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完成

 ――あれから半年の月日が流れた。


 俺は居館の廊下を歩きながらこれまでの事を回想する。


 この半年の間、俺も遊んでいたわけではない――主にカイとミアに簡単な読み書きと算術を教えていた。

 二人は一時的に、下男と女中見習いとしてヴェルシュタインで雇われたが、それが保証されるのは俺が領主嫡男でいられるまでだ。

 学があるなら、ヴェルシュタインを辞めさせられたとしても、再び何処かで雇われることも不可能でない。

 ――あの生活に戻ったあとでは勉強に費やす余裕など無いのだから――



 そこまで思案して一度頭を横に振った。



 ――何を失敗前提で考えているッ、まだ失敗すると決まったわけでは無いだろ――


 パウルが旅立って半年――本来なら、もう帰還していてもいい時期だった。

 それでも、帰還していないと言うことは、事故にでも合ったか、それとも未だ都合のいい人材に出会えなかったか――


 そんな先行きの見えない不安に苛まれながら、ここ最近は夜も眠れないでいた。



「若様、ここにいらっしゃったのですね!?」


 すると、誰かに呼びかけれれた――憂鬱な気分から俯いていた顔を上げ、声を掛けてきた相手に向き合う。


「ミアか」


 そこには、風邪が治ったことで健康そうな顔色をしたミアが立っていた。

 黒髪のセミロングでパッチリとした瞳、美人というより可愛い顔立ち。

 初めて出会った時は、骨と皮ばかりに痩せこけ、薄汚れていた彼女も――今では肉付きを取り戻し、清潔感溢れるエプロンドレスを身にまとうことで、彼女の持つ本来の美しさを取りも出していた。


 ――とはいえ、相手は未だ十に満たない幼女である。

 いくら可愛くてもロリコンでもない限り恋愛感情を抱くことなどあり得ない。

 身体年齢は変わらないといえ、精神年齢で言えば十七程の歳の差があるのだ――現代なら冗談では済まない事案である。


 ミアはそんな馬鹿なことを思案している俺を無視して要件を告げる。


「パウルさんが帰還いたしました」

「何だと!」


 待ち望んでいた朗報に思わず胸が高鳴る。


「それで、パウルは護衛以外に誰か人を連れていたのか?」

「はい、護衛の方以外に見覚えのない女性の方がご一緒でした」


 その言葉を聞いた瞬間、俺はその場を駆け出していた。



 ――勝ったッ、賭けに勝ったぞッ――



 これで、原材料も職人も揃った――石鹸作りに必要な要素は満たしたはず――



 俺は石鹸の成功を確信し、自然と高笑いが零れた。





 城門前にパウルの姿を見つけ、すぐさま声を掛けて近づいた。


「パウルッ!よく戻ってきた!」

「ただいま帰還いたしました」


 挨拶もそこそこに、気になっていたことを尋ねる。


「……それで、そちらの者は?」


 パウルの背後には、見覚えのない二十歳後半頃の女性が控えていた。


「若様、此方の方はフェルステン侯爵領で石鹸製造に携わっていたエラさんです」

「はじめまして、エラと申します」

「私はアルス・ヴェルシュタインだ――エラ、良く来てくれた、部屋を用意するので今日の所はゆっくり休んでくれ」


 たった今追いついたミアに、エラを客人用の宿泊部屋に案内させる。

 ――二人の背中が見えなくなってから、再びパウルに話しかけた。


「彼女には複雑な事情でもあるのか?」

「……分かりますか?」

「まあな」


 いくらそれなりの報酬を用意した所で、事情もなくこんな辺境まで来るとは思えない。


「彼女の母親が病に侵されていまして」

「――酷い病気なのか?」

「不治の病ではありませんが……治療にはまとまったお金が必要になるのは確かです」

「……そうか」


 ――彼女にとっては不幸なのだろうが、その事情が無ければヴェルシュタインに来ることも無かったと考えると複雑な気分だな――


 そのことに罪悪感が忍び寄ってくることを自覚した。

 しかしそれを払拭するように一度頭を振る。


 ――否、罪悪感を覚える必要はない――何故なら石鹸作りが成功すれば、エラも――俺やカイ、ミアも皆ハッピーエンドなのだから――


 パウルにも、今日はゆっくり休むように伝え、その場を後にしたのだった。






 翌日から早速石鹸作りを再開しようとしたが、エラの話を聞く限り、石鹸を作るには他にも様々な用意が必要らしい。

 その為、一週間をその準備に充てることにした。


 ――そして一週間後の早朝、今度こそ石鹸作りを再開する。

 先ず、灰汁――つまりアルカリの精製作業が必要らしいので、用意しておいた底に穴の開いた樽の中に藁、枝、小石を入れる。

 その上に灰を被せ、水を注ぐと精製された灰汁が流れ出してきたので、それを一旦溜めておく。

 するとエラは溜めて置いた、灰汁に鳥の羽を入れる。


「……ちょっと待て、その羽は何故必要なのだ?」


 今までの過程は何となく理解できたが、この鳥の羽に関しては全くの理解不能だった。

 ――もしかしたら史実の中世同様、現代ほど科学の進歩していない、この異世界特有の呪いなのだろうか――


「この羽が溶けると灰汁が完成した合図らしくて……すみません、何故溶けるのかは良く分からないのです……」

「なるほど」


 ――鳥の羽でアルカリの濃度を測っているのか――

 エラは羽が溶ける理由が分からないようだったが、転生者の俺にはアルカリ性が物を解かす性質を持つことを知っていたので疑問が解消された。


 次にエラは、丸一日掛けてオリーブの実を絞り作られたオリーブオイル(オリーブの実を絞ったのはカイとミアだ)を鍋で炊き、その半分程の水と塩を入れてかき混ぜ始めた。

 しばらくすると、表面に浮いてきた白いアク?の様な物を取り除いていく。


 すると、エラが此方に向き直り口を開いた。


「これから更に長時間、灰汁とオリーブオイルを沸騰させますので、若様はお部屋で休んでいただいて結構ですよ」

「……長時間とは具体的にどれくらいなのだ?」

「約半日ほどでしょうか」

「は、半日だと」


 石鹸作りがこれほど、重労働だとは知らなかった。


「それほど長時間だと、エラと今の使用人だけでは無理だ――もっと使用人を連れてこよう」


 その言葉通り、約一時間で他の使用人たちも動員して石鹸作りを再開する。


 ――部屋で休んでいてもいいと言われたが、この石鹸作りに賭けている物の大きさを考えると素直に休めるはずなかった――









 それから、気が遠くなるほどの時間が経過し、夕方も終わりに近付こうとした時――遂に待ち望んでいた瞬間が訪れた。




「――完成です!」




 こうして長いようで短かった石鹸作りが終わりを告げたのだった。




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