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デッド オア 石鹸

 不安そうな表情のパウルが尋ねてくる。


「若様、これからどうするおつもりですか?」

「決まっているだろ――自分で作れないなら作れる人間を連れてくるしかない」


 料理人が存在せず、自分が料理人になれないなら、選択肢は一つ、オイゲン伯爵領かフェルステン侯爵からの引き抜きである。


「ですが、そうなると――」

「ああ、金が要るな」


 言いにくそうなパウルの言葉を自ら引き継ぐ。


 数々の失敗で手持ちの金が尽きてしまった。

 そしてヘッドハンティンには魅力的な報酬、数か月にも及ぶ旅費、使者や護衛の人件費派etc.いくら金があっても足りなかった。


 最低でも五十グル(約一千万円)、出来るなら百グル(約二千万円)は欲しい。



「……そんなお金どうするのですか?」


 パウルもどれ程の額になるのか察したらしく、眉を顰めて追及する。


「何か早急に金を稼ぐ手段があるのですか?」

「そんな手段があるなら、最初から石鹸なんて作ろうとしない」


 これがweb小説の転生者達なら、知識チートで簡単に稼ぐのだろうが、ゲームをプレイする前から攻略サイトを開くゆとりの俺ではテンプレをなぞることしか出来なかった。



 そもそも、金を稼ぐために、金が要るってどういうことだ?


 異世界の世知辛さに憤りを感じながら、改めてこれからどうするかを思案する。


 父に追加の資金を要求してくれるようなら、そもそも五グルなんて制限はつけないだろう。

 自分で稼ぐことも出来ず、追加の資金も期待できない――なら答えは一つ借金しかない。

 追加の資金は無理でも、担保として不要不急資産の現物支給なら交渉次第で許可が下りるかもしれない。


 だが、一体何を担保にすればいい?


 分かりやすいのが宝石などの財宝だ――しかし母に、借金の担保にするから貸してくれなんて言っても許可は下りないだろうな……


 ――いくら領地の為だと説明しても、十歳の息子がそんなこと言ったら母上泣いちゃうだろう――


 他には絵画などもあるが、ヴェルシュタインは質実剛健の家だ、広間など貴族として最低限の必要な箇所にしか飾られていない――つまり、無駄が無いので担保の許可など下りるはずが無かった。



 そもそも家の許可が下りそうな、不要不急資産なんて質実剛健のヴェルシュタインにあるのか?


 すると、顎に手を当て考えていた俺に、パウルがあることを指摘した。


「若様、服の裾がほつれています」

「ん、本当だ」


 ――石鹸を作っていた時にでもほどけたのだろう。


 そして改めて自身の服を見やる。


 ――パウルの執事服と比べると、素人の俺でも品質の違いが分かるほどの高級品だな。

 使用人が主人との格の違いを周りに見せるため、主人より敢えて落とした服を着ていることは知っているが、それを差し引いても領主嫡男として恥ずかしくない煌びやかな服装だった。




「――ッ!そうだ!衣服を担保にしよう!」


 高が服と侮ることなかれ、現代と違い大量生産できないこの世界では新品だと平民の服ですら、我が女中の月収が数か月分飛んでいくほどだ。

 それが貴族の衣服なら間違いなく一財産だ――俺を襲った盗賊達があれほど服にこだわったのもそれが理由だった。


 ――俺とセレスの今より小さい時の服が、ラルとリーゼの御下がりとして家に多数存在するはずだ。

 そして御下がりは今すぐ必要なものではない。


 子供服の中古とはいえ、貴族の衣服をある程度担保にすれば目標金額に届くかもしれない。



「あとは、父上に許可を得るだけだな」


 不要ではないが不急の資産でもないし、売却ではなく担保にするだけなら父も嫌とは言わないだろう。




 ――その思考そのものが、ゆとりであることを自覚する時間はそうかからなかった。





「――ある条件を呑めるなら、服を担保にすることを許可する」

「本当ですか?」


 いつもの様に執務室にいた父に許可を求めると、あっけなく了承された。

 そのことに拍子抜けしながらも、続けざまに尋ねる。


「それで、条件とは?」

「もし担保で得た大金を使って、何の成果も上がられなかったら――お前を廃嫡のうえで勘当する」


 脳がその役割を放棄したためか、頭が真っ白になった。


「……嘘ですよね?」

「なぜ、嘘など吐かなければならない」


 父は至極当たり前なことだという態度を崩さない。


「確かに、五グルの時は内政をするのに余りに少ない金額だったため、お前に罰を与えるつもりはなかった」


 そして此方を見据えて後を継いだ。


「しかし、今度はどうだ、貴族の衣服を担保にするのだ、相当な大金を得るだろう――その上で失敗して何の罰も与えないなど許されるはずないだろう」

「……だとしても、その罰は余りに重すぎます!」


 俺は悲痛な叫び声を上げた。

 ――この治安最悪な乱世の世で、社会的地位を失うことは――実質的な処刑宣言と変わらなかった。


「――重すぎるだと?」


 父の眼光が鋭さを増した。


「お前が既に失敗した五グルでどれだけの領民が救われたと思っている?」

「それは……ですが石鹸作りが成功すればより多くの領民を救えます、あの失敗は必要な過程だったと――」

「お前はそれを領内に居る孤児達に言えるのか?」

「――ッ!」


 咄嗟に口を開くことが出来ず、言葉に詰まった。


「貴族の地位を捨てる覚悟すらなく、大金を手に入れたところでただ浪費するだけだ」

「……その条件は考えさせてください」


 その答えに、父は俺への興味を失ったように言い捨てる。


「話は終わりだ、去れ」



 父と目を合わせることが出来ずに、おとなしくその場から引き下がる。







 そして執務室から出て廊下を歩きながら、これからの事を思案する。


 ――どうすればいいのか――


 その内心で思考したことが余りに可笑しくて、思わず失笑が零れた。


「くくっ……誰も居なくなった今ですら、未だに悩んでいる振りをするのか」




 ――考えるまでもなく、答えなど既に出ているのだから――



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