晩餐会
シュトラに到着して二日後の夕刻、晩餐会の準備が整ったとのことで、俺達ヴェルシュタイン一行は宴会の舞台である階上の大広間に案内された。
大きな観音開きの扉の前に到着すると、複数の使用人達によって大扉が開かれる。
大広間へと足を踏み入れ、最初に目に付いたのが壁際にかけられた色鮮やかタペストリーと紋章が描かれた旗のぼりの数々。
滑らかに加工された床には高級そうな敷物の上に草花が撒き散らされ――香水でもまいたか、食卓の下で香を焚きしめているのか、芳ばしい匂いに辺りが包まれている。
広間に華を添えているシュミット伯爵家家臣達の紋章が描かれた旗のぼりの数々を横目に、ふと天井を見上げると巨大な鉄の輪のシャンデリアが吊るされていた。
――流石東部有数の諸侯、装飾もふんだんに金をかけている――
輪の上辺に等間隔で並べられた多数の蝋燭を眺め、そんな感想を抱く。
大広間の用途から装飾に金をかけるのは当然とはいえ、長きに渡る乱世で何処の領主も貧困に喘いでいるなか、これだけの内装を維持出来るシュミット家の富はいかほどの物なのか……
――これほど財政に余力があるなら交渉で多少吹っ掛けても良かったかもな――
そんな不遜なことを考えていると、U字型に並べられたテーブル配置の底辺に当たる部分に案内された。
――そこは他の床より一段高く設けられた壇上に存在する席――所謂、ハイ・テーブル(高座)である。
現代日本でも結婚式の時、新郎新婦と晩酌人夫妻が一段高い席に着いているのを、見たことある人は少なくないと思う。
――それと同じでこの席には重要な人物――つまり、この場合は主人側と特別な客人の為に用意されたのがこれらの席だ。
その席に着座して――しばらくすると三十程の空席が全て埋まる。
乱世な事もあり地方の領主は招待せず、シュトラに駐在していた家臣だけの小規模な晩餐会とはいえ、これだけの人数が揃うのは流石シュミット伯爵家と言うべきか……
――月並みな感想を抱いていると、隣に座っていたシュミット伯爵が立ち上がり口を開いた。
「先ずは皆の者にヴェルシュタインの方々を紹介しよう」
伯爵は手で此方を示す。
「ヴェルシュタイン男爵家嫡子、アルス・ヴェルシュタイン卿だ」
最初は父の名代である俺が紹介された。
「アルス・ヴェルシュタインと申します――以後お見知りおきを」
立ち上がり無難に挨拶をする。
それから――俺、母、セレスと言った順番で紹介されていく。
そして、母が終わりセレスの順番になった。
「セレス・ヴェルシュタインと申します」
スカートの端を摘まんで頭を下げる。
不慣れながらも、形にはなっておりこれで終了かと安堵した――その時。
「おおぉぉ、一目見た時から思っていたがなんとお美しい!」
突然、舞台役者の様なセリフを叫びながら立ち上がり、セレスの傍に歩み寄る十五歳前後の男。
その男はセレスの前で片膝を突き胸に手を当て、もう片方の手で彼女の手を取る。
「お初にお目にかかります。名をギュンター・シュミットと申します――以後お見知りおきを」
と口上を述べセレスの手の甲に軽く口付けをした。
俺は突然の事に唖然としながら、内心で〝なんだこのキザな奴は〟とそんな第一印象を抱いた。
しかし、まるで演劇のようなワンシーンは、この世界の紳士の挨拶として間違っている訳では無い。
そう――このタイミングでなければ――
「――お兄様、今は御止めになって下さい」
すると〝またか〟とうんざりした様子でギュンターの隣に座っていた、アッシュブロンドの髪と金色の瞳をした少女が口を開いた。
俺は彼女の発言と席順、そしてセレスと同年齢程の見た目から、シュミット伯爵家令嬢の長女だと当たりを付ける。
そして、ふとその隣に目を向けると見覚えのある黒髪と碧眼の少女の姿が――
――彼女もシュミット伯爵家のご令嬢だったのか――
「しかし、ニーナ――」
「いいから下がれッ、ギュンターッ!」
伯爵は言い募ろうとしたギュンターの言葉を容赦なく遮る。
すると、その強い口調にギュンターは渋々といった様子で引き下がった。
「……済まなかったな」
伯爵は一言セレスに謝り、仕切り直すように大広間全体に響く大声で告げる。
「皆も騒がせて済まなかった――それでは、晩餐会を始めよう!」
こうしたイレギュラーを挟んで、賑やかな晩餐会の幕が上がった。




