お初にお目にかかります」


 パウルから前もって聞いていた情報では、トラウト家もシュミット伯爵家に従属している男爵家であり、ヒンメル男爵家とも領地が隣り合っていたはずだ。


 その後もお互いに軽い自己紹介を交わし、早速本題に戻る。


「困ったものとは?」

「若君は、よくお一人で街にお出かけになるのですよ」


 伯爵家の嫡男が領内を一人歩きしているだと……

 ――全く以て救いようがないなッ、己の立場すら自覚していないとは――


「おや、顔色が悪いようですが、どうかされましたか?」

「……いえ、お気になさらず」


 トラウト卿は、それ以上此方を気に掛けることもなく後を継いだ。


「それも女遊びやケンカをしている有様で、若君にはほとほと困り果てているのですよ」

「……なるほど」


 まさに絵に描いたようなドラ息子だな。

 俺は女遊びをしたことがないので、ギュンターの方が問題児であると言えよう。

 ――幼女をお持ち帰りしたことはあるが――





 こうしてギュンターに覚えた嫌悪感は、間違っていなかったのだと改めて確信を深めた。


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