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シュミット伯爵

 

「――これは、確かにすごい」


 見渡す限りの黄金に輝く麦畑に出迎えられ、ヴェルシュタイン一行を乗せた馬車はシュミット伯爵家の領都シュトラに到着した。

 ――次に俺達を出迎えたのは、高さ約五メートルはあろうかと思われるほどの巨大な城壁だった。

 その存在感に圧巻されていると城門前に整列している兵隊達の姿が目に入る。


 ――使者を派遣して、俺達が来ることはシュミット伯爵家側にも伝えてあるので、彼らこそが正式な出迎えなのだろう――


 俺は馬車を降り、緊張を表に出さないように努めながら、従士長と思われる老齢の従士に敬礼する。


「ヴェルシュタイン家当主、ドミニク・ヴェルシュタインの名代、アルス・ヴェルシュタイン。――ロイス・シュミット閣下にお目通り願いたい」

「アルス・ヴェルシュタイン卿、お待ち申し上げておりました。これより私がご案内します」


 口上を述べ、先導するように歩き出した従士長の後に続いた。





 高く分厚い城門を抜けると、石畳で整備された大通りがあり、その両脇を煉瓦造りの建物が所狭しと建ち並んでいた。

 その先に目を向けると城門から一番離れた場所に小さな丘があり、その上に巨大な城がそびえ立っているのが確認できる。

 蛇行した大通りを奥へと進むほど、一般市民の住宅から、商人貴族の邸宅へと移り変わっていくのが分かる。


 城内に到着し案内されたのは、居館の中の一室――目の前の大きなドアを従士長がノックすると僅かな間のあと扉が開いた。

 その扉を開けた使用人に促され部屋の中に足を踏み入れると、風格のある偉丈夫がソファーから立ち上がり両手を広げて出迎えた。


「おおッニア!久しいな待ちかねていたぞ」

「ロイスお兄様、誠にお久しゅうございます」


 先ずは母と男の二人が歩み寄り再開の抱擁を交わす。

 そして、一度離れて今度は此方に視線を向けた。


「良くぞ遠路はるばるヴェルシュタインから参られた――私がロイス・シュミット伯爵だ、歓迎しよう」

「お会いできて光栄です、シュミット伯爵閣下」


 先ず俺が〝ドミニク・ヴェルシュタインの名代アルス・ヴェルシュタインと申します〟と自己紹介すると、何処か緊張した面持ちでセレスも後に続いた。


「はは、閣下は少し堅苦しいぞ、二人とも――私にとっては可愛い甥と姪になるのだ、叔父上でよい」

「……お言葉に甘えさせて頂きます」


 俺は、名代として挨拶したが、シュミット伯爵に閣下ではなく叔父上で良いと返された――つまり、本題は後回しで、今は只の親戚として対応せよということだろう――

 まあ、母とセレスが居る場で政の話は出来ない、当然の配慮ではある。

 ――緊張からか少し先走り過ぎたかも知れない――


「しかし、ニアとは約十年ぶりになるか」

「ええ、ロイスお兄様が当主を継承して以来ですからそれ位でしょう」


 すると、伯爵は母とセレスを見比べ始める。


「継承式の時に見たころから感じていたが、セレスはニアと瓜二に育ったな」


 そして後を継いでセレスに問いかける。


「覚えておるか?十年前にこのシュトラに訪れたのを」

「……申し訳ありません、叔父様」

「まあ無理もないか、あの時はまだ三つに成ったばかりの幼子だったかなら」


 ――十年前と言えば、俺が生まれたばかりの頃か……あの頃は、この世界に転生したばかりで混乱していたからな、記憶が確かではない――


 そして次に伯爵は、俺とも視線を合わせる。


「アルスは父君とそこまで似ている訳ではないようだな……しかし将来は美男子に成りそうないい顔立ちだ」

「ありがとうございます」


 現代並の品質の鏡はこの世界に無いため、はっきりと自分の顔立ちを確認したことはなかった。

 ――なのでいいことを聞いた、家臣達だと本音で答えられないからな――


 そんな都合いいことを思案していると、伯爵が何かに気が付いたような声を上げる。


「おお、すまない……皆ヴェルシュタインから到着したばかりで疲れているのだったな――部屋を用意しているので先ずはゆっくりと休んでくれ」


 伯爵は〝晩餐会の時にでも、またゆっくりと話そうではないか〟と続けたあと、背後に控えていた使用人に部屋に案内するように告げる。



 ――一礼して部屋を退出した後、セレスが耳元で囁く。


「……叔父様がいい人そうで良かったわね」

「ええ、そうですね」


 確かに、伯爵と喋っていても気のいい親戚の叔父さんにしか見えなかった。


 ――あの様子だと交渉も思っていたより上手くいきそうだ。




 何故かその瞬間、脳裏に酷い既視感デジャヴを覚えたが――今までの懸念が杞憂だった事で安堵していた為、そのことを再び意識することはなかった。

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