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きれいなジャ〇アン

 あの後エラは、気がはやって完成と言ったが、本当は型にはめ乾燥させる作業が残っていると告白してきた。




 そして――現在目の前にあるのがあれから数日経って固まった石鹸だった。


「これが……今度こそ完成された石鹸」


 石鹸を手に取り食い入るように見つめる。


 ――フェルステン侯爵の石鹸と比べ、若干緑かかっているな。


 今のところこの東部で石鹸は生活必需品というより、ぜいたく品であるが、男爵家であるヴェルシュタインの浴場にはフェルステン産の石鹸が常備されていた。


「フェルステン産の石鹸はもう少し茶色いが、原材料に何か違いでもあるのか?」

「……申し訳ありません、原材料を作る工程には着いたこと無いので詳しいことは分からないのです」


 工程が細分化されているのか?

 ――細分化することで製造工程の秘密を守っていると考えれば可笑しな話でもないか――


 勝手に納得していると〝ですが〟とミアは前置きして後を続けた。


「噂話ではありますが、フェルステンでは家畜の脂を使っているらしいのでそのことが原因かも知れません」

「……そうか」


 まあ、原材料が違おうと石鹸として利用できるなら別に構わない。

 それに――他にもフェルステン産の石鹸と違うところがある。


「このキラキラした物は何だ?」


 完成した石鹸には、表面にキラキラとした結晶が残っていた。


「……カイ、舐めてみないか?」

「はあぁ!嫌だよ、腹壊したらどうするんだ……です」


 カイは最初素で返したが、途中でパウルに睨まれていることに気付き、慌てて不自然な敬語に直す。


「……とりあえず、洗い流せばいいか」


 ――君子危うきに近寄らずだな。

 〝だったらどうして舐めさせようとしたんだ〟との呟きは無視する。


「カイ、石鹸を使ってみろ」


 カイは〝またか〟と文句を垂れながら水を汲んできて桶の中で石鹸を泡立てる。


「……泡立ちはフェルステン産の石鹸と比べてどうだ?」

「この石鹸の方がいい気がする」


 カイの言う通り心なしか、既存の石鹸より良く見える。

 ――勿論、前世の石鹸に比べれば泡立ちは少ないがな――


「品質でフェルステン産に勝っているようですね」

「……そうだな」


 パウルの弾んだような声に同意したが、素直には喜べなかった。

 ――既存の石鹸より良質な石鹸が出来たとなると、嫌でも周辺諸侯の興味を引いてしまうからだ。


「それで、若様は石鹸を売るつもりが無いと言っていましたが、どうなされるおつもりなのですか?」

「確かにヴェルシュタインで販売するつもりはないぞ」


 そして俺はニヤリ、と口角を歪めて言い放つ。


「――販売するのは、シュミット伯爵家だ」





 少し前に、世界がジャ○アンで溢れていて取引出来ないと言ったな?――アレは嘘だ。




 ……ノリで嘘だと断言してしまったが、正しくは例外である――


 ジャ○アンはTV放送だと、の○太やス○夫をこてんぱんにしているが、映画版だと何故か男気溢れる面倒見のいいキャラになる。

 そんなヴェルシュタインにとってのきれいなジャ○アンがこの世界にも存在するのだった。


 その理由は――


「シュミット伯爵と言えば――奥方様のご実家ですね」


 そう、ニア・ヴェルシュタインの旧名はニア・シュミット――現シュミット伯爵の妹に当たるのが俺の母だ。

 つまりシュミット伯爵家とヴェルシュタイン男爵家は姻戚関係なのだった。



 さて、ここでシュミット伯爵家とヴェルシュタイン男爵家では、家格が釣り合っていないのにどうして姻戚関係を結べたのか、と疑問に持つ人も少なくないだろう。

 その理由は、ヴェルシュタイン周辺地域の情勢が原因だ。


 ヴェルシュタインと領地を接している領主は、ヘルムート子爵、シュミット伯爵、ヘルゲン男爵、ブラント男爵の四領主である。


 ヴェルシュタインから見て、ヘルムート子爵は北、シュミット伯爵は西、ヘルゲン男爵は南、ブラント男爵は東(正確には東南)に位置している。

 そして、ヘルゲン男爵の更に南にはオスヴァルト侯爵が、ブラント男爵の更に東南にはウーラント辺境伯が存在している。

 つまり、ヴェルシュタイン周辺には、ヘルムート子爵、シュミット伯爵、オスヴァルト侯爵、ウーラント辺境伯が存在することになる。

 この東部四大諸侯の緩衝地帯に、ヴェルシュタイン男爵、ヘルゲン男爵、ブラント男爵の三男爵が独立していた。

 さらにヘルムート子爵とシュミット伯爵は領地を接しておりここ近年敵対関係だ。

 そして、同じく敵対関係にあったヴェルシュタイン男爵家はヘルムート子爵家の南に位置し、挟撃できる位置にある。


 そこで今から約十五年前、当時のシュミット伯爵はヘルムート子爵に対する剣と他の諸侯に対する盾の役割をヴェルシュタインに見出し、政略結婚を結んだわけだ。


「シュミット伯爵家は、東部有数の港街レーゲを治め、オリーブの一大産地であるオスヴァルト侯爵にも近い――抱える人口もヴェルシュタインとは桁違いで、石鹸による経済、軍事、衛生面での利点は計り知れない」


 大きな港街――つまり交易都市であるレーゲを治めていることから、販路の構築だってヴェルシュタインより遥かに容易なはずだ。

 手間が掛からず、利益を得られるならさっさと利権を売り払ってしまうのがいいだろう――周囲の諸侯の目も、ヴェルシュタインではなくシュミットに向く。


 しかし勘違いしてはいけない、シュミット伯爵家と姻戚関係を結んでいようが、相手は乱世の貴族である――無条件に利益を還元してくれるほどお人好しではない。

 いきなり、ぶん殴られる心配はないとはいえ、それは交渉の余地があるだけに過ぎない。



 そして石鹸の試作品は完成したが、現状ではヴェルシュタインに貢献するという父の条件は未だクリアしていない。

 つまり、本当の勝負はここから――シュミット伯爵家との交渉という大一番が残っている。




 俺はこれからの事を思案し、その憂鬱さから思わず天を仰いだ。






 初めての――外交戦がこれから始まろうとしていた――


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