兄妹と姉弟
「――そういえば、お前の名前を聞いてなかったな」
困惑しながらも取引に頷くことで応じた、茶髪の少年に向かってそんなことを尋ねる。
――名も知れない相手と取引なんて不用心過ぎだろ――
まあ、お互いの現状がそれだけ崖っぷちってことなのだろうが……
「……俺の名はカイ、でこっちの妹がミアだ」
「知っているだろうが、私はアルス・ヴェルシュタインだ」
今のところは〝ヴェルシュタイン〟だ――石鹸作りの結果次第ではただのアルスになるかもしれない。
「さて、自己紹介も済んだところで最初に始めることだが――」
目の前で熱に浮かされる少女――ミアを見据える。
「――ミアの看病だろうな」
「そうだ!早く体力が付きそうな物を買って来ないとッ」
「いや、何か買ってくるよりも彼女を移動させた方がいい」
こんな不衛生な場所に居たのでは治る病気も治らない。
「……移動させるって何処に?」
「ヴェルシュタイン城だ」
「お城になんて俺達が行っていいのかよ!?」
「普通は無理だろうな」
貧民街の孤児を城に連れて行けば〝また馬鹿息子が何かやらかした〟と騒がれるのだろうが――ありがたいことに、今の俺は評判を気にする段階でもなかった――
「とにかく連れて行くぞ」
「あ、ああ」
カイが頷きリアを抱きかかえて立ち上がったのを確認したあと、俺達は居館に向かって走り出した。
ヴェルシュタイン城に近付くと、城門前に人影の姿が確認できた。
「――あ!アルス!」
そんな声を掛けながら、此方に近寄ってきたのはセレスとその側仕えの侍女であるリアだった。
「姉上、どうしたのですか?」
「どうしたじゃないわよ!つい先日襲われたばかりなのに一人で出歩くなんて何考えているのよ!」
「心配し過ぎですよ姉上、今回は領内を少し歩いただけです――領内でヴェルシュタインの人間を襲うような馬鹿がいるわ――」
そこまで語ったところで、その馬鹿の存在を思い出した。
「……」
横目でカイを見ると――冷静になって自分の仕出かしたことの大きさを思い知ったのだろう――真っ青な顔で俯いていた。
「……その子はどうしたの?」
その視線の先を追ったセレスが、怪訝な表情で当然の疑問を尋ねる。
「お、俺は――」
「この者は怪我をした私に手を差し伸べてくれた善良なる者です」
俺はカイの話を遮るように言葉を被せた。
――これからカイとミアを雇うつもりなのに、襲われた事実なんて話せる訳なかった――
「そうだな?」
〝余計なことは話すな、俺の話に合わせろ〟と目で訴えかける。
「あ、ああ」
アイコンタクトで意図が通じたのか、カイは力強く何度も頷く。
そんな怪しい挙動のカイに、セレスは不信感を持つこともなく別の事に興味を示した。
「怪我ってどういうこと?」
「ああ、これです」
衣服の袖を捲り上げ、右腕の痣を見せつける。
「つまずいて体を庇った時、下手に受け身を取ってしまい右腕に痣が残ってしまいました」
――本当は体中にケンカの時の痣があるのだが、そんなもの見せられない――
それに信憑性と過剰に心配をかけない為にも、右腕だけを見せれば十分だった。
「大変じゃない!早く手当てしないと!いえ、それよりお医様に――」
「姉上!私より診ていただきたい者がいます」
尚も言い募ろうとするセレスの言葉に被せ、後を継いだ。
「この者の妹が風邪をひいたらしく、家で看病させてやりたいのです――そしてその世話をリアにお願いしたいのですがよろしいですか?」
「……いいわ、リア、先ずは彼女を使用人のお風呂場に連れて行ってあげなさい」
「かしこまりました」
リアはセレスに一礼して、カイとミアを風呂場に案内する。
そして、その背中を見送ったセレスが再び此方に向き直り口を開いた。
「それで、どういうつもりで彼女たちを連れてきたの?――まさか、本当に看病するだけのつもりではないのでしょう?」
「……人手が欲しかったので雇おうと思ったのです」
「本当に――それだけ?」
誰でも良かったのは確かだ――それでも、あの兄妹を選んだ理由を上げるとするなら――
目の前の姉を改めて見据える。
――自分の妹を救えないカイの無力さに、何処か親近感を感じてしまったのかも知れない――
あれから少しだけ長くなったセレスの銀髪を見て、ただそんなことを思ったのだった。




